4歳 1
「フェリス!そっち行ったわよ!」
元気なサティスの声が響いた。
あの、コルザとの戦いから1年近くが経とうとしていた。
季節は夏真っ盛り。
降り注ぐ日の光は身を焦がすように熱い。
ここが、村の東側にある山の中でなければ直射日光で必要以上の体力を奪われていたに違いない。
俺は、木漏れ日の中を疾走しながらサティスに答える。
「任せろサティス!」
俺とサティスは無事に4歳を迎えることが出来た。
お互いに少しずつに頭身が上がり、すっかり幼児体型ではなくなっていた。
狩り用に貰った、刃のついた短剣を強く握る。
「しくじらないでよね!」
10歳になり、こげ茶色の髪が腰下まで落ちるカリマの気の強い声が響いた。
俺は疾走の勢いそのまま舞う。
「『剣舞術』 『クラコヴィアク』!」
突発的なリズム上昇。
前世で良く見知ったサイズの猪に向かって一気に刺突。
「ビヒィッツ」
動物を貫く感覚。
最初こそ不快感があったが、何体も狩っていれば慣れるものだ。
猪が短い悲鳴を上げて絶命。
「よしっ!」
剣を引き抜いて、イノシシ程度なら難なく倒せるようになった事を喜んでガッツポーズ。
「やったわね!」
横の草むらから飛び出てきたのはサティス。
『深紅』の頭の上から腰下まで落ちる2つ結びが動物の耳のようで可愛らしい。
俺より背が高く。4歳ですでに110センチ。
手足もすらっと長く、将来はセドロのようなスタイル抜群な美しい女性になるだろう。
・・・いや、幼馴染相手に何を考えている。
「なにかしら?」
言いながら首を傾げるサティス。
すっかり会話ができるようになったサティス。
それもセドロが始めた読み聞かせが良かったのだろう。
セドロはサティスに寝る前に読み聞かせをするようになった。
発語を促し、スキンシップもとれる良いことだ。
サティスも読み聞かせが始まってから、ベッドにすんなり入るようになったし、おねしょも落ち着き始めていた。
情緒も安定しているし、素晴らしい傾向だ。
セドロも最近は笑顔が増えたように思える。
しかし、その読み聞かせだが1つだけ問題があった。
それは、内容がちょっと大人向けであることである。
ボカから借りたであろう大分乙女チェックな恋愛小説。
よくある少女漫画的な展開は当たり前、年齢制限なんて概念がないこの世界だ。
やることをやっている。
タイトルは『天人青春』。
『メディオ学院』を舞台に繰り広げられる、お転婆な『天族』の『お姫様』と、『人族』のとある『王子様』の恋愛小説。
セドロよなぜそれを選んだ・・・。
確かに?
内容はお約束展開盛り沢山でおもしろくて?
ヒロインは可愛くてかっこよくて、そんな『お姫様』に憧れたサティスが、似た口調のブリランテを『お姫様』 みたいって真似し始めて?
『王子様』も、サティスがドキドキした様子で聞き入るくらいにかっこいい奴なのだが?
なにも濡れ場まで話さなくてもいいじゃないか!
俺は毎日のように繰り広げられる、隣の部屋でのセドロの朗読にドキドキしながら寝る事になっている。
しかも、読むのがうまいんだ。
声も良い。
思い出してまたドキドキしてきた。
「フェリス?へんよ?」
覗き込んできたサティスが眉をハの字にしながら見上げてきていた。
「な、何でもない」
慌てて手を振る。
「う~ん?」
さらに首をかしげるサティス。
2つ結びの『深紅』の髪がさらりと落ちた。
美しい『深紅』の髪に見惚れていると。
「何つっ立てんの!?急がないと負けちゃうんだけど!?」
と言う、カリマの怒声が耳元で響いた。
「うおっ!いつの間に!?」
先ほどまでちょっと離れた所にいたと思ったのだが・・・。
「わ!ごめんなさい!」
サティスも謝っている。
こげ茶色のロングヘアーを右手で払い、「ふんっ」と俺たちを急かすカリマ。
10歳になり、背は140センチほど。
セドロに憧れて伸ばしている髪は、大分セドロの長さに近づいた。
ちょっと癖があるのを気にしているのが可愛いところだろう。
そんな俺たちの元に迫る影2つ。
それは追加の猪2体である。
「運がいいわ!」
カリマが腰の曲剣を抜き、腰を低く構える。
「そうね!フェリスばっかり良いところとっててずるいもの!」
サティスも狩りように貰った、短い曲剣を構える。
「いや、そういう作戦じゃん・・・」
俺は、3人別々の方向から追い詰めて機会があれば仕留める作戦だった事を思い出す。
さて、俺たちがなぜ猪と戦っているか。
それは、『デスペハードチーム』との猪狩り勝負の最中だからだ!
「「ビヒヒィッ!!」
先ほどの猪の恨みか、それとも本能的に殺しに来たのか。
2匹同時に雄たけびを上げて、勢いよく突進してきた。
「私が左をやるから、サティスは右をお願い!」
カリマの指示。
「右ってどっち?」
サティスの問い。
「今剣を持ってる方だ!」
俺がフォロー。
「分かったわ!」
指示が伝わる。
「俺は・・・?」
「あんたは自分で考えられるでしょ!」
カリマが俺に怒鳴りながらステップを踏む。
いや、そうだが・・・。
「「『剣舞術』」」
カリマとサティスが同時に突発的にリズムを上げて、猪の突進に真正面から突進していった。
「「『クラコビィアク』!!」」
バギィッ!!
重たい音が響いて同時に猪の脳天に曲剣を突き刺した。
バタンと倒れる猪。
カリマが剣を引き抜く。
「ふんっ!雑作もないわ!」
こげ茶色のセミロングを翻して胸を張った。
「あ!大変!やりすぎちゃった!」
サティスの焦った声。
「どうした?」
俺が駆け足気味にサティスに近づく。
カリマも曲剣を腰の鞘に納めて駆け寄ってきた。
「うっ」
カリマがちょっと引く。
「うへ~・・・」
俺もちょっと引いた。
「抜けないぃい」
サティスの刺突は威力が強く、カリマのように脳天を突き刺すだけに収まらなかったらしい。
猪の脳天が彼女の右腕の肘あたりまでを飲み込んでいた。
サティスが必死にイノシシの頭を足で押しながら腕を引っ張る。
この世界だ、脱臼の心配はない。
俺は猪の尻のあたりに回り、引っ張る。
「カリマも手伝ってくれ!」
俺はカリマに助けを求める。
「わ、分かってるわよ!」
カリマはサティスの腰あたりを抱き抱える。
「よーし、行くぞ!せ~の!」
うんととこしょ、どっこいしょ!
すっぽ~んっ!
やっと、サティスの腕は抜けました。
と、表現を柔らかくしておこう。
サティスの腕についてきたものは見なかったことにしよう。
・・・うん。
「あ~!!」
サティスが叫ぶ。
何事か?
俺は猪を置いてサティスを見る。
「け・・・剣が折れちゃったわ」
悲しそうなサティスの顔。
彼女の血塗られた右腕に握られている柄。
その先にあったはずの、デスペハードの母『ブエン』が仕立ててくれた曲がった剣先が無くなっていた。
サティスの勢いに耐えきれなかったのだろう。
「仕方ないわよ。猪持っていくついでに相談してみましょ?」
サティスに優しく言うカリマ。
基本的にカリマは男子へのあたりが強いが、女子へのあたりはとても優しい。
この世界での俺はまだ4歳だぞ?
優しくしろ!
・・・いや、気持ち悪いな俺。
今年で精神年齢68歳。
想像して気持ち悪いので、このままでいいかと諦める。
「・・・うん。お母様に怒られないかしら?」
不安そうである。
最近は怒られることも減っていたが、それでも怒られるのは怖いのだろう。
「大丈夫だろ。それくらいじゃ、怒らないんじゃないか?」
俺が励ますとカリマがうなずく。
「そうね。フェリスもたまには良いこと言うじゃない!師匠はそれくらいじゃ怒らないわよ!」
お、おう。
耐えろ。
相手はこどもだ。
前世ではこういう子も沢山いただろう。
深呼吸。
「じゃあ、戻ろうか」
俺が提案し、カリマの了承でセドロの待つ近くの川へ猪を担いで戻ることにした。
1人1体担ぐため、なかなかに重労働だ。
今回から少しの間毎日投稿にしてみます。
投稿時間も次回から15時にしてみようと思います。