『頼み』
「それで? 僕たちに頼みって言うのは?」
『魔術』には体力が必要である。
その事を再確認した日から3日後、俺とシオンさんは2人で、午前中の鍛錬中であった『セロコルザ・アロサール』の元に来ていた。
俺達の様子をオロオロしながら眺めているのは黄緑ふんわりツインテールの『ラーファガ』。 そして道場に様子を見に来ていたコルザの母『コラソン』。 ラーファガと一緒に鍛錬していたサティスの3人。
サティスも不安そうに見ていた。
なぜか、それは目の前のコルザが露骨に嫌そうな顔をしていたからである。
普段、あまり表情が変わらない奴なのだが、この表情は珍しい。
遠くで様子を見ているコラソンの表情も怒りの様な物を含んでいる。
何かしてしまっただろうか・・・。
分からない、分からないがまずは用件だ。
「シオンさんに体力を付ける鍛錬の相談に乗ってくれ」
俺は両手を合わせて頼む。
コルザの眉が動いた。
見る見るうちに鋭い目になる。
「・・・ふざけているのかい?」
「え?」
「僕はそいつが嫌いだ。 出来れば顔も見たくはないんだ。 まさか君と知り合いだったなんて思わなかったよ。 早く離れた方が良い。 絶対に後悔することになる」
あまりの物言いにちょっとむっとなる。
「な、なんでそこまで言うんだよ?」
「あぁ、君は知らないのか。 それなら無理はないね。 いいかい? 彼女は」
コルザが何か言おうとしたその時。
「お願いします!!!」
シオンさんの大声が響いた。
全員の視線が集まる中、俺の隣りで深々と頭を下げていた。
「わ、わわわ、私は! た、大変な事をしてしまった『大罪人』です!! 本来、ここに来ることはあってはならない事です! で、ででで、でも! ふっフェリスくんが私を救ってくれました!!!」
「は?」
コルザからの視線が俺に移る。
鋭い。
敵でも見るかのようだ。
「だ、だだだ。 だから!!」
ガバッと顔を上げる。
目には涙が溜まっていた。
めったに大きな声で自分の事を話してこなかったのだろう。 緊張しているのが見て取れる。
「私はその恩を返したいです!! ち、誓います!! 『贖罪』の後はフェリスくんの為だけにこの力を使うと!! もう2度とあんなことにはしません!! フェリスくんが望まないと思うからです!! そうならない為にも体力が必要なんです!!!」
また一気に頭を下げる。
「だからよろしくお願いします!!!」
その頭を見てコルザが汚物でも見るかの目になる。
「でも、『異世界召喚』はまだやるんでしょ?」
「・・・はい。 『勇者召喚』は王様の命令であり、私の『贖罪』です。 成功させなければ『人族』の命も危ないです」
「・・・はぁ」
ため息一つ。
頭を掻いてコラソンの方を見る。
コラソンが頷く。
「ちっ」
舌打ち一つ。
「分かったよ。 ただし、僕が良いと判断するまでは『召喚魔術』を一切使用しないでくれ。 僕はあの『魔術』が大っ嫌いなんだ。 あと、父さんにはくれぐれも内密に頼むよ。 父さんに伝わってしまった時、お前の命は保証できない。 そして僕と母さんはあくまでアドバイスをするだけだ。 良いね?」
バッと顔を上げて嬉しそうに微笑むシオンさん。
「ありがとうございます!!」
「・・・いいから、早く出て行ってくれ」
言って、シオンさんに出て行けと示した。
それに従って出て行くシオンさん。
「ありがとう、コルザ。 そしてすまない。 シオンさんの事を知っていると思っていなかった。 それも、あんな」
「本当に何も知らないんだね」
被せ気味に言葉を挟み、俺を睨むコルザ。
「え?」
「いや、何でもない。 フェリスにあたっても意味は無いね。 ごめん。 それより、なんであいつをそんなに気にかける?」
コルザが不満そうに言う。
「あー・・・。 いや、ちょっと前世の俺に似ているんだ」
俺の回答を聞いて顎に手を当てて考えるコルザ。
「・・・そうかい。 そう言う事かい。 君が前世でどんな罪を犯したって言うんだい・・・」
・・・罪?
「いや・・・。 何もしてないけど・・・」
「そうかい? それじゃあいったい何が似てるって言うんだい?」
「性格」
俺の回答に頭を傾げる。
「性格・・・? どこが?」
「前世の俺はあんな感じで自信が無くて、人の言いなりで、何もできなくて、ははっ、あんまり話したくはないな」
俺の顔をじーと見てくるコルザ。
「でもフェリスは優しいだろ?」
隣に来たサティスも続く。
「それにかっこいいわよ?」
ラーファガもちょこちょこと近づいてくる。
「オーラも美しいです!」
俺は黙る。
彼女たちなりのフォローなのだろう。 これを否定しても良いことは無い。
「ありがとう。 とりあえず、後でシオンさんの特訓について話がしたい。 時間をもらえるか?」
「あぁ、構わないよ。 あいつは嫌いだけど、フェリスがどうしてもって言うから仕方なく協力してあげる」
いつの間にか近くに立っていたコラソンが俺を見下ろしていた。
「・・・あまり、関わりすぎないように気をつけなさい。 前世は前世。 今は今ですよ」
「はい」
俺は頷いた。
といっても、十分関わってしまったわけで、どうしようもないないが。




