『副隊長とコルザ』
「・・・ここだね」
僕は、『東区』の北側。
倒壊した建物の陰から、『刑務所』の隣に立つ大きな建物を見ていた。
「はい。 情報によるとここに『レポルシオン』がいます。 ここから指示を出しているらしいです」
僕の隣には、泡黄色の短い髪をした綺麗な女の人。
父さんが『隊長』を務める『騎士団』『雑務隊』の『副隊長』だ。
表情は冷静を保とうとしているが、さっきから嬉しそうなニヤニヤが止まっていない。
「・・・随分と嬉しそうだね?」
「あ。 すみません。 お恥ずかしい」
「そんなに父さんに頼られたのが嬉しいのかい?」
「それは・・・はい。 この時を待ってましたから」
微笑む『副隊長』。
彼女は先ほど、父さんに僕と一緒に『レポルシオン』を捉えるように指示されていた。
『娘を助けてやってくれ。 頼む』
なんて父さんが言うから、『副隊長』が調子に乗っているじゃないか。
まったく。 僕ひとりで十分なのに。
と言うか、この『副隊長』は何なんだ。
父さんは僕の父さんだぞ。
いつも思っていたけれど。 距離が近いんだよ。
母さんにも失礼だぞ。
『東区』に入ってすぐのところにあった仮設テント。 そこに父さんがいた。
僕はフェリスとサティス、ティンと別れてすぐに父さんの元に向かったが。
隣にはずっと『副隊長』がいた。
そんなに近くにいる必要はあるかい? と言いたくなるくらいには近かった。
母さんに言いつけるからな・・・。
「・・・えと。 コルザさん。 不快でしたか?」
言われてちょっとむっとする。
「それはね。 父さんは僕の父さんだ。 それに母さんのものだ。 失礼じゃないかい?」
おっといけない。 これから戦闘があるというのにこんなところで喧嘩なんて。
「・・・失礼と言いますと?」
・・・この人。 無自覚だったのかい?
「父さんと距離が近すぎると思うんだけど?」
「え!?」
顔を赤らめて後ずさる『副隊長』。
「・・・それは、本当ですか? コルザさんが不快に思うほど?」
「うん。 子の前で人の親に何をしようとしてるんだい?」
「わ! 私は! 決してそのような!!」
「しっ!」
僕は『副隊長』の口を押さえる。
声が大きいよ!
「す、すみません・・・。 ですがコルザさん。 勘違いしないでください」
声を潜める『副隊長』。
「勘違い?」
「はい。 私は『隊長』とどうこうなりたいわけではありません」
僕は『副隊長』の目を見つめる。
見つめ続ける。
逸らされた。
「・・・本当はちょっと思ってます」
思っているのかい! っていうか、大丈夫なのかこの人は。 耐え切れずに自分から言っちゃったよ!
赤くなるんじゃない! 不快だ!
「で、ですが! それはとうに諦めたこと! 私は『隊長』の右腕として生きる事を決めています!」
「あぁ! もう! 声が大きいって!」
「そこに誰かいるのか!?」
監視していた大きな建物。 『東区』の『区役所』だった建物だけど、治安が悪すぎて機能しなくなった廃屋。 その前に立っていた『東区』の住人がこっちに向かっていた。
「見つかっちゃったじゃないか!」
「ですが! 『隊長』の大切な娘さんに不快な思いをさせたままではいけません!」
話を終えない『副隊長』。
何があるかわからないから、少しでも体力温存したいのに!
「良いから! わかったから! ここを離れよう!」
「コルザさん! 聞いてください!」
「あぁもう! 早くしてくれ!」
「では、手短に」
どんどん迫ってくる『東区』の住人。
腰の剣を握る。
「私は、『隊長』を尊敬しています。 あの方ほど、家族を大切に思う人は知りません」
視線を『副隊長』に戻す。
「私は、『隊長』の強さだけに惹かれたわけではありません。 私は、不器用ながらに努力を続け、どん底から這い上がり。 今は家族を守るために必死に頑張っている。 そんな『隊長』に惹かれたんです」
今度はしっかりと目が合う。
逸らすことも無い。
「つまりです。 私は、『家族』の為に頑張っている『隊長』が好きなんです。 そこに私が入り込む余地はない。 そもそも、私を好きになる『隊長』は『隊長』じゃないんです。 『隊長』が家族を悲しませるようなこと、絶対にしませんから」
・・・うん。 なんだろう。 ちょっと。 うん。
「気持ち悪いな」
「うぐっ」
胸元を押さえつけて膝をつく『副隊長』。
「・・・気持ちは悪いけれど言いたいことは分かった。 でも、頼られて喜んでたじゃないか」
『副隊長』を引きながら見下ろす。
「・・・それは。 はい。 だって。 あの『隊長』が頼ってくれたんです。 喜びます。 コルザさんだって、『隊長』に頼られたら嬉しいですよね?」
「それはそうだけど」
立ち上がる『副隊長』。
「だったらそういう事です。 好きな人に頼られて嬉しくない人はいませんから」
彼女は腰に下がる直剣を抜く。
『騎士団』にしては珍しい、機能性重視の軽装備。
「すみません。 長くなりました。 ・・・というか私は、『隊長』の実の娘に何を話しているんでしょう」
「本当だよ。 でも、わかった。 心底気持ち悪いけれど、『副隊長』は父さんに手は出さないんだね」
彼女の言い分からなんとなくわかった。
正直気持ち悪いけど。 それでも父さんの良さはわかっている。
父さんの『右腕』として戦うのが彼女の夢なのだろう。
だったら、これ以上は何も言うまい。
・・・気持ち悪いけど。
「そう何度も気持ち悪いと言われれば流石に来るものがありますが・・・。 はい。 『隊長』とどうこうなってしまうと、『隊長』は私が好きな『隊長』ではなくなってしまいますから」
「はぁ。 わかったよ。 でも、あれ。 どうするんだい?」
僕は指をさす。
倒壊した建物の先。
『東区の住人』は、いつの間にか、数を20あたりまで増やしていた。
僕たちの姿に気づいた先ほどの男が仲間を呼びに戻ったのだ。
ため息をつく。
あれを殺さずに突入するのは、相当な体力が必要そうだな。
「はい。 責任は取ります。 『隊長』にも頼られていますから。 コルザさんの体力は私が温存させますよ!」
元『区役所』からまだまだ出てくる『東区の住人』。
槍や剣を構えてはいるが。 どう見ても素人。
しかし、数は50近くまで膨れ上がろうとしていた。
「私があそこで暴れますから、コルザさんは『レポルシオン』の元へ!」
「そうかい。 それは助かる」
「では! 健闘を祈ります!」
勢いよく建物の陰から飛び出た『副隊長』。
大勢の前で剣を掲げる。
「『ディナスティ―ア騎士団』『雑務隊』『副隊長』! これが私の肩書だ! 決して安くはないぞ! この首欲しければ奪ってみよ!」
大きな声。
それは、その場にいた全員の視線を集めた。
「『雑務隊』!」
「『副隊長』だって!?」
「あいつ殺せばいいんじゃね!?」
「しゃあ! 殺せ!」
ワァアアアアアアッ!
と声を上げながら波のように迫ってきた。
「ここは大丈夫です! 『副隊長』としての実力、見せてあげますよ! だから早く行ってください!」
「いや、本当に大丈夫かい!?」
正直心配だぞ!?
「大丈夫です! 『隊長』の『右腕』になるためにそれなりに頑張ってるんですよ!」
叫びながら足を上げる。
「『轟雷魔術』 『轟雷流し』!」
ダンッと強く地面を踏むと同時、ズドンッと腹に響く轟音が鳴り響いた。
同時、電気が彼女の前に扇状に流れていく。
それは、『住人』たちの前線を痺れさせた。
「『轟雷魔術』『付与』『全身』」
そのうちに雷をその身にまとう。
「『騎士剣術』『サラブレッド』」
瞬間消える。
ワァアアアアアアッ!!
上がる悲鳴。
吹き飛ぶ数名。
それは、『住人』の中心で起こっていた。
ほとんど『転移』じゃないか。
「ははっ。 ちゃんと強いじゃないか」
『轟雷魔術』『騎士剣術』。
彼女の武器なのだろう。
『騎士剣術』は、使う人によって動きが変わる。 父さんが教えている『剣術』の一つだ。
僕は『騎士』ではないから教えてもらっていないけれど。 なるほど。 あれは強い。
『副隊長』の戦い方はおそらく速度重視。 『基本魔術』の『雷』を付与すると、反応速度や頭から体への伝達速度などが上がると聞いたことがある。 『轟雷魔術』はおそらく、『基本魔術』『雷』の上位互換。
『転移』なみの速度を出す事が出来る彼女に、『騎士剣術』はぴったりの『剣術』だ。
「うん。 あれなら安心だ」
ひとり呟いた僕は、『転移』で元『区役所』に向かった。