シオン 4
街の酒場。
罰を受けながら、それでも『勇者召喚』をしなければならない。
私はそんな辛い現実を忘れたくて酒を飲む。
逃げだ。
分かっている。
それでも無理だ。
こんな事になるなら、あの日、ボカに殺されていればよかったんだ。
嘘をつかなければ怒りに身を任せたボカの一撃が私を貫いただろう。
または、まだ、ブリランテが生きていた頃に無理やりフェリスくんに会いに行って殺されればよかったのだ。
いや、もっと前。
そもそもの始まり。
『異世界召喚爆発』を犯した日に祖父とオホと共に処刑されるべきだったのだ。
麦で出来た、強い度数の酒。
それを何度も常温のまま流し込む。
喉が熱い。
その熱さが私の頭の中から不安や絶望を取り除いてくれる。
だから何度も煽る。
このままお酒で死ねるかもしれないなんて考えながら。
「いましたわね!! 今すぐ一緒に謝りに行きますわよ!!」
かつての仲間の声が聞こえた気がした。
あの日、フェリスくんに失望されたあの日。
私は『ミエンブロ』を抜けた。
気持ちが落ち着いたら1人で『ディナステーア王国』に戻ろうと思っていた。
今の私には旅路を1人でこなせる力がある。
だから、『ミエンブロ』から抜けた。
優しいパーティリーダーに告げてはいないが勝手に居なくなったのだ。
きっと、仲間とは思って貰えていない。
パーティリーダーの事を思うと本当に申し訳ない気持ちになる。
あなたの祖父を殺してごめんなさい。
あなたの父と母を辛い目に合わせてごめんなさい。
せっかく、認めてくれたのに、裏切ってごめんなさい。
罪悪感で潰れてしまいそうだった。
でも、今、潰れるわけにはいかない。
この『触媒』を持って帰り、『勇者召喚』を成功させてからだ。
あの国にはフェリスくんの大切な人が沢山いる。
私の消せない罪がある。
罪を償い、フェリスくんの大切な人を守る為。
私は『勇者召喚』だけは成功させなければならない。
だから今潰れるわけにはいかないと『ミエンブロ』を抜けたんだ。
それなのに。
「・・・スィダさん?」
酔いで眩む視界。
彼女の人を引き付ける声音に、静まり返った酒場。
私が座るカウンター席。
私のすぐ隣。
かつての仲間が、そこに居た。
なぜかこんな私と仲良くしてくれた少女。
そんな彼女が息を切らしながら私を見下ろしていた。
金の髪と背丈が少し伸びたように感じる。
癖が強いのかくりくりしている。
『獣人族』は成長が早いからか。
なんて回らない頭で考えながら、怒っている彼女を見上げる。
「うっ! お酒臭いですわ! ・・・まったく、城下街の方まで行ってるとは思わなかったですわ・・・。 私の全速力でも2週間はかかりますのよ! 感謝して欲しいですわ!」
鼻をつまみながら言うスィダ。
この子はここに、何をしに来たんだろう?
私はもう、『ミエンブロ』ではないのに。
「なんですか? 私はもう『ミエンブロ』ではありませんよ?」
私の言葉にむっとするスィダ。
「あら、貴方も知っているでしょう? 『ミエンブロ』信条五つ、天涯比隣! 離れていても仲間でしてよ!」
「・・・だから、私はもう」
「良いから! 早くフェリスに謝りに行きますわよ!」
私の腕を引っ張って立ち上がらせようとする。
「道中でお酒も抜けますわ! 急ぎますわよ~!」
一生懸命引っ張って私を立ち上がらせようとする。
私は立ち上がらない。
「どうしてフェリスくんに謝るんですか? ・・・謝ったところでどうせ許してはもらえません。 私、結果だけ見たら彼にずっと隠し事してたんですよ? ・・・それだけじゃない。 彼の前世の家族も殺してるんです。 家族思いなフェリス君の事です、絶対に許してはくれません。 というか、自分を殺した人を許す人がどこにいるんですか!」
言ってて笑えて来る。
最後は大きな声になってしまった。
あぁ。
本当に酷い話だ。
私は恩人に何てことをしてきたのだ。
合わせる顔なんて持ち合わせていない。
「私、彼に救われたんです。 フェリスくんに、また世界に色を付けて貰った。 今まで信じて祈ってきた『神樹』ではなく、彼がです。 私にとって彼は神の様な存在なんです!!」
私の叫びに店中の人々の視線がさらに集まった。
完全に静まり返る。
みんなに迷惑をかけている。
でも、叫びは止められなかった。
「私にとってフェリスくんは神様なんです!! 何よりも大切にしたい恩人なんです!!! ・・・そんなフェリスくんに私は酷いことをしてしまった!! もうこんな思いは嫌です! ・・・国の為、フェリス君の為、『勇者召喚』を成し遂げた暁に、私は死にます! ・・・もう、生きていたくない」
涙が溢れる。
顔を両手で覆う。
もう限界だった。
あぁ、私はもう、限界だ。
神に見放され、仲間も裏切った。
罪で汚れきった私に生きる意味など無い。
残された『勇者召喚』も、国に戻れば終えて何もなくなる。
未来に希望なんて無い。
そんな私の言葉にたじろぎながらも必死に言葉を紡ぐスィダ。
「あ、で、でも! 死ぬのは駄目ですわ! 夢があるのでしょう!? 死んだらそれでおしまいですわ!!」
・・・死んだら終わり。
思わず笑う。
「終われるじゃないですか」
そう、終われるのだ。
こんな、罪人がやっと死ぬ。
死んだら全部終わらせられる。
私の言葉に返す言葉が見つからないのだろう。
スィダが辛そうな顔になる。
言葉が止まらない。
「こんな罪を重ね続けたみじめな人生。 大切な人を傷つけて、希望もない。 何をしても許されない。 もう疲れました。 もう終わらせたい。 終わらせてくださいよ」
私の言葉に目をどんどん潤ませていくスィダ。
「くっ・・・。 あ・・・。 そっ・・・。 そんな寂しい事言わないでくださいまし」
堪えていたけれど、限界が来たようだ。
涙が頬を伝った。
「わたくしたちは仲間でしょう?」
まだ、そう言ってくれるんですね。
でも。
「もう、仲間じゃありません。 と、言うか泣かないでください。 辛いのは私です。 貴女が泣く必要はありませんよ。 私なんかの為に涙を流さないでください」
もったいない。
あなたの涙は綺麗だ。
私なんかの為に流すのなんて・・・。
「お黙りなさい!!」
一喝。
自然と周囲の視線がスィダに集まった。
「わたくしは・・・。 ともに過ごした時間は短いですけれど、『ミエンブロ』の一員ですわ! わたくしは貴方たちがとても大切なのですわよ!!」
その様子に言葉が詰まる。
「わたくしに出来た、やっと出来た。 おじ様以外の大切な繋がりなのです。 だから、そんな・・・。 そんな寂しいこと言わないでくださいませ!」
息を吸ってさらに続ける。
「わたくしに・・・。 わたくしに大切なあなたを思わせてくださいませ! そして、貴女の為に・・・うぐっ・・・。 な、泣かせてくだざいばぜぇ」
最後は鼻水と涙でめちゃくちゃだった。
どうして皆こんなに優しい?
私は罪人なんですよ?
私は思わず立ち上がる。
目の前で私なんかのために泣いてくれる仲間をそのままには出来なかった。
「いつも、楽しそうに笑いあう・・・。 うっうっ・・・。 あなた方が羨ましかった・・・。 うぅ・・・。 あの迷宮で『ミエド・ドラゴン』と戦って、勝って・・・。 やっと・・・。 やっとぉ・・・。 仲間になれたとおもったのにぃ・・・うぅ」
泣きじゃくる少女を思わず抱きしめた。
私はこんな風に彼女を泣かせたいわけじゃなかった。
ただ、一緒にいてはならないと。
私なんかに時間を使ってはならないとそう伝えたかっただけだった。
彼女を悲しませようだなんて思ってなかったんだ。
あぁ言えば失望してくれると思った。
なのに。
「どうして諦めてしまうんですのよぉ・・・。 『ミエンブロ』は、フェリスはそんな簡単に諦められるものなの?」
どうして失望してくれないんだ。
どうしてやさしくしてくれるんだ。
「そんな・・・そんなわけないです」
強く抱きしめる。
彼女の言葉と姿に胸の奥で押さえていた思いが溢れだす。
「そんな訳・・・。 あるわけないじゃないですかぁ! 私だってフェリスくんや、皆と『仲間』で居たいに決まってますぅ!」
同じく涙を流す。
スィダの言葉は私の胸に強く響いた。
「だったら謝りましょう! わたくしも一緒に謝りますからぁ! 何度でもご一緒しますわ! うぅ・・・。 大切な繋がりを絶対に切りたくないんですのよぉ」
2人で泣いた。
店主に店を追い出された
○
城下街の玄関口で、私は猪の『魔獣』を召喚してその背に乗った。
スィダも乗り込んでくる。
指示を飛ばし、迷宮近くの街まで全速力で駆け抜ける。
その道中だった。
「・・・どうしてそんなに優しいんですか?」
落ち着いた頃に、スィダに聞いた。
「決まってますわ。 大切な仲間だからですわ」
当然のように答えてくれる。
その優しさに、また涙が出る。
「聞かせて下さいまし。 シオンの事を。 貴女の事をちゃんと知りたいのですわ。 わたくしも、わたくしの事をちゃんと話しますから」
私はスィダに全てを話した。
今までの事をちゃんと伝えた。
伝えて帰ってきた言葉は思いもよらない、怒りの声だった。
その矛先は私ではなく、『オホ、アロサール』に向いていた。
「なんですのそれ! 全部、貴女を騙した『オホ』ってやつが悪いですわよ!!」
スィダの怒りの声に驚いて猪を止める。
「え?」
「確かに、シオンがしたことは簡単に許される事ではないですわ・・・。 ですが、こんなの理不尽ですわ! ・・・だって、オホと言う殿方は貴女の心を弄んだ! それだけでなく、貴女に大きな罪を背負わせて、当の本人は処刑で死んで楽になってますもの! そんなの・・・酷すぎますわ!」
「あ」
「シオン。 貴女だけが悪いわけじゃないですわ・・・。 確かに許されない事ですが、私は貴女の味方になりますわよ。 だって、あなたはしっかりと罪を償おうと頑張っている。 わたくし、頑張る人が大好きですのよ!」
・・・嬉しかった。
喜んでしまう。
駄目なのに。
喜んでしまった。
だって彼女は、私の奥底で必死に隠していた怒りを叫んだのだ。
私がどれだけ言い訳したところで罪が消えるわけではない。
だから、隠していた怒り。
私の事を利用した『オホ』への怒り。
それを、代わりに言ってくれたのだ。
怒る権利の無い私の代わりに怒ってくれた。
それが、とてもうれしかった。
少しだけ、心が軽くなった。
「大丈夫ですわ! きっと、フェリスは話を聞いてくれますわ! 許してはもらえないかもしれませんが・・・。 それでも話くらいは聞いてもらえると思いますわ!」
隣で笑う少女。
あぁ、本当にどうして皆やさしいんだ。
罪人なのに救われてしまう。
言葉が溢れる。
「あぁ・・・。 あなたが居てくれて良かった」
溢れてしまった。
だって、きっと、彼女が居なければ今頃、飲み潰れて1人で国に戻り、召喚を終えてそのまま死んでいたはずだ。
だから、代わりに怒ってくれて心を軽くしてくれた彼女が。
希望を見せてくれた彼女が。
この世界に居てくれて良かったと私は思ったんだ。
「この世界に生まれて来てくれてありがとうございます」
別の世界ではなく、この世界に生まれてくれて本当に良かった。
私と出会ってくれて本当にありがとう。
その思いが伝わればと思って溢してしまったんだ。
私の言葉にスィダが頬を真っ赤に染めて涙目になった。
「あ、そ、そんなこと・・・。 初めて言われましたわ・・・。 あ! わたくしも! シオン! 生きていてくれてありがとうございますわ。 今の言葉、ずっと言われたかった言葉ですのよ」
生きていてくれてありがとう。
そんな言葉を貰ってもいいのだろうか・・・。
今まで、死ぬべき時は沢山あったのに。
生き続けてしまったのに。
それを肯定してくれるのか。
・・・あぁ、やっぱり私のまわりの人は皆優しすぎる。
罪人がこんなに報われてはいけないのに。
私は嬉しさと心苦しさの両方を抱えながら迷宮近くの街への道を急いだ。




