『背徳没倫』 2
透明な膜で出来た巨大な『盾』。 それが、部屋の中を押し流すように、俺たちをプレスするべく迫り来る。
絶体絶命。
その時、『柚子色』の光が『魔剣』『グラナーテ』の柄から放たれた。
バゴォオンッと大きな音が響いて土煙が上がる。
「・・・嘘よ」
サティスの声が聞こえた。
土煙が晴れる。
状況がわかる。
後ろで胸元を押さえながら驚いた顔をしている、息が整ったサティス。
前方。 振りいた先、勢いを無くした巨大な『盾』が停止していた。
そして、『盾』を押さえる。 まるで、俺たちふたりを守るように立つ人影。
いや、あれは人ではない。
『人形』だ。
「リフィ!!」
後ろでサティスが叫んだ。
カタカタと振り返る『人形』にサティスの親友の面影があった。
ボロボロと崩れ落ちていく。
膜のような盾が消失すると同時に『人形』は消滅。
「あっ!」
サティスが悲しそうな顔をする。 しかし、また『グラナーテ』の宝石が『柚子色』に光りだす。
『柚子色』の光。
あぁ、あれはサクリフィシオの『魔素』だ。
『人形魔術』が自動的に発動される。
サティスの後ろにサクリフィシオの面影がある、土で出来た『人形』が6体出現した。
「フェリス。 これ・・・」
「あぁ、リフィは約束通り、サティスの隣で戦ってくれるんだな」
「えぇ。 どうしよう。 わたし、嬉しいわ。 この1年。 『人形魔術』は使えなかったのよ。 なのにこんなところで発動してくれるなんて・・・」
嬉しさのあまり泣きそうになっているサティス。
サティス。 泣くのは早いぞ? 手数が増えたとはいえ、敵は『天族』。 油断は出来ない。
俺は気合を入れなおし、改めて剣を握りしめる。
「サティス。 気を抜くなよ? リフィと一緒にあいつを倒すんだ!」
「えぇ! わかってるわ!」
仕留められなかった俺たちを見たウラカーンが大きなため息をついた。
「しつこいなぁ・・・。 しかもそれ『人形魔術』じゃねぇか。 あぁ、ティーテレスから奪ったんだな? ほんとにどこまでも罪深い」
再びの大きなため息。
「本当に早く死んでくれよ」
再度、無数に展開された膜のような盾。 それがこっちに向かって飛んできた。
「ティーテレスから奪ったんじゃない!」
サティスの怒声。
「リフィに託されたのよ!!」
サティスが前に出て剣を回し、縦にして両手で柄を握りながら胸元に引き寄せた。
後ろの『リフィ人形』達が、『盾』からサティスを守るように駆け出していった。
「フェリス。 私、本気を出すわ。 でも、終わったら動けなくなるからよろしくね」
こちらに背を向けたままそう言うサティス。
『本気』。 と、いう事は使うのだろう。
俺は頷く。
「任せろ」
『盾』は『リフィ人形』たちが体を張って止めている。
それを見ながらサティスは深く息を吐き目を瞑る。
間髪いれずに大きく深呼吸した。
吸い終えて目を開く。
奥の敵を睨む。
「これは、罪の炎」
そして、呟きはじめる。
「贖罪の為に背徳没倫の力を」
サティスの身体が熱を持ち、赤くなる。
呟くは、『魔術』の安定の為に必要な詠唱。
「『業火魔術』『贖罪の業火』 『身体強化Ⅰ』」
『魔術』の発動。 瞬間、サティスの体温が上がり、肌が赤みを帯びて蒸気を放った。
『業火魔術』。
サティスは、『業火』の銘を『贖罪』と定めた。 また、それに『詠唱』を加え、自分に『業火魔術』を何のために使うのか言い聞かせる工程を加えた。 以上、2つの条件を満たすことで、やっと『業火魔術』を何とか制御することが出来るようになった。
ここまで1年。 しかし、制御は出来ても、精神的、肉体的な消耗がかなり激しく、使用しても持って数分。 加えて、使用後はしばらく動けなくなってしまうと言うデメリットが残っている。
しかし、それでも得られる恩恵はかなり大きい。
瞬間的火力を底上げし、コラソンに及びそうな程の力を手に入れる事が出来る。
つまり。
サティスが振り返る。
彼女の瞳は紅を増していた。
「さぁ、私の限界が来る前にあいつを倒してしまうわよ!」
今はまだ、時間制限ありの身体強化。
しかし、出せる火力はこれまでの比ではない。
サティスが倒れる前にウラカーンを必ず倒す。
敵に振り返り、『グラナーテ』を数回振り、腰を低く構えなおすサティス。
彼女の周りを再度現れた『リフィ人形』が囲う。
迫ってきていた盾は全て打ち落としてくれたらしい。
と、その『人形』たちが突然『柚子色』に輝いた。
共鳴するように『グラナーテ』の宝石が『赤色』に輝く。
サティスが目を見開く。
戸惑った顔で、口だけが滑らかに動く。
「『融合』 『業火』『人形』」
頭に『魔術』の名が浮かんでいるのだろう。 呟くように言葉を紡ぎ続ける。
「『業火人形』 『強化人形化』『靴』」
言い終えると同時、宝石からの『赤色の光』と『人形』が姿を変えた『柚子色の光』が混ざり合い、サティスの靴に向かう。
それは、靴に吸収され、靴の姿を変える。
それは、『赤い靴』。
前世で言うところの『フラメンコシューズ』となった。
「ふふっ。 リフィ。 一緒に戦ってくれるのね」
微笑んで剣を握る力を強めるサティス。
「フェリス! 決めるわよ!」
俺を疑わない声。
彼女はまた強くなった。
そう、サティスはまた強くなったのだ。
どんどん置いて行かれる。
駄目だ。
こんなんじゃ駄目だ。
俺も負けてはいられない。
彼女の隣にいても恥ずかしくないように。
彼女の美しい心を守れるように。
そうなるためには、ここで止まってはいられない。
あいつを倒すのは俺達2人だ。
「『空間把握』『魔素』『物質』」
俺は集中力を高める。
視界が青く染まり、『物質』の線が浮かび、さらに『魔素』も見えるようになる。
右手に直剣を。 左手に短剣を持つ。
サティスの隣に立つ。
サティスの邪魔はさせない。
「行くぞ!」
「えぇ!」
「『転移』!」
俺は『転移』で一気に距離を詰める。
狙うは足首。
「それはもう見たぞ!!」
足首と俺の間に膜で出来た盾が現れた。
他にも2枚の盾がウラカーンの体を覆い、守るように隠す。
先ほどと同じ半透明な膜ではあるが、磨りガラスのように形を変えていて、ウラカーンの姿が視認しずらくなっていた。
まぁ、普通であればだが。
今の俺に、それは通用しない。
ウラカーンの『魔素』と輪郭線がはっきりと分かる。
「『転移』!」
俺は盾の無い方向へ『転移』する。
次は右腕。
「ここだ! 『転移切断』」
一歩届かず、盾に回り込まれ、守られてしまう。
まだ!
「『転移』! 『転移切断』! 『転移』! 『転移切断』!」
『転移』し、切り付け、守られを3回繰り返す。
真っ当な『転移』の連続使用は3回が限界。
これでは足りない。
なら!
「『連続転移』!」
この1年で手に入れた新しい『魔術』。
数回『転移』を繰り返せる。 今の俺の限界は5回。
『転移』の酔いに配慮せず、『転移』先の細かなズレを気にしない。 雑な『転移』を繰り返す『魔術』。
しかし、雑であるからこそ、体力消費が押さえられる。 結果として可能となる『連続転移』。
俺は、『転移』を5回繰り返した。
しかし、全ての『転移』先を見切られ、『転移』する度に盾が目前に現れた。
くそ! 何のための体力だ!
使いきれ!
捕らえられるな!
もっと早く!
もっとだ!
このままでは、攻撃が通らない!
ここで、限界を超えろ!
瞬間、頭に『魔術』と『剣術』の名が浮かんだ。
「『空間魔術』『高速転移』! 『転移連斬』!!」
今までの倍の速度の『転移』。
『転移』する度に放つ剣劇。
鼻血を吹き出しながら高速で2度の『転移』を繰り返す。 横切りは忘れず1度ずつ。
ただし、1度目はフェイク。
「なぁあにぃいい!!」
『高速転移』による2度目の『転移』に反応が遅れたウラカーン。
ウラカーンの背後。 回転を加えた、右手に握る直剣による回転切りがウラカーンの右脇腹に迫る。
「うらぁああ!!」
そして、見事にウラカーンの右脇腹を背後から切り裂いた。
「がぁああああ!!」
ウラカーンが上げる悲鳴。 そこにサティスが迫る。
『赤い靴』がサティスの動きを支え、踏み込みによる速度と、攻撃の安定感を増させていた。
「はぁあああああっ!!」
叫びながら『グラナーテ』に『深紅』の『魔素』を集めるサティス。
そして上がる。 『深紅の炎』。
「『紅蓮剣』!」
サティスの剣が燃え上がる。
サティスの鼻から血が吹き出る。
「やられるかぁあああ!!」
視界の中。 『魔素』が動いた。
「『硬度結界』『硬度10(ディエス)』!」
体半分を切り裂かれ、それでもなお意識を保ち、かつ『魔術』を使用しようとするその生命力に驚く。
ウラカーンが一瞬で両手を動かし、手の平の間に『空色』の『魔素』を集める。
やがて集まった『魔素』は胸元で小さな10層の膜で出来た球体となり、大きくなろうとする。
それを、俺はしっかり『把握』していた。
あれが大きくなったら結界となる!
それなら!
奥の手で止める!!
「させるかよ!」
ウラカーンが作った『魔素』の球体。 その周りの『魔素』を掴む。
その間にサティスが華麗にステップを踏む。
絶対にサティスの邪魔はさせない!
「『剣舞術』『至型』『フラメンコ』」
サティスが進化を遂げた『剣舞術』の型を使用する。
体をうねらせながら回転。
炎を纏った、タンゴ以上の美しい一撃がウラカーンの左わき腹を狙う。
しかし、結界の広がる力が強く、抑えられそうになくなる。
だめだ!
気合を入れろ!
俺達はこんな所で負けていられない!!
2人で『無敵』になるのだから!!
俺は力を更に込める。
『魔素』をさらに強く掴む。
留めるに収まらない。
『圧縮』に動きを変える。
鼻と口から血が噴き出る。
吐き気が迫る。
しかし、構わない。
ここでこいつを。
友を笑ったこいつを!
故郷を笑ったこいつを!
大切な人を見下したこいつを!
ありったけをぶち込んでぶっ倒す!!
「まだまだまだまだまだぁああああ!!」
『圧縮』を繰り返す。
空間を『圧縮』し、『圧縮』する。
中の『空色』の『魔素』が小さくなっていく。
「なんだこれ!? 『空間魔術』のこんな使い方見たことが無い!!」
狼狽えるウラカーン。
それはそうだ。
これは『ティーテレス』との戦いのときに生み出した。
俺だけの『魔術』。
「『空間魔術』『空間圧縮』!」
「『ティエントス』!」
俺がウラカーンの結界を抑え込むと同時。 サティスの一撃がウラカーンの左わき腹を切り裂いた。
左右から深く切り裂かれたウラカーンは、下半身と上半身が分かれた。
それを確認したと同時、俺の圧縮から解放された『魔素』が大爆発を起こした。
かくして、俺とサティスは『天族』に勝ったのだ。