『プレゼントを買いに』 2
「良かったわ!」
そう言って、目の前で満足そうな笑顔を浮かべながらカフェー(コーヒー)とミルク(羊乳)、角砂糖を注文し、自分で混ぜて作った『カフェーオレ』を一口すするサティス。
彼女の左隣には、サティスに作ってもらった『カフェーオレ』をすすり、驚いた顔をしているファセールがいる。
「おいしい」
そんな彼女たちの間には立派な紙袋が一つ。
この世界で紙はそれなりに貴重なものだ。 そんな紙を使った高価で立派な紙袋。
中身は勿論。 コルザへのプレゼントである『リボン』だ。
そこそこの値段だったが、何とか間に合って良かった。
「良かったな。 無事に買えて」
俺はカフェーをすすって紙袋を見る。
俺たちが目的の『リボン』を見つけたとき、最後の一本だった。 実に運が良かった。
「えぇ! 本当よ!」
買えて満足なのだろう。 ご満悦である。
「ふふっ。 コルザ、喜んでくれるかな」
ファセールもにこにこである。
可愛い。
「きっと喜んでくれるわよ!」
「そうだね!」
なんて言って微笑む2人の姿をずっと見ていたいが、そういうわけにはいかない。
明日の準備があるから早めに戻るようにコラソンに言われているのだ。
一休みしようと、いつものレストランに来たが話し込んでいる時間は無い。
あと、数十分もしたら出なければならない。
が、もう少しだけこのままでもいいかと、2人の姿を眺めていた。
「・・・」
ふと、聞き覚えのある声が聞こえた気がした。
2人から視線を外して周囲を見渡す。
気のせいか?
周囲に見えるのは家族連れや老夫婦。 若い兄さんや姉さんなどの一人客。
少年少女数人のグループ。
特に変わったことも無いし、知っている人の姿もない。
「どうしたのよ?」
俺の様子に気づいたサティスが声をかけてきた。
「・・・いや、聞き覚えがある声が聞こえた気がしたんだけど」
サティスが首をかしげる。
「そうなの?」
「ま。 気のせいだ・・・ろ」
サティスの目を見ようと視線を動かしたときだった。
2人の後ろ。 近くのカウンター席にこちらに背を向けて座るフードを被った男と、『緑髪』の幼女が見えた。
緑。 それは、『治療魔術』の色だ。
『治療魔術』の持ち主は高齢化が進み、若い子が少ないと聞いていたが。 珍しい。
サティスが俺の視線に気づいたのだろう。 振り返る。
「・・・え? ソシエゴ?」
唐突にサティスが呟いた。
『ソシエゴ』。
それは、俺たちが世話になった『喫茶店』の看板娘。
幼いころから面倒を見てくれていた女性。
俺たちにとって姉のような存在だった人。
俺は首をかしげる。
どうしてその名が出るんだ?
「あ、気のせいよね。 あの女の子が少しソシエゴに似ていたように見えたのよ」
言われてもう一度見る。
隣に座るパーカーを深くかぶった青年の方を向き、嬉しそうな顔でパフェを頬張る微笑ましい光景。
言われてみれば確かに、笑った顔。 特に目元がソシエゴにそっくりだ。
まぁ、似た顔の人はいるものだし、あの子の髪は『緑色』だ。
『人族』だったソシエゴではない。
「ねぇねぇ、時間大丈夫?」
俺とサティスがファセールに問われる。
はっとして鞄にしまっている時計を見る。
すでに10分が過ぎていた。
「まずい! 急げサティス!」
「え!? もうそんな時間なの!?」
俺とサティスは急いで目の前の物を平らげ、ラーファガともども立ち上がった。
「行くぞ!」
「うん!」
「えぇ!」
3人揃って立ち上がって店を後にすべく、席を回り込んで出口に向かう。
ちょうど、先ほどの2人の後ろを通る形になる。
そこで声をかけられた。
「あれは大丈夫ですか?」
間違いなかった。
聞き覚えのある声だった。
振り返る。
先ほどの『緑髪』の幼女が俺たちを見上げていた。
声の主は彼女ではない。
視線をその後ろに向かわせる。
そこにいたのはフードの青年。
俺たちがいた席を指さす青年の顔は、目元まで深く被るフードによってわからない。
だけど、彼の声は聞き覚えがある。
男とも女ともとれる中性的な声。
隣のサティスは驚いた顔でフードの男を見ていた。
「・・・? 聞いていますか?」
首をかしげたことによって、長い髪がフードの隙間から垂れ落ちる。
色は『灰』。
生唾を飲む。
死んだと思っていた。
彼を、俺が戦闘不能にしたところまではわかっている。
だが、俺たちがプランター村を訪れたのは、埋葬が済んでからだ。
直接死体を見たわけでは無い。
だけど、当たり前に皆、『プランター村』近くの巨木の下に埋まっている物だと思っていた。
なのに、どうしてそこにいるんだ。
「・・・『ベンディスカ』?」
やっとの思いで彼の名を呼ぶ。
サティスは、彼にゆっくり近づいていく。
「うそ。 嘘よ。 ベンディスカ。 生きてたのね?」
ゆっくり、ゆっくり。
しかし、その歩みは青年の一言で止まる。
「それは誰ですか? そして、私が聞いているのはあそこにおいてある紙袋は置いたままで大丈夫ですかという事です」
サティスが動きを止めた。
今の言葉で俺は察する。
思い出すのは、『プランター村』での最後の日。
俺は、当時の仲間であったデスペハードとともに、裏切った『ベンディスカ』を止めるべく戦った。
結果、俺たちは勝利し、ベンディスカを止める事が出来たのだが。
最後、ベンディスカは頭を木に強く打っていた。
それは、殺してしまったんじゃないかと不安になるほどの勢いで。
「・・・まさか、記憶がないのか?」
俺は問う。
すると、青年が顔を上げた。
フードの中から顔がのぞいた。
成長していた。
中性的な顔つきは変わらないが、線の細い青年の顔つきになっていた。
小さな角。 伸びた灰色の髪。
間違いなかった。
彼と目が合う。
「うっ!?」
唐突に青年が頭を抱え始めた。
「■■■■■■!?」
緑髪の幼女が理解できない言葉を話しながら青年の肩に手を置く。
「■■■■■■!?」
不安そうな幼女を手で制して立ち上がる。
「・・・すみません。 私はベンディスカではありませんので。 さようなら」
幼女の手を引いて足早に去って行ってしまった。
「ねぇフェリス。 あれって」
「あぁ。 間違いない。 ベンディスカだ」
「でも、記憶が」
「あぁ・・・。 くそ。 俺のせいだ」
「ねぇ、2人とも。 これ」
ファセールが席に戻って紙袋を持ってきた。
サティスが忘れたのだろう。 俺も確認すればよかった。
「あ、ごめんなさいファセール! ありがとう!」
俺が、ベンディスカの記憶を無くしたのか?
そうだとしたら、俺は何て事を。
記憶を無くすのは死と同義だと前世で読んだ小説にあった。
だとしたら、俺は。
「フェリス!」
唐突にサティスに名前を呼ばれた。
「・・・なんだ?」
「酷い顔よ! 明日はコルザの誕生会なんだから、前を向きなさい!」
「だけど」
ファセールから紙袋を受け取ったサティスが俺に言葉をかけてくれる。
「・・・フェリス。 あまり抱え込まないで? ベンディスカの事は私にだって比があるわ。 ジュビアの時と同じ。 ああいう事を繰り返さないために、今、強くなっているのよね?」
「・・・そうだったな」
頭を振って気を取り直す。
正直、深く考えてしまいそうだったが。
今は目の前の事に集中しよう。
明日はコルザの誕生パーティー。
楽しい時間にしなければ。




