『迷宮』
ハッピーセレクターで、シオンさんが購入した本を持って先に帰った後、サティスと合流してウインドウショッピングや食事をして3人で楽しんだ。
そして1週間が経った。
俺はシオンさんの部屋に来ていた。
「フェリスくん! 気になる事がいくつかありました!」
本に集中したいという事でこの1週間は顔を出してなかった。
俺は1週間ぶりの、シオンさんが入れてくれた紅茶に舌鼓を打つ。
美味しい。
「気になる事?」
驚く事にシオンさんはこの1週間で2冊の分厚い本を読破し、中身を完璧に覚えていた。
購入しなかった本はもともとこの研究所にもあったらしく、そちらもすでに記憶していた。
シオンさんって本当はすごい人なんじゃないだろうか?
シオンさんは、そんな事を考えている俺の事を見ず、紙に真剣な顔で文字を書き始めた。
対面で文字を書く彼女の両脇に、2冊ずつ本が積まれている。
「まず、『魔術について』からですが、『魔術は体力を使う』とありました!」
ほう、基本的なことだな。
「確かに『魔術』は体力を使いますね」
「はい! 『魔術』という物は運動と同じで、使えば使うだけ『体力』が必要になるそうです」
なるほど、だから使い続けたら息が切れるし、疲れる。
ん? まてよ?
『剣舞術』を習うとき、一番最初にセドロから教えてもらったな?
『剣術』も『魔術』も一番大切なのは『体力』だって。
「そして、大きな『魔術』を使うにはそれだけ多くの体力が必要になるらしいです!」
つまり、スタミナがそのままマジックポイントになっているというわけだ。
マジックポイントなんていう、想像しずらい感覚より、よっぽどわかりやすい。
あぁ・・・。 そうなれば確かに『体力』は大切だ。 セドロが言っていたのはこういう事だったんだな。
俺は手を握る。
セドロには感謝だ。
「・・・どうしました?」
「あぁ、いえ、ちょっと噛みしめていただけです」
シオンさんが首を傾げたが、すぐに元の位置に首を戻して次の話に入った。
「そして、『召喚魔術』の本には、『召喚魔術はとても強力で大きな魔術である』と、ありました。 これってつまり、私がまた『召喚魔術』を上手く使う為には、『体力』をつける必要があるって事ですよね・・・」
「なるほど、確かに。 この間、階段をのぼっただけで疲れてましたもんね。 体力、つけてみますか?」
「はい! 頑張ります!」
気合を入れるようにガッツポーズをとるシオンさん。
「無理しない範囲で一緒に頑張りましょう!」
俺は帰ったらコルザとコラソンにも協力を仰ごうと決めた。
「それとですね。 もうひとつ。 気になる事が」
「なんですか?」
「ここ、見て下さい」
そう言って『勇者伝説』の本の一行を指さす。
そこにはこうあった。
『アスールは、勇者が大切にしていた金色に輝く時計に自身の魔素を封じ込ませた。 彼の心には勇者が元の世界に帰れるようにと願いがあった』
俺は顔を上げる。
「これってもしかして」
「はい。 もしかしたら、『金色に輝く時計』に封じ込められた『魔素』は、『異世界』と『この世界』を繋げるものかもしれません。 もし、そうなのであれば『異世界召喚』に繋げられる可能性があります。 『勇者召喚』も夢じゃないです!」
すごい。
話が進み始めた気がする。
「それは、希望が見えましたね! ちなみに、どこにあるんですか?」
「それが、はっきりとはわかりません。 ですが、これを見てください」
言いながら目の前に出してきたのは『迷宮探索』だった。
「迷宮・・・?」
そう言えばこの世界にも迷宮なるものがあるんだったな。
どこにあるんだったか?
「はい。 『獣王国』『ディナステーア王国』よりさらに南西、大陸の端、海の向こうには『魔族領』。 勇者が本当の最後の瞬間に戦った場所があります」
・・・ほう。
「最後に戦った場所の近くに迷宮。 しかも、このダンジョンには『転移』系の罠がいくつもあるらしいです」
・・・転移系。
『空間魔術』に関係するのか・・・?
「そして、最深部、迷宮を維持する場所。 そこに、金色に輝く『迷宮の心臓』と呼ばれる何かがあったらしいです」
俺はシオンさんと顔を見合わせる。
「妙だと思いませんか?」
「怪しいですね」
勇者が最後に戦った場所の近くに迷宮。
そして、その迷宮は、仲間の力だった『空間魔術』に関係する罠が張り巡らされている。
際深部には、金色に輝く何か。
話が繋がっているようにも思える。
「私、王様に掛け合って迷宮に潜ってみたいと思います!」
・・・思い切りが良い。
「だ、大丈夫ですか?」
「・・・多分、私だけでは難しいです。 なので、王様の許可が貰えたら、この街で最強のパーティ『ミエンブロ』に依頼を出したいと思います! 私の護衛をしてください!」
真剣な瞳。
・・・そう来たか。
この『ディナステーア王国』から『獣王国』『ドラドアマリージョ』まではかなりの距離だ。 長旅になるだろう。
俺は大丈夫だ。
サティスもきっと、世界を見れると了承するだろう。
コルザはどうだ?
仕事なら仕方ないと付いてきてくれるだろう。
ファセールも連れて行きたい。
・・・だが、それは難しいか。
「そうですか、分かりました。 俺だけでは決められないので何とも言えないですが、出来るだけ協力出来るようにします」
「フェリスくん・・・!!」
ガバッと抱き着かれた。
「うおっ」
暖かくて良い匂いがして柔らかい物に包まれる。
シオンさんって人との距離感バグってるよな・・・?
「・・・フェリスくんは、私が『異世界召喚』を成功させることが出来たら喜んでくれますか?」
突然なんだろう?
「それは、嬉しいですよ? シオンさんの頑張りが実ったって事ですからね」
ぎゅっと力が強まった。
く、苦しい!
「そ、そそそ、そうですか・・・分かりました! 頑張りますね!」
俺は顔をなんとか上に向ける。
「はぁ・・・はぁ・・・。 私が頑張れば喜んでもらえる。 また褒めて貰える」
頬を紅潮させて息遣いが荒くなっているシオンさんがいた。
怖い怖い怖い!
俺は『転移』で抜け出した。
離れた俺を残念そうに見ていたシオンさん。
ちょっとまずったかもしれない・・・。




