『糞溜め』
『東区』『北側』。
コルザと別れた俺とサティスは、ティンの案内で『東区』の『北側』に来ていた。
『東区』の中は、すっかり戦場と化していて、『騎士』と『住人』が『東区』の至る所で戦闘を繰り広げていた。 と、言っても技量と装備の差から、『騎士』が圧倒して捕えている場面ばかりだったが。
戦乱に紛れつつ『北側』にたどり着き、『レべリオン』が捕らわれていたと言う場所に来ていた。
そこは、『刑務所』の裏にある、廃材だらけの林の奥。
大きな穴が開いていた。 その穴をふさぐように鉄格子が置かれている。 と、言っても出入り口であろう場所は開いていたが。
「おかしい!」
ティンが開いた出入り口から牢屋の中に飛び込んだ。
俺とサティスも続く。
「いない! くそっ! どこに行った!?」
下に降りると、結構な高さで驚いた。
見上げると月あかりが穴の中を照らしてた。
ティンはひどく慌てていた。
『レべリオン』が居ないのだ。
慌てるだろう。
だが、このパターンは安易に予想はできた。
同じところに捉えておく必要もないのだ。
まぁ、助けに戻ってくる可能性はあるから、何かしら罠はあるかもしれないと思ってはいたが・・・。
俺は努めて冷静に周囲を見渡す。
何もない穴。
特に罠とかはなさそうだが。
「おい、あれはなんだ?」
俺は気付いた物に近づく。
壁に刻まれた文字だった。
「・・・なんて書いてあるのかしら?」
俺の右から覗き込んで首をかしげるサティス。
「『ここに扉がある』?」
左から文字が読めるらしいティンが覗き込んで読む。
しっかり覚えているようで感心だ。
「扉か・・・」
俺は周囲を見渡す。
壁しかない。
万が一あっても、罠である可能性が高いだろう。 だが。
「よし、『空間把握』『物質』」
俺は瞳に『魔素』を集めて集中する。
色が青で統一された世界に物の線だけが白く浮かびあがる。
この1年で把握できるようになった『魔素』以外の物だ。
ボカも『空間把握』は得意ではないらしく、『物質』はうまく把握できないのだという。
まだまだ、かなりの集中力は必要だが、『視界』に映る物質の形がはっきりと認識できる。
しかも、この『魔術』。
一か所に集中すれば、向こう側まで『把握』できるのだ。 ラーファガ程ではないが『透視』に近いものが出来ると言うこと。
それはつまり、便利どころの話ではない。 索敵、罠の事前察知など様々な支援が出来る。
文字が書かれた土壁の前に立ち、前に視線を凝らす。
視界の中、土壁の中に扉の線が浮かび、奥まで続いているのが見えた。
今の力で見通せる範囲は大体50メートル前後だ。
扉の先は直線のトンネルになっていて、50メートル先まで続いていた。
俺は視界を元に戻す。
「・・・ふぅ」
少し乱れた息を整えてゆっくりと壁を押す。
しかし。
「うおっ!重い!」
「手伝うわ!」
サティスが隣に来て一緒に押す。
『長耳族』でそれなりに鍛えているが、子どもの力。 開けるのに一苦労だ。
ゆっくりと開き始める。
2人で一生懸命力を込める。
「おい、どけろ。 俺が押す」
ティンが俺たちの間に割り込んで、ひとりで扉を押し始めた。
んな無茶な。
ズズッズズズー。
と、音がしていとも簡単に壁が開けられた。
ちからもちー・・・。
男としてちょっと自信無くす。
「力だけが取り柄だからな」
むんっと力こぶを作るティン。
良く鍛えられた筋肉が羨ましい。
8歳とは思えない体だった。
そんなに鍛えて、背が伸びなくても知らないんだからな!
と、訳の分からない嫉妬を心の中でしつつ、礼を言って中に入った。
後ろではサティスが『すごわね!』と言いながらティンの力こぶをつついていた。
しばらく歩くと遠くで明かりが見えた。
3人で走って進む。 松明が揺れる扉が現れた。
「任せろ」
ティンが扉を開ける。
その先に居たのは。
広い部屋の奥で、ソファに腰かけて座る。 あのベンタロンに似た青年だった。
「なんで?」
サティスが狼狽える。
「あぁ? んだよ。 お前らも一緒かよ・・・」
ソファに腰かけて項垂れる青年。
両隣には美女。
後ろから抱き着く美女。
足元には3人の少女。
合計6人の女を侍らせながら、眼鏡を直し、俺達をそのゴミでも見るかのような目で見る青年。
「何しに来たよ? まさか、『義賊』に協力か? 王様直属の『雑務隊長様』の部下が? あぁあぁ、これはこれは! また罪を犯したなぁ『深紅の女』!?」
人を馬鹿にしたように笑う。
サティスへの罵倒もある。
沸き上がる怒りを抑え、努めて冷静に。 一歩前に出て問う。
「おい、ティンの仲間は何処だ?」
こいつはベンタロンに似てはいるが、全く別人だ。
落ち着け、俺。
「あぁ? あっちの部屋で寝てるよ。 そこの奴の妹も一緒だ。 あいつは俺が開発してやる約束だからな・・・。 あぁ、楽しみだ」
ほくそ笑む青年。 厭らしい笑みにティンがキレるのが分かった。
俺も腸が煮えくり返りそうそうだった。
ベンタロンに似た顔で、幼い少女をどうこうしようとしているのか?
サティスも剣に手を掛けるのが分かった。
「ティン! 部屋に急げ! こいつは俺とサティスがやる!」
俺の大きな声にティンが驚いた顔をしたのが分かった。
「お、おう!任せた!」
戸惑いながら、俺の声で冷静さを取り戻したのだろう。 素直に俺の指示に従ってくれた。
ありがとう、こいつはどうしても俺達が倒したい。
サティスを見ると頷いていた。
同じ気持ちなのだろう。
ティンが部屋に向かう。
「させると思うか?」
青年が右手を部屋の扉の方に向ける。
「『結界魔術』『簡易けっ・・・!?」
「『転移』! させるかよ! 『転移切断』!」
俺は青年の真上に『転移』し、腰の直剣を抜いて右手を切り飛ばそうと剣を振るった。
しかし、青年は腕を振って躱し、惜しくも空振る。
「てめぇ!」
青年の怒声を聞きながら俺は、再度の『転移』でサティスの隣に移動する。
その間に、周囲の女たちは悲鳴を上げながら、ティンが入っていった部屋とは逆方向の扉に逃げて行った。
「ちっ! ガキどもが・・・」
頭をガシガシかいて苛立ちを露わにする青年。
青年が立ち上がり両手を広げた。
「たっくよぉ! あぁ! 『罪深き深紅の少女』と『糞溜め村の青き少年』! 俺の邪魔をしたんだ! 生きて帰れると思うなよ!?」
「あの村は『糞溜め』なんかじゃない!」
俺は激怒する。
あの優しい村を。
あの優しい人々を。
あの優しい思い出を。
あいつは、侮辱したのだ。
腹が立つ。
「いや、糞だね! 行き場のないかわいそうな糞どもの溜まり場だったんだから! あいつも可愛そうなやつだった!」
俺は身構える。
あいつ?
「お前たちも知っているだろう!? 『エスタシオナール』の名を! 彼は俺の息子だった! たった1人の愛してはならない人を愛してしまった愚かな息子は、その女と共に勘当してやった・・・」
わざとらしく肩を落とす。
右手で顔を覆う。
「その相手は、腹違いの妹『プリマベラール』! 2人は家を出て、来るものを拒まないと言う村に向かった! そして、生まれた俺の孫『ベンタロン』共々、死にやがった!!」
彼の肩が震える。
あれは泣いているのではない。
笑っているのだ。
「アイツは妹しか女を知らず、孫は1人も女を知らずに死んだんだってな!? あぁあ!」
何がおかしいんだ。
引き笑いが不快だ。
「・・・」
突然笑いが止まった。
「あぁ、可愛そうに」
心底憐れむ様子の青年。
「ふざけないで!!!」
俺が口を開こうとしたその時、割って入ったのはサティスだった。
「彼らはかわいそうなんかじゃない!!」
抜かれる曲剣『グラナーテ』
3回振って敵に付きつける。
「幸せそうだった彼らを笑わないで!」
俺も隣で剣を敵に付きつける。
「俺たちの仲間を笑った事、後悔させてやる!」
「あはははは! ただの罪人たちが仲良く友情ごっこかよ! 笑わせるな!」
敵が両手を突きだす。
「行くわよ、フェリス。 リフィ。 あいつを倒す!」
「あぁ、必ず倒す!!」
隣の曲剣の宝石も答えるように『柚子色』に輝いた。
「倒す!? この俺を!? たかが『長耳族』のガキどもが!?」
お前も『長耳族』だろと言おうとしたその時。
敵に白い翼が生えた。
正しくは服の中にしまっていたであろう翼が、服を突き破って現れた。
同時、頭の上に空色の光輪が現れた。
「我が名は『ウラカーン』。 罪人に罰を」
「『天族』・・・?」
俺とサティスは生唾を飲んだ。