『友達』
少しだけ時間が経った。
あの後、想定より早く『副隊長』が手の空いていた『雑務隊』の数人と戻ってきた。
俺とコルザが捕らえていたウラカーンとレポルシオンは、数人の『雑務隊』に引き渡した。 レポルシオンの拘束は『雑務隊』で十分だったが、ウラカーンは満身創痍とはいえ『天族』。 サティスが与えた傷以外も回復し始めていたため、コルザが『空間留置』で捕らえながら『雑務隊』に同行することになった。 『副隊長』に向かって嫌な顔をしながらされるがままで背負われ、穴から脱出していったコルザを見届けた後、俺たちは救出を待つことになった。
ちなみにボカは、『雑務隊』とともに、多数の『東区の住人』を拘束しているらしく手が離せないらしい。 戻ってきた『副隊長』がそう教えてくれた。
『東区』『北側』。
『元区役所跡地』。
『地下』『拘留用の牢屋だった部屋』。
ハールとアーラは疲れたのか壁に背を預けて眠っている。
ティンの妹は俺の隣に座るティンの膝に頭を乗せて寝息をたて続けていた。
サティスは俺の隣で仰向けになって寝息を立てている。
起きているのは俺とティンの2人。
2人で、崩壊した入り口の先から空を見る。
夜空には綺麗な月が出ていた。
「今日はありがとな」
唐突にティンが礼を言った。
「礼はいいよ。 町は平和を取り戻した。 仲間はみんな無事だった。 これで良しだ」
「やっぱり、お前は優しいよ」
「そんな事無いさ。 自分のことしか考えていないだけだ」
「いや、ちゃんと人のことも考えてるよ」
「お前には負けるよ」
俺の言葉で沈黙になる。
「俺さ」
沈黙をティンが破る。
彼はおしゃべりが好きなのだ。
彼との交流は彼が話をしていることがほとんど。
俺は人の話を聞くのは嫌いではない。 むしろ、こちらから話題を探さなくて言い分嬉しいくらいだ。
耳を傾ける。
「いつか、自分の店を持ちたいんだ」
「店?」
突然の告白だった。
「あぁ。 まだ全然具体的な事は何にも決まってないし、イメージもわかない。 でも、俺は、仲間と家族と一緒に。 『自由』に過ごせる場所が欲しい」
「あぁ、そういうことか」
「あぁ。 一緒に稼いで一緒に生きて、いつかこの『東区』の皆みたいに行くところが無くなった人達を雇って、大きな店にしたい」
その言葉で思い出すのはこの世界での故郷。
『プランター村』。
あの時は知る由しなど無かったが、今ならわかる。
あの村はきっと。 皆が行き場所を求めていた。 そして、やっとたどり着いた村だったのだ。
それを皆で守るため、互いに思いやり、協力し、助け合っていた。
とても、優しい村だった。
ティンが言っているのはあのような場所の事なのだろう。
「それは大きな夢だな」
月を見ながら思わずつぶやく。
「あぁ、とてもデカい。 しかも、俺は『罪人』だ。 しっかり罪を償う必要もある。 いつ終わるかなんてわからない。 夢を叶える事は無理かもしれない」
随分と悲観的な言い分に首を振る。
ティンらしくもない。
彼は、絶望的な状況でも道を探そうとするタイプだと思っていた。
らしくもない姿に戸惑いながらも声をかける。
「そんなことないさ」
自信を無くしているようだったから、励ましの言葉を選んだ。
思うに、今回の件で自分たちがしてきたことの重大さを感じたのだろう。
『義賊』とはいえ、犯罪は犯罪。 犯罪とは、誰かに多大な迷惑をかけるという事。
それがまわりまわって今回、ティン自身を苦しめた。
「いや、無理さ。 罪を償いきるなんてことは無理。 でも、だけど。 出来る事なら。 店を持つ事ぐらいはしたいなぁ」
顔を上げて月をみるティンの横顔は悲しそうだった。
確かに、『罪』を償いきることは無理かもしれない。
結局のところ、人に迷惑をかけた事実は無くせないのだから。
でも、しっかり反省して2度と同じ過ちを繰り返さない事は出来るはずだ。
悪いことをしてしまったなら、その数倍良いことをする事だってできるはずだ。
何をもって償いとするかは人それぞれだが、自分自身が納得できる償いは見つけられるはずだ。
現にサティスは今。 自分で『贖罪』を決めている。
「・・・出来るさ。 出来る。 夢を叶えるために『努力』していればいつかはできるよ」
ティンは罪人なのだろう。
だが、俺にとってはもう知らない人ではない。
だから応援する。
「簡単に言うよな」
ティンはため息交じりに否定してくる。
暗にお前とは違うとでも言いたいのだろう。
そうだ、ティン。 その通りだ。 俺とおまえは違う。
俺は『転生者』。
俺は死んでからじゃないと『努力』できなかったんだ。
「簡単じゃないさ。 『努力』は裏切るし、間違う。 俺はそれをよく知っている」
「じゃぁ、叶うわけないじゃないか」
だけどティン。 お前は違うだろ?
今までだって、沢山『努力』してきたじゃないか。
この1年近く、お前がちゃんと『努力』していたの見てたんだぞ。
目が合う。
俺は、続きを言う。
「それでも、俺は『努力』を止めない。 だって。 まったくの無駄になる事は無いんだ。 必ずどこかに繋がる。 『努力』を積み重ねて、繋げていった先。 その先の瞬間に、必ず満足できる最後が待っているんだ」
数秒の間。
ティンが口を開く。
「・・・なんだか、自分に言い聞かせてるみたいだな」
図星だ。
その通りだ。
言い当てられて笑ってしまう。
「はははっ! よくわかったな! その通りだ! うん。 告白するよ。 俺は『転生者』なんだ」
俺は、『転生者』である事を告白する。
俺は、ティンと仲良くしたいと思った。
多分、ティンに感じていた壁は、彼が本当の想いを隠していたことなのだろう。
彼は、仲間の前では気丈にふるまっているが、その実。 悲観的な思いを持っていたのだ。
それでも、彼は仲間と家族の為に『努力』を続けていた。
そんな優しい彼と、仲良くなりたいと思ったのだ。
で、あれば。 俺も壁を取っ払うべきだ。
俺からティンへの壁。 それは『転生者』であることを隠していたこと。
「『転生者』?」
俺の告白に首を傾げた。
「あぁ、信じられないと思うけど、別の世界で一度死んで、この世界に転生してきたんだ」
俺の説明に首を振るティン。
「・・・いや、信じるよ。 『東区』には異世界召喚の研究所があるんだろ? だったら『転生者』が居てもおかしくない。 『勇者』だって『異世界人』だったんだ」
「話が早くて助かるよ。 そう、俺は『転生者』。 つまり一度死んだんだ。 前世は自分に言い訳ばっかりでやりたいことを真面目に頑張る事はしてこなかった。 『努力』の必要性が分からなかったんだ。 他人の話にはいはい頷いて、自分の意思は二の次。 他人に興味なんてなくて、積極的に関わろうともしなかった。 その結果、心は壊れたし、最後の瞬間は1人で寂しくつらい物だった」
「そうだったのか」
「あぁ、でもな? それでやっと気づいたんだ。 『努力』の必要性に。 あの時もっと頑張っていれば、もっと満足できるものになったんじゃないかって。 だから俺は今、自分の意思でやりたい事を決めて『努力』することが出来ている」
「・・・」
俺の話を静かに聞くティン。
「俺には最後の瞬間に満足するっていう『夢』がある。 だから、やりたいと思った事への努力は惜しまない。 『努力』を続ければ満足できるって信じてるから」
「・・・そうか、俺にも『努力』を続けろって言うんだな?」
「あぁ。 夢を叶えるのは大変だと思う。 罪を償うなんてもっと大変だ。 でも、『努力』は無駄にはならない」
「分かった。 ありがとう、ちょっと希望が持てた」
ティンが握手を求めてきた。
「次は俺が助ける。 いつになるか分からないが必ず助ける」
俺はそれに答える。
少し気恥しいが、こういうのはしっかり言っておかなければならない。
「いいよ、俺達『友達』だろ? 持ちつ持たれつで行こうぜ」
しっかりと手を握る。
「友達か・・・良いのか? 俺なんかがお前と友達になって」
「あぁ、むしろ、俺なんかで悪いな。 でも、ティンとの繋がりも大切にしたいんだ」
「ははっ! 確かに気が合うと思ってたわけだ! 似た者同士、改めてよろしく! お前のダチの『ティンブレ・アルボル』だ!」
「あぁ、こちらこそ改めてよろしく。 『フェリス・サード・エレヒール』だ」
俺に新しい繋がりが出来た時だった。
握手を交わしたとほぼ同時。
「あぁ、見つけた。すまん、遅くなったと言うには遅すぎた」
俺たちの真横に青い髪と無精ひげのイケオジが現れた。
その場にいた俺たちは全員、ボカによって無事救出されたのだった。