『聖書』
俺も気付くとシオンさんの隣に座っていた。
興味津々と言ったファセール。 流暢に話始めたシオンさん。 そして、話を聞く俺の順番で、3人並んでベンチに座ることになった。
「まず、この世界は『神樹』によって作られました。 『神樹』はまず、大地と空、海を作り、その後、大地にその身を定住させました。 そして『神樹』は『元始の九人』を生み出したのです。 彼らあるいは彼女らは、『ロホ』『ナランハ』『アマリージョ』『ベルデ』『アスール』『インディゴ』『ビオレータ』そして『ブランコ』『ネグロ』と言いました」
いくつか聞いた事がある名前がある。
というか。
「『ブランコ』と『インディゴ』って」
「はい、そうです、ファセールさんと私は『元始の九人』の直系の子孫です」
なんてこったい。
俺の推しは、神の子だったのだ。
俺の推し、マジ神。
何て言う冗談が、冗談にならなくなるというのか。
「獣王国『ドラドアマリージョ』の国王も『アマリージョ』の血を引いていると聞いています。 罪を背負った為、『元始の魔術』は一切使えませんが・・・。 それから、あなたもですよ」
言いながら俺を見るシオンさん。
「俺・・・? あ、そう言えば」
俺は思い出す。
この世界での曽祖父に当たる人。 勇者パーティ『サルバドル』に所属していたらしい存在。 名前は確か『アスール・アロサール』だった。
「曽祖父が確か『アスール』だったな」
「はい、彼も神の血を色濃く受け継いだ直系の子孫です。 そのひ孫である貴方も直系の子孫にあたります」
「おぉ・・・」
なんだそれ、ちょっと嬉しいじゃないか。
周りに神の子孫多すぎ問題はあるが・・・。 なんだ、あれだ。
異世界はこうでなくっちゃってやつだな。
「話が逸れましたね。 戻します」
聖書について語るシオンさんは人が変わったようだった。
彼女は好きな物になると饒舌になる。
前世の俺を思い出し、むず痒い感覚を覚える。
「さて、その『元始の九人』は紆余曲折あり、様々な子をなします。 それが『天魔族』と言われる種族です。 『天魔族』もまた交わり合い、『天族』と『魔族』に分かれていくのですが、ここから先は第二節になります」
「大分省略しましたね」
「はい、あまりにも長すぎるのでこの場では語り切れませんから・・・。 そして、その省略した話の中に私が『深紅の髪』を好きになれない理由があります」
そこまで言って深呼吸をする。
「これから私が話す内容はあくまで聖書の中に記載されている話です。 私は『神樹教』を信じています。 どうか怒らないで聞いて下さい」
前置きが長い・・・。
ようは、『聖書』に書かれているから私はそれを信じているという事だろう。
だから、どんな内容でも覚悟してくれと言うわけだ。
場合によるが、冷静でいられるようにできるだけ善処しよう。
「大丈夫です! 早く教えてください!」
シオンさんの逆隣でファセールもうんうんとうなずいている。
「・・・分かりました。 では、『第一節 元始の九人』『第三項 神の観覧』『ロホとネグロ』より抜粋します」
ふと思ったが、シオンさんは聖書を開いていない。
全て覚えているのだろうか・・・。
「赤い素を持つ者『ロホ』は残虐なる力を使いし者。 他の子を奪いて生贄に使いし者であった。 黒い素を持つ者『ネグロ』は醜いと言う罪を背負い生まれし者。 2人は他の存在を不快にせし者であった。 似た2人は惹かれ合い、やがて子をなす。 深紅の髪を持つ忌み子『グラナーテ』。 彼は後にこの世界を恐怖に貶める。 続いて『第二節 神の完成』『最終項 神の誕生』より抜粋します。 『罪』を背負う子に、地より『死』と言う『罰』が下る。 『神樹』これを憐れみ、その身に子と素を戻し祈る。 地に許され、理想郷へとその子登る。 抜粋は以上です」
「え? その中にサティスがシオンさんに嫌われる事なんかありました?」
俺は突然の終了に頭を傾げる。
どう考えても説明が足りないと思うんだが?
ファセールは納得してない様子だ。
「重要なのは罪を背負う子の、『罪』の事です。 その『罪』とは、要約すると『グラナーテ』が暴れまわって地の怒りを買ったと言う『罪』です。 結果として、『死』と言う『罰』が下されたとされています。 さらに、その『罰』は聖書の中で『子』にも下されたとされています。 『子』とは、『元始の九人』の子ども達の事です。 つまり、『グラナーテ』のせいで世界中の子孫たちは『死』と言う『罰』を受けた事になります。 彼さえいなければ私たちは死の恐怖におびえる事や、不安や悲しみに明け暮れる事は無かったのです」
なるほど、理不尽だ。
しかも、だいたい『グラナーテ』が悪いと言う事で収めようとしている。
『聖書』の内容は、この世界に『死』という概念が生まれたのは『グラナーテ』のせいという事を言っていた。
この世界が、黒と赤に厳しい理由がなんとなく分かった。
わかったが。
正直、理不尽が過ぎると思う。
こんな教えなら、確かに『サティス・グラナーテ』は厳しい目を向けられるに決まっている。
ひどい話だ。
サティスは良い子だ。 美しい心をもっている。 そんな話だけで嫌うのはどうかと思う。
だが、信じる事は自由なのだ。
死ぬのは怖い。
それを和らげるために神を信じて祈る。
何も間違ってはいない。
だけど、俺個人は『神樹教』が嫌いだ。
あぁ、そうか。
だからブリランテは『神樹教』が嫌いだったんだ。
隣の愛する者が『グラナーテ』だったから、『神樹教』を信じなかったんだ。
俺も多分、一生『神樹教』は信教しない。
「・・・これが、私がサティスさんを苦手とする理由です。 すみません。 話し過ぎてしまいました・・・」
言いながら顔を伏せる。
疲れたのだろう。
俺はファセールと顔を合わせる。
「面白かったね! この『おとぎ話』!」
ファセールの無邪気な笑顔。
しかし、それはまずい。
「『おとぎ話』なんかじゃありません!!」
「『連続転移』!」
シオンさんが大きな怒声を上げた。
俺はそれと同時にファセールの元に『転移』して腕を掴み、一緒に離れた場所に再度『転移』した。
「大丈夫!?」
俺達とシオンさんの間にサティスが6階から飛んできて割り込んだ。
「あっ! す、すすす、すみません!!」
周りの人がなんだなんだと見つめる中、立ち上がって何度もペコペコと頭を下げるシオンさん。
「お、驚かせてしまいました!! わ、わわわっ! ご、ごめんなさい!!」
酷く狼狽えた顔。
脂汗と一点に集中できない視線。
「だ、だいじょうぶですよ!」
俺の後ろでファセールが震えながら言っていた。
サティスは心配そうにファセールの隣に駆け寄り、抱きしめる。
「ファセール、シオンさんにとって『神樹教』の『聖書』は、作られた話ではなくて、本当にあった事なんだ。 『おとぎ話』とか言わないようにな?」
シオンさんに聞こえないように優しく小さな声で教える。
「わ、分かった」
何度もうなずくファセール。
俺たちの様子を見てファセールが何かしてしまった事を察したサティスが、震えている彼女の頭を優しく撫でながらシオンさんを見る。
「えと、コネクシオンさんだったわね。 一応言っておくわ。 私の事が嫌なのは別にいいけれど、ファセールには優しくしてあげてね」
シオンさんはこくこくと頷く。
「あと、もし理由がどうあれ、ファセールに危ない事をするなら、私、許さないから」
サティスの怒気の籠った最後の一言に涙目で謝り続けるシオンさん。
さっきのシオンさんのあの怒りよう。
やはり、本気で教えを信じているらしい。
立派な『信者』だ。
もしかしたら『神樹教』が彼女の心の支えなのかもしれない。
そう思い、今後この話題は出さないようにしようと思ったのだった。