『背徳没倫』 1
『東区』『北側』。
『とある地下室』。
「『天族』・・・?」
松明が揺らぐ、大きな地下室。
その中心で、白い翼と『空色』の光輪を持つ青年がほくそ笑んでいた。
「あぁ? 予想外か?」
俺は、事前情報との相違から呟く。
「『長耳族』じゃなかったのか」
俺の呟きに反応した青年は、人を馬鹿にしたような笑みを浮かべる。
「くくくっ。 あぁ。 そうだ。 俺は『天族』。 『人族』の国で目立たないために羽と光輪を隠すようにしているのさ。 これも、この国を乗っ取るための大事な技術ってやつさ」
「乗っ取る?」
俺は、『革命』の目的を知り思わず問う。
『ウラカーン』と名乗った『天族』の目的は国の乗っ取り。
なにか、不満があるから『革命』を起こしているのでは無いのか?
「あぁ! そうさ! 崇高なる『天族』であるこの俺が、『人族』と協力して『革命』なんかする理由なんてひとつだけさ!」
「・・・そんなに『人族』の国が欲しいってことか?」
構えを崩さずに問う。
「いや? 正直この国の事なんてそうでもいい。 『天族』の欲しい物なんてもっと単純なものだ」
そこで笑みが止まる。
口を開ける。
「『満足感』・・・それだけさ」
「国を乗っ取って何が『満足』できるのよ!」
サティスは耐え切れずに叫んだ。
「はははっ! 俺はな? しちゃいけないことをすることで『満足』できるんだよ!」
サティスを見てニヤニヤした笑みを浮かべる。
「・・・くくくっ。 そう、しちゃいけない事は素晴らしい。 婚前交渉。 多重婚。 多重交渉。 『神樹教』ではすべてしちゃいけない。 でも、ある時。 『人族』相手にその味を覚えちまった。 俺の故郷の連中は真面目な奴ばっかりでさ! プライドもクソ高くて全部見下してやがる! くそみたいなあの場所で、しちゃいけないことをすることだけが救いだった!」
長々と話し始める『天族』『ウラカーン』。
話しながら身をよじり、顔を押さえる。
「あぁ・・・。 あぁ! してはいけない事があんなに気持ちいなんて! 『人族』も捨てたもんじゃないな!」
指の隙間から垣間見える酷い笑顔。
まるで、『魔族』のようだった。
「だから、邪魔するなよ。 この国を乗っ取って、好きに女を抱くんだ」
スンッと真顔になる。
彼が言いたいのは結局のところ。 抑圧された『性欲』の発散場所を求めているという事。
その発散を終えて『満足』出来るなら他人などどうでもいいという事。
その発散のためだけに『革命』に協力していたと言うこと。
虫唾が走る。
それはすなわち、自分以外の気持ちを一切考えないという事。
何が『満足』だ。 ふざけるな。
『満足』するために頑張るのは良い。
『性欲』を満たすために『努力』するのだってひとつの行動原理。
俺は否定しない。
だが。
だけど。
『自己満足』の為に『他人』を巻き込んで『不幸』にするのだけは間違っている。
自分が一番偉いとでも思っているかのような口ぶりにも腹が立つ。
お前だけが偉いわけじゃない。
皆、それぞれのベストで頑張っているんだ。
なのにあいつは、『プランター村』の人たちを馬鹿にし、サティスを馬鹿にした。
そして、行動の目的は『自己満足』の為に他人に迷惑をかけるもの。
ここで必ず倒して阻止する。
いや、阻止しなければならない。
そうしなければ、大切なものを守れない。
大切な人たちが『不幸』になる。
それは、許すわけにはいかない。
俺は剣を握る力を強める。
相手が『天族』だとかは関係ない。
昨年の『ティーテレス』より強いかもしれないが関係ない。
必ず倒す。
「サティス行くぞ!」
俺の言葉に強く頷くサティス。
「えぇ! やるわよ! 絶対勝つわ!」
気持ちは同じらしい。
息を吸う。
戦闘開始だ!
「『空間把握』『魔素』!」
俺が視界を青く染めるのと同時、サティスがステップを踏みながら前進。 そのまま突発的なリズム上昇。 地面を蹴って一気に敵に突っ込んだ。
「『剣舞術』『クラコヴィアク』!」
久しぶりに本気の刺突を見た。
以前より数倍キレと速度が増している。
そんな一撃が『天族』『ウラカーン』まで届きそうで。
「『結界魔術』『簡易結界』」
届かない。
空色の薄い膜がウラカーンの胸元からドーム状に広がってサティスの刺突を受け止めた。
「くっ! 固いわね!」
膜に足を突いて後ろに飛ぶサティス。
『魔剣』『グラナーテ』の柄が『空色』に輝いていた。
「・・・でも、貰ったわ」
獰猛な笑みで呟きながら戻ってくるサティス。
「ほう? 傷をつけるか」
ウラカーンは目の前の膜を消しながら呟く。
サティスの呟きには気づいていない。
「少し、本気を出そう」
と、言いながら右手を伸ばす。
サティスの周りに『空色』の『魔素』が集まり始めた。
「させるかよ! 『転移』!」
俺は転移でウラカーンの後ろに『移動』する。
「『空間剣術』『転移切断』!」
一気に剣を振り、首筋を狙う。
「はっ! 懐かしいな! 『空間魔術』と『空間剣術』。 勇者パーティーにもその使い手がいた! だから分かる!」
固い膜がウラカーンの首筋を守る。
「あれには遠く及ばない。 お前にはもったいない『魔術』と『剣術』だ」
ウラカーンの左手が握られる。
「『拘束結界』」
同時に俺の体が薄い膜で包まれ、身動きが出来なくなる。
「相手はひとりじゃないのよ! 『剣舞術』『フォリア』!」
サティスの自由な剣劇が迫る。
「分かってるよ!」
ウラカーンの右手に『空色』の『魔素』が集まり、盾を形作る。
「『障壁結界』」
それはサティスの剣を受け止め、弾き飛ばす。
「ぐっ! 『転移』!」
俺は膜ごと転移してサティスが飛んだ先に移動する。
そのままサティスを受け止め、地面に滑り込む。
「フェリス! ありがとう!」
言いながら片ひざをつき、俺を見下ろすサティス。
「構うな!」
サティスにウラカーンから目を離すなと暗に伝える。
サティスは分かっていたらしい。 しっかり頷いてウラカーンを見る。
「でも、その膜は切るわ!」
ウラカーンから視線を外さず、サティスが『グラナーテ』を振って、俺の体を包んでいた膜を斬った。
「切れるのか! この膜!」
驚く。
「さっきの膜より柔らかかったわ。 さっきの膜で剣先が入ったから、いけると思ったのよ!」
俺はすぐに立ち上がり、体勢を立て直す。
簡単に言うが、俺には無理だ。
サティスの剣術センスと日々の努力のなせる業だ。
俺は感心しながら次の手を考える。
一応切れたり受け止めたりが出来る。
と、言うことは触れる事が出来ると言うこと。
一応『魔素』で作られた物らしい。
と、言うことは『空間把握』で把握できるし『空間留置』で固める事が出来ると言うこと。
よし。 ものは試しだ。
「サティス! 試したいことがある!」
「分かったわ! とりあえず突っ込めばいい!?」
「それで頼む!」
「行くわよ!」
俺の短い提案でして欲しい事を読み取ってれくるサティス。
サティスは一気に駆け抜け、ウラカーンの目前に迫る。
キレのある上段構え。 『深紅』のセミロングがふわりと舞う。
「『剣舞術』『修型』『タンゴ』!」
激しいステップと共に、連続で繰り出される剣劇。
美しく、見惚れそうになるが気を取り直す。
「甘い甘い! 『硬度結界』『硬度7(スィエテ)』」
ガギンと重い音と共にサティスの剣激が、ウラカーンの胸元に現れた『空色』の『魔素』で出来た球体が広がってできた、7重の層になっている膜によって防がれる。
ガンガンガンッと火花を散らしながら何度も剣がぶつかって重い音を響かせている。
「効いてくれよ! 『空間魔術』『空間留置』!」
俺は、考えついたものを試す。
それは、ウラカーンの作った結界の外側にある『魔素』を掴んで『空間留置』で掴む事。
結果として、掴むことはできた。
しかし。
「かったい!!」
とても固く、手が閉じない。
ボウリングの球を手のひらいっぱいで掴んで握ろうとする感覚に似たものを感じる。
それはつまり、手ごたえがあると言うこと。
結界が大きくなる前に掴むことが出きれば、結界を押さえ込むことが出来るかもしれない!
と、思った束の間。
「うん。 うざいね。 『障壁結界』『多重展開』」
呟いた瞬間。
天井に大量の盾が現れた。
「『落下』」
ウラカーンの指示で、その大量の盾が落下してきた。
「『転移』!」
俺はサティスの隣に『転移』し、そのままサティスを抱える。
「『転移』!」
連続の『転移』と、人を抱えながらの『転移』が出来るようになった俺は、サティスを抱えたまま、落下してくる盾の上に『転移』した。
同時にいくつもの盾が地面に落ちていく。 ズズンと何度も音を響かせて地面が揺れた。
土埃がいくつもあがり、下の様子が分からなくなる。
「『障壁結界』『多重展開』『射出』」
ウラカーンの声が聞こえたと同時、土埃の中から俺とサティスに向かって盾が何個も飛んできた。
くそっ! サティスを連れて『転移』したから、まだ『転移』が出来ない!
人を抱えながら、連続での『転移』はまだ俺には難しいのだ。
「離して!」
俺はサティスに言われるがまま、離して隣に投げ出す。
2人、並んで落下しつつ盾を睨む。
「一緒にやるわよ! 私が合わせるわ!」
右隣でサティスが剣を構えた。
「それは助かる!」
俺も構える。
サティスのやろうとしていることはすぐに分かる。
「「『剣舞術』『協奏』『修型』『ボレロ』!」」
ふたり息を合わせて迫る盾をいなし続ける。 『協奏』により『錬度』が数倍に跳ね上がった『守』派最強『型』が見事に盾をいなし、返す一撃で破壊する。
俺は、サティスの死角やうちもらしを担当。
いくつも破壊し続けながら落下していく。
破壊された盾の破片がが四方八方の壁に突き刺さっていく。
どこかでティンの声が聞こえた気がしたが、構ってはいられない。
サティスの息が上がってくる。
力を俺に合わせながら舞っているのだ。
全力を出すより疲れるに決まっている。
くそっ! 足を引っ張っている!
自信の力不足をじれったく思いながら、2人でなんとか全てを叩き壊した。 気づいたら地に降りていた。
「はぁ、はぁ、久しぶりだったけど、上手くいったわね!」
隣で、肩で息をしながら笑うサティス。
「すまない、足を引っ張った」
「え? やりやすかったわよ? やっぱりフェリスが一緒に戦ってくれると周り見なくて楽だわ! はぁ。 はぁ・・・。 それに、やっぱり体力じゃかなわないわ」
「・・・そうか」
俺は、もっと鍛えようと思った。
その時だ。
正息中のサティスと、その隣の俺に向かってこれまでの比ではない大きさの盾が迫ってきたのは。
その大きさは、部屋の中いっぱいに広がるほど。
回避するスペースがない。
サティスはまだ息が整っていない。
このままではふたりとも押し潰されてしまう!
視界の隅。 ティンが戻って来ていた。 だが、部屋の扉の奥であっけにとられていた。
無理もない。
敵は『天族』だ。
俺だって戦えているのが不思議なくらいだ。
壁が目の前に迫る。
せめてサティスは守る。
俺は、肩で息をしながら構えたサティスの前に出る。
迫る『盾』の大きさに絶望。 軽くパニックに陥る。
くそ! どうする!?
『空間留置』で留められるか?
いや、無理だ! さっきの『結界』を握れなかった時点であの盾は止められないと思っていい。
じゃあ『奥の手』か!? いや、駄目だ。 今使ったら体力を全部持って行かれる。 止めることが出来ても追撃が来たらやられる!
あれを止められる『剣術』は・・・いや、ダメだ。 俺の『錬度』では太刀打ちできない!
くそ! 八方ふさがりだ!
なおも迫る『盾』。
絶体絶命。
その時だった。
魔剣『グラナーテ』の宝石が『柚子色』に光り輝いた。