5歳 8
とうとうこの日が来た。
1年越しの再戦。
俺がボコボコにやられたあの件からとうとう1年が経った。
ここ数か月でサティスは、異常成長させた体力を基盤に新たな型を習得していた。
夏。
快晴。
突き刺す日の光。
『ディナステーア』『城下町』『アロサール家』。
『道場前』。
俺とサティスは、肩を並べて道場の前に立つ。
隣のサティスは緊張しているのか顔が強張っている。
美しい『深紅』の髪は最近下ろしていることが多く、今も腰下まで落ちて風で揺れている。
「・・・とうとうだな」
俺は呟く。
セドロとブリランテは、到着した際に丁度お昼ご飯の準備をしていたこの家の主『ボカ・アロサール』の妻、『コラソン・アロサール』の手伝いをしている。
この家の主である『ボカ・アロサール』は仕事で留守にしているらしい。
後で帰ってくるとのことだった。
「えぇ・・・この日を待ってたわ」
頷いて笑うサティス。
獰猛な笑み。
しかし、落ち着きはそのまま。
去年よりも自信をつけているのが分かる。
俺はその様子に頷いて扉に手をかける。
サティスも一緒である。
「・・・フェリス。今回は、絶対に勝って見せるから」
「あぁ、サティスなら勝てる。もう1年前とは違うんだ。俺もサティスも凄く強くなれた。だから、サティス。頑張れ!」
同時に扉を開けた。
一歩踏み込む。
明るい戸外からの暗い室内。
目が慣れる。
視線の先に彼女が居た。
去年と同じ、道場の奥で瞑想する少女。
『セロコルザ・アロサール』
8歳になり、髪を切ったのか、一本結びの先は肩甲骨の上あたりで止まっていた。
髪色に変化があり、美しい栗毛はそのままに青いインナーカラーが入っていた。
一つに結んでいるため後頭部は栗色と青色に、綺麗に上下で色が分かれている。
体つきは華奢だが、彼女に力で勝てた事は一度もない。
コルザの瞳がゆっくりと開かれる。
透き通った赤みの橙色の美しさは健在。
「やぁ、待ってたよ」
1年前と同じ反応。
微笑み。
しかし、彼女の放つプレッシャーは以前とは比べ物にならない。
圧に圧倒されそうになる。
だが、俺とサティスは一緒に一歩踏み出す。
負けない。
負けられない。
あの壁を越えて、『無敵』に近づくのだ。
俺は持っていた、曲がった剣先の模造剣をサティスに渡す。
サティスはそれを受け取って数回振る。
気合十分。
きっと、俺と同じことを考えている。
俺はその様子に頷いて、背中を押す。
再度、獰猛な笑み。
「この一年でどれだけ強くなったか見せてよ」
言いながら立ち上がり、直剣の模造剣を持つ。
ゆっくりとこちらに歩いてくるセドロ。
誘う嘲笑。
「ま、どうせ僕が勝つんだけど」
コルザの煽り。
俺は隣のサティスを見る。
落ち着いた『深紅』の瞳。
良かった、挑発には乗ってない。
「そうかい、こんな挑発じゃあ意味がないのかい」
残念そうなコルザ。
「本当は今すぐ切りかかりたいわ」
言いながらサティスが模造剣を握りながら中心にたどり着いた。
俺はサティスを信じて道場の端による。
サティスが模造剣を振って構える。
「さぁ、勝負よ!」
この日を俺達がどれだけ楽しみにしてきた事か。
俺も釣られて笑う。
「同じような顔しちゃってさ!本当に仲が良いよね!」
言いながらコルザも中心にたどり着いて構える。
間合い約3メートル。
どちらも打ち込める間合い。
「おいで」
「言われなくても!!」
先に仕掛けたのはもちろんサティス。
「『剣舞術』『フォリア』」
三拍子のリズムに乗せた連撃。
「『剣舞術』『ブランル』」
それに合わせて体を揺らして捌き続ける。
やっていることは1年前と同じ。
だが、速度もキレも違う。
体力だって桁違いだ。
カンッと大きな音を立てて模造剣がぶつかり合った。
動きが止まる。
獰猛な笑みと嘲笑が至近距離でぶつかり合う。
「うん。厄介だね。フェリス並みの体力になってないかい?」
カウンターは無理と判断したのか間合いを取るため後ろに下がるコルザ。
それをさせまいと突発的にリズムを上げるサティス。
「『剣舞術』『クラコヴィアク』!」
鋭い刺突。
「くっ!『剣舞術』『シチリアーナ』!」
コルザはその一瞬の一撃に反応し、いなしてすれ違いざまに背中を切りつける。
「いっ」
切りつけられ、顔をゆがめて前のめりにバランスを崩す。
「・・・やばいね。まさか、ここまで『練度』が高いなんて」
言いながら距離をとるコルザ。
『練度』。
『剣術』にはそういうものがあるらしく、『才能』と『努力』によるが、やはり実力者ほど『練度』が高くなる。
『練度』が高くなればなるほど、個人差が目立つが、キレや美しさ、威力などが上がる。
また、『剣術』の技名を言う必要もなく、頭に思い浮かべるだけで出来るようにもなる。
つまり、『練度』の差があまりに開き過ぎると、相手の動きを見る事や繰り出される技が判断しづらくなると言うことだ。
本気のセドロの動きを目で追えない理由も、この『練度』の差が開きすぎているためである。
「『剣舞術』『メヌエット』!」
サティスは前のめりになった体制を、足で踏み込んで無理やり整え、続けざまに細かいステップを踏むと同時に細かく切り込んだ。
剣舞術の使い手同士が戦う際、『攻』派と『守』派だとどちらが有利か。
それは圧倒的に『守』派だ。
「『剣舞術』『バスピエ』」
その初期動作に合わせて打ち込みやすい軽やかなステップでコルザが踏み込む。
それを好機と誤認したサティスが切り込みを強める。
攻撃を強めた事で大振りとなり、隙が出来てしまう。
その隙へ、一瞬のカウンターが腹に入った。
「ぐぅっ」
そのまま通り過ぎ、体をサティスに向けるコルザ。
少し息が切れていた。
「はぁ・・・はぁ・・・ふぅ。判断が遅いと、すぐやられるねこれは」
『剣舞術』同士の戦いは言ってしまえば後出しじゃんけんである。
『守』派は『攻』派の攻撃の初期動作を見て型を判断し、それに有利な型を出す。
『攻』派が『守』派に勝つには2つ方法がある。
1つは相手の判断よりも早く打ち込む。
これは多分、無理だろう。
コルザの反射神経は異常だ。
まだ、『練度』も足りない。
では、もう1つの方法。
それは。
「コルザ!今日は勝たせてもらうわ!貴女が息を整えたばかりの今しかない!」
サティスは構えを正す。
タタンッとステップを踏む。
「『剣舞術』『修型』!!」
同時に上段構え。
顎を上げた拍子に広がる『深紅』。
独特の足運び。
舞う紅。
「へぇ」
コルザが感心しながら嬉しそうに笑う。
「『タンゴ』!!」
『攻』派が『守』派に勝つもう一つの方法。
それは、圧倒的な力によってねじ伏せる事である。
「はぁぁあああっ!!!」
サティスは唯一の弱点であった体力を克服した事で『攻』派を修める事に成功した。
とうとう『修型』使いと成ったのだ。
ありえない成長速度。
セドロも驚いていた。
コルザに連撃が襲い来る。
ここまで来たんだ!届くはずだ!
「いけ!サティス!!」
「だけど、まだ甘い」
冷笑。
下段構え。
「『剣舞術』『修型』」
まさか・・・。
コルザも成っていたのか・・・。
「『ボレロ』!」
『守』派の『修型』使いに!!
襲い来る連撃はコルザによってギリギリの所で交わされる。
「ここ!」
サティスの息継ぎの際に生まれる一瞬の隙。
強大な一撃がリズムに合わせてぶち込まれた。
「がっはっ」
吹き飛ばされるかと思ったが踏ん張って耐えるサティス。
連撃も止めない。
「まっだまだぁああっ!」
「くっ」
サティスの気迫に押され、動きが鈍るコルザ。
サティスは連撃を続ける。
再度、サティスに生まれる隙。
逃さずに腹に叩き込まれるコルザの一撃。
だが、なおも止まらない。
「2人で『無敵』になるんだ・・・」
再度、胸への一撃。
サティスは止まらない。
「ここで一撃も入れれないんだったら」
返される上段からの一撃。
しかし、止まれない。
「そんなのなれっこない」
額に入る、4度目の一撃。
それでも、止まるわけにはいかない。
「だから!!」
再度、腹に迫る5度目の一撃。
それをサティスが、上段からの一撃でねじ伏せた。
「えっ!」
驚き、息を切らすコルザ。
好機。
「ここでは止まれないっ!!」
サティスの狙う一撃が、隙を見せたコルザに迫る。
押さえ込んだ直剣に自身の曲剣を滑らせながら銅を狙う。
「はぁああああっ!!」
「ぐぅっ!」
それは、狙いどおりにコルザの胴に叩きこまれた。
「いっ」
痛みに歪む表情。
たった一撃。
ここに至るまで長かった。
それでも、入った。
あのコルザに一撃が入ったのだ。
努力は確実に実を結び始めていた。
あのコルザに一撃をいれたんだ!
「もう一回!!」
サティスが続けて切りかかる。
そうだ。
俺たちは一撃を入れるために頑張ってきたわけじゃない。
彼女に勝つために努力してきたのだ。
サティスは勝利を諦めない。
このまま・・・。
「いっけぇえええ!!」
「うおぉおおお!!」
コルザの首に迫るサティスの重たい一撃。
当たれ!
当たれば意識を奪える!
行け!
当たれぇえ!
「調子に乗るなよ」
瞬間コルザの表情が消えた。
時が止まったかのような真顔を視認した。
刹那消失。
サティスの後ろに現れ、そのまま首に模造剣が叩き込まれた。
「あうっ」
サティスが意識を失って倒れ込んだ。
「・・・は?」
・・・なんだよ今の。
「あ」
コルザも自分で驚いていた。
「なんなんだよそれ!そんなのありかよ!」
「ごめん!!」
こうして、あまりにも唐突な終わり。
あっけなく訪れた終わり。
コルザに一撃入れると言う結果は出せたが、結局は今年も勝てないのだった。




