『繋がる世界に向けて』
ここはシオンさんの部屋。
大人の香水の香りが充満しているいつもの部屋である。
俺に土下座している、背に畳まれた小さな藍色の羽が見えるシオンさん。
ジャージの破れた部分からは肌が見え、目のやり場に困る。
俺は極力見ないようにしながら声を掛ける。
「も、もう大丈夫ですから!」
俺はこうなるまでを思い出す。
コルザは再度、誰かの監視の元以外での『召喚魔術』の使用を禁じた後、道場に戻っていった。 サティスとラーファガもこれから鍛錬をするらしく、一緒に戻っていった。
シオンさんは盛大に戻した後、意識を失っていた。
『召喚した奴を戻すための体力を残しといてよ』とはコルザの言葉である。 『召喚』の事だけを考えていたシオンさんは、戻すことまで考えていなかったのだろう。 呆れたコルザは俺にシオンさんを押し付けていったのだ。
まぁ、いいさ。 俺が始めたことだ。 責任もって面倒見るさ。
なんて、ちょっと拗ねながらなんとか部屋まで背負って運び、ベッドに横にした後、自分も帰って着替えようとした時にシオンさんが目を覚ましたのだ。
目を覚ますなりシオンさんは、俺を研究所内の風呂施設に連れて行った。
何度も謝りながら、着替えを用意してくれた。
俺は、久しぶりに暖かい風呂に漬かり、シオンさんが用意してくれた着替え(彼女がいつも来ているローブ)に着替えてこの部屋に戻ってきた。
俺の着ていた服は洗って貰えたのか濡れており、干してあった。
それを確認していると、いつもの席に座るように促されたため、それに従って席についた。 入れて貰っていた紅茶に口をつけ、一息ついたと同時にシオンさんがすごい勢いで土下座したのだ。
それが今の状況である。
「わ、わわわ、私はなんて事をしてしまったのでしょう! まさかフェリスくんに吐瀉物を浴びせてしまうなんて! ば、万死に値しますぅう!」
涙目で言いながら突然立ち上がり、テーブルの上に置いてあった自分で使っている紅茶のカップ手に取った。 それを確認していると突然、カップを割った。
一体何をする気だと考えている暇は無く、シオンさんは流れるようにその破片を自身の喉に向け始めた。
「わああ!! 本当に大丈夫ですからぁあ!!」
何てことしてるんだこの人は!!
俺は破片に触れ、『転移』を使用して遠くに飛ばす。
ついでに他の破片も出来るだけ遠くに飛ばす。
「し、死なせてくださいぃい」
四つん這いで大号泣である。
「本当に大丈夫ですから! 前世の飲み会を思い出せましたから!」
思い出したのは、前世、友人が集まった飲み会。
盛り上がりすぎた友人が吐いて、別の友人にかけていた。 今はもう、全員にとって良い笑い話となっているそんな思い出。 それを思い出して、懐かしい気持ちになれたのだ。 だから気にしてない。
と、言うことを伝えたかったのだが。
シオンさんの涙がぴたっと止まった。
「フェリスくんにそんなことした人がいたんですか」
真顔。
怖い。
「あ、いや、友人の事です! とにかく気にしてませんから!」
伝わらないどころか、少し雰囲気が怖くなってしまったため、必死に宥める。
「うぅ・・・すみません・・・。 今後、気を付けます」
俺の言葉に納得してくれたのか、再び肩を落として落ち込むシオンさん。
「と、とりあえず今は成功を喜びましょう!」
切り替えられるようにと声を掛けると、シオンさんが頭を上げる。
「・・・やっぱりフェリスくんは私の救世主です」
「・・・は?」
「いえ、何でもないです! そうですね! やりました! 私、また『召喚魔術』を使う事が出来ました!」
ほわっと微笑む。
随分と表情が豊かになった物である。
シオンさんは再び、正座となり、そのまま話し続ける。
いや、椅子に座ろうよ。
「これで、体力を付ければより難しい『召喚魔術』が出来る事が証明されました。 という事はこのまま体力を付け続けていれば、その内『異世界召喚』を成功させることが出来るという事です! 私は今後もあのメニューを繰り返そうと思います!」
「その意気です!」
「はい! そして、いずれは『繋がる世界』を目指します!」
「頑張りましょう!」
「はいぃい! ・・・でも、その前に。 フェリスくん」
さっきまでの勢いは何処へやら、途端にしおらしくなる。
「どうしましたか?」
「・・・私の体力づくり、これからも手伝ってくれますか・・・?」
上目づかいである。
くっ。 顔が良い。
「当然ですよ! 協力するって言いましたからね!」
途端に笑顔になるシオンさん。
「わぁ! ありがとうございます! 頑張りますね!」
そのまま飛び上がって抱き着いてきた。
「うおっ!?」
「はぁはぁ・・・私の来ているローブに包まれてる小さいフェリスくん・・・。 か、かわっ・・・」
耳元で囁かれる言葉に震える。
俺は反射的に引っぺがす。
「あっ・・・」
少し残念そうにするシオンさん。
構わず話を変える。
「そうだ!シオンさん!」
「はい?」
「『繋がる世界』についてなんですけど。 俺のいた元の世界ではメールってものがあったんですよ」
「めーるですか?」
「はい、文字を世界に飛ばす。 そんな感じのやつです。 手紙を簡単にした感じです」
ネットの仕組みはよくわからん。
「そんなものが・・・」
腕を組んで考え込むシオンさん。
「何かの参考になればと思って」
「手紙・・・飛ばす・・・」
俺は、シオンさんの言葉を待つ。
「出来るかもしれません」
「出来るかもしれないですか?」
「はい。『手紙』の召喚です」
『手紙』の召喚。
「『召喚魔術』には『魔方陣』を設置した場所に、好きな時に自分や他人を召喚して移動する事が出来るものがあると言いましたよね? 『空間魔術』の『転移』では不可能な範囲でも可能だとも」
なるほど。 つまり。
「『手紙』を『召喚』できれば良いという事ですね?」
「はい! その通りです!」
「早速やってみましょう!」
「はい!」
こうして、俺とシオンさんは『異世界召喚』だけではなく、『繋がる世界』の研究にも手を付け始めたのだった。