『鬱屈の藍色』
『城下街』『ディナステーア』。
『東区』『異世界召喚研究所』。
『コネクシオン・インディゴの部屋』。
レイ暦272年11月25日。
「って事があったんですよ」
『レべリオン』との別れから早くも半年近くが経とうとしていた。 寒くなり雪がちらつく11月、紅茶の匂いがする部屋で、俺は目の前の綺麗な女性と雑談していた。
丸っこい眼鏡をかけた、『藍色』の髪をおさげにした芋っぽいが、美人な『長耳族』の女性。
『コネクシオン・インディゴ』さんだ。
シオンさんは『異世界召喚』の研究者である。
俺はそれに協力すると言う約束で、月に1回ほど顔を出していた。
『レべリオン』との件の間など忙しい時は顔を出していなかったが、ここ数か月は月に1回は顔を出せていた。 研究は一向に進まず、雑談のみだが。
彼女には、『サクリフィシオ』の件で世話になった。 あの日、なぜ『王城』の地下にいたのかは聞いていない。 お礼をするために手土産と一緒に顔を出したとき、一切あの時の事に触れなかったためだ。
聞かれたくないのだろう。 気にはなるが、我慢だ。
「そ、そうだったんですね!」
両手を合わせて笑顔で話を聞いてくれる美人。
最初はおどおどし続けていて、どう話せばいい物かと思っていたが最近は何とか互いの近況報告や雑談で笑いあえるほどに打ち解ける事が出来ていた。
「あ、紅茶のおかわりいりますか?」
首を傾げて聞いてくる彼女のしぐさにドキッとする。
って、落ち着け俺!
相手はあのシオンさんだぞ!
どうもシオンさんと一緒にいると調子が狂うのだ。
最初の悪印象はどこへやら。
今では良き友人と言う距離感である。
謝り癖や、吃音気味な所は前世の俺を思い出して気になる事はあるが、楽しく話せているので良しとしよう。
「はい! お願いします!」
俺は笑顔でおかわりを頼む。
「分かりました、ちょっと待っててくださいね」
立ち上がり、俺のカップを持っていくシオンさん。
出るところが出ていて、思わず見てしまう。
ダメなのに見てしまう。
くぅう・・・落ち着け俺!
深呼吸をする。
今度は香水の匂い。
あぁ・・・。 調子が狂う・・・。
助けてサティス・・・。
カチャッと音がした。
目を開ける。
「どうしました?」
横から覗き込んでくる顔のいい女とテーブルに置かれた湯気を立てる紅茶。
ローブから覗く谷間。
「うおっ!」
俺は驚いて後ろに倒れる。
「だ、大丈夫ですか!?」
慌てて俺を起こしてくれるシオンさん。
危なかった。
びっくりした。
俺は立ち上がって椅子に座り直す。
「すみません! なんでもありません! それより、『異世界召喚』の調子はどうですか?」
俺が聞くと、顔を暗くするシオンさん。
ゆっくりと座り直して口を開いた。
「ぜ、全然だめです」
「え?」
「駄目なんです。 異世界に干渉する研究が全く進みません。 だって『召喚魔術』自体が最近上手くいかないんです。 私のせいです。 私が上手に『召喚魔術』が出来ないから。 全く進みません。 このままでは王様に見限られてしまいます。 ちゃんとしなきゃならないのに、出来ないんです。 私、もうだめかもしれません」
俯きながらぶつぶつと言う。
目に光が見えない。
この感じはちょっとまずい。
「・・・最近、ふとした拍子に死ぬことを考えているんです。 ・・・私、怖くて」
震えだすシオンさん。 瞳に涙が溜まり始める。
俺はシオンさんの元に行き、手を取った。
この状態は放っておけない。
覚えがある。
これは、鬱状態だ。
俺も経験がある。
心を病んで薬を飲み続けていた毎日。
あれはきついし、つらい。
あの時、俺はどうして欲しかった?
どうしたかった?
俺は思い出しながら言葉を選ぶ。
「自分が居ます。 話を聞かせて下さい。 ちょっと休みましょう。 そして、一緒に考えましょう。 どうして『召喚魔術』が上手く使えないかを」
そう、俺は誰かに話を聞いてもらいたかったのだ。
一緒に悩んでくれる人が欲しかったんだ。
ゆっくりできる休みが欲しかったんだ。
「うえぇ?」
俺を涙目で見上げるシオンさん。
よく見ると酷い隈と肌荒れだった。
ますます放っておけなくなった。
こうして俺は、シオンさんに休養をとってもらい、一緒に『召喚魔術』が上手く出来ない原因解明を目指すことになった。