ティン 3
「それで、脱出してここまで来たのかい? 他のふたりは?」
道場の中でコルザが顎に手を当てて疑問を投げかけてくる。
「途中で捕まった。 アーラの体力温存のために、『転位』する距離を短くしたのが失敗だったんだ。 あの屈強な男に勘づかれて追い付かれた。 抵抗したんだが、かなり強かった。 俺もボコボコにされたけど、アーラが残った体力を使って逃がしてくれたんだ」
「・・・なるほどね」
そこで話が終わった。
静かになり、コルザが俺を見ていた。
緊張が走る。
「それで、僕たちにどうして欲しい?」
俺を射貫く目。
鋭く美しい。
わかっている。
彼女は俺を試している。
ちゃんと『助けてくれ』が言えるかどうかを試している。
だから俺は言う。
言わなければならない。
また捕まってしまったであろう大切なダチふたり。
あの不潔な男に娶られそうな大切な妹。
騙されている『東区』の住人。
全部を助けたい。
だから、俺は頼む。
「助けてほしい。 俺の大切な物を一緒に救って欲しいんだ!」
必死に訴えた。
訴えはコルザに届く。
コルザはちょっと、意地悪な笑顔をしていた。
「いいよ。 助けてあげる。 『友人』の頼みだ。 断るわけがない」
コルザが立ち上がる。
「母さん。 というわけだ、僕は彼らを助けに行きたいと思う。 いいかい?」
彼女に似て美人な女性が切れ長の目を細める。
「私の許可など必要ないでしょう。 彼らはあなたたちの友人です。 で、あればあなたの好きなようにしなさい」
「うん、ありがとう」
遠くで『剣舞術』の練習をしていたサティスが駆け寄ってきた。
「話は終わったかしら!? どうするの!?」
「あぁ、とりあえず彼らを助けたいと思うよ」
コルザの言葉に目を輝かせるサティス。
「そう! わかったわ! 話が長いのよ! もっと簡単に言って欲しかったわ! フェリスならもっと分かりやすく言ってくれるもの!」
サティスはそのまま俺を指さす。
「『ミエンブロ』が貴方を助けてあげるわ! 感謝しなさい!」
俺はその心強さに、嬉しさに目の前が揺れた。
あの時、俺たちを完膚なきまで負かせた相手。
一度も真っ向から挑んで勝てない相手。
密かに憧れている相手。
それが、味方になる。
これ以上に頼もしい物は無い。
もっと早く、助けを求めれば良かった。
もっと早く、学べば良かった。
俺は、罪を償った後はしっかり学び、彼女たちのように人を助ける事が出来るようになりたいと思った。
と、その時だった。
「サティス! そいつから離れろ!!」
聞き覚えのある少年の声が聞こえた。
同時、サティスと俺の間に声の主が現れた。
声の主はフェリス。
彼は問答無用で俺の頬を殴った。
そのまま俺は殴り飛ばされ、転がりながら壁にぶち当たる。
「うぐっ」
痛む頬。 痛む背中。
呆然としながら、四つん這いになり体を起こす。
・・・何が起こった?
意味も分からず元居た場所を見る。
しかし、追いかけるようにして目の前に現れたフェリスが視界に現れ、今度は腹を蹴りあげてきた。
「あがっ!?」
着地と同時にうずくまる。
なぜ?
『ミエンブロ』は俺を助けてくれるのではなかったのか?
遠のきそうになる意識を必死につかむ。
くらくらする。
何とか見上げる。
見たことの無い表情で俺を見下ろすフェリス。
彼の瞳は怖かった。
怒り。
死を覚悟した。
「おい!どうしたんだい!?」
俺とフェリスの間にコルザが割り込んだ。
「フェリス! だめよ! そんなことしちゃ!」
フェリスの後ろからサティスが抱き着いて止める。
「離せ! こいつは危険だ!!」
怒声。
「あわわわわ!」
遠くでラーファガが慌てている。
「待て! 話を聞いてくれ!」
コルザが慌てていた。
「ふぇりす? どうしちゃったの?」
フェリスのあまりな様子に、後ずさりながら離れていく、ちょっと涙目のサティス。
パニックだった。
「そこまでです」
突然。 フェリスがひっくり返った。
「あでっ!?」
フェリスの隣に立つのはコルザの母だった。
足を掛けて転ばせたらしい。
「何するんだ!」
体を起こして怒鳴り付けるフェリス。
「何をしているはこちらのセリフです! ・・・落ち着いて何があったか言いなさい」
最初だけ強く言い、残りはゆっくりと、落ち着かせるように語り掛けていた。
それで落ち着きを取り戻したのかフェリスが俺を睨みながら答えた。
「『革命軍』『レべリオン』が『革命』を始めた。 人を殺したんだ」
・・・やられた。
そう言う事か。
とうとう『革命』を始めたのだ、あのデブ。
それも、俺たちのパーティ名を使って。
それなら殴られて蹴られたのも納得できる。
きっと彼の中で、俺はたちは裏切り者になっているのだろう。
しかも、彼が故郷であった事は知っている。
コルザの話と、文献で知った。
フェリスは一度家族を亡くしている。 それも、裏切りが原因で。
あぁ、くそ。
家族に忍び寄る危険因子。
裏切って、人を殺した。
彼の視点で、俺は彼の嫌なことを全て網羅してしまっている。
彼が俺に殺気を向けるのも理解できてしまう。
あぁ。 くそ。 これが、俺のやってきた事のツケか?
俺は震える体を無理やり起こして頭を下げる。
恥も何もない。
こいつに話を聞いてもらうなら何でもする。
「た・・・のむ。 まず・・・は。 話を。 聞いてくれ」
俺の様子にただ事ではないと判断してくれたらしい。
動きと口を止めて、静かに俺の話を聞いてくれた。
〇
「本当にすみませんでした!」
お互い、ここまでの事を話し追えた後、目の前でフェリスが頭を下げた。 俺より深く、地に額が付きそうだ。
「や、やめてくれ! どうして頭を下げるんだ!」
「あ、いや、ごめん。 つい。 いや、そうじゃない。 本当にすまなかった。 ケガ、大丈夫か? もう痛い所はないか?」
正直まだ全然痛いが、『治療魔術』を受けている時間は無い。
「・・・サティス、コルザ、コラソン、ラーファガ、皆も本当にごめん」
申し訳なさそうに謝り、暗い表情を浮かべるフェリス。
「フェリス・・・怖かったわ」
「あわわ・・・」
「あぁ、僕も初めて君が怒っているところを見たよ・・・。 でもそうか、僕たちの為に怒ってくれたんだね」
コルザの後ろでこわごわと顔を出すサティスとラーファガ。 ちょっとニヤいているコルザ。
「以後、気をつけなさい、話は以上ですね。 さっさと助けてきなさい」
コラソンと呼ばれたコルザの母が3人に言う。
「分かったよ。 ラーファガはどうする?」
コルザが後ろのラーファガに問う。
「フェリス様の話では、『北区』で殺人があったんですよね?」
「あぁ。 しかも、俺が見つけたのが初めてじゃないらしいんだ。 ひと月前。 それこそ、『レベリオン』と会った最後の日の翌日辺りから始まっていたらしい。 『東区』の住人3人を捉えた後、ボカと合流して聞いたから間違いじゃないと思う」
「そうなのですね。 では、私は『北区』の方に行きたいと思います! これ以上、犠牲者を出さないためにも」
「・・・ひとりじゃ危険だ」
コルザが口を挟むが、コラソンが手を上げた。
「私も行きましょう。 フェリス。 確認ですがあの人はどこにいますか?」
「ボカなら『東区』で、『革命軍』を押さえ込んでいる」
「そうですか。 では、『北区』内部まで手がまわっていませんね。 最初から『北区』に潜伏していたら終わりです。 なおさらラーファガとともに『北区』へ行きましょう」
「待ってくれ。 父さんがなんだって?」
「『東区』の住人達が『革命』だって、暴動を始めたんだ。 『革命軍』『レベリオン』を名乗ってな。 だから、『北区』と『南区』までその暴動が広がらないために押さえ込んでいる」
「・・・くそ!」
あのデブ!!
本当に始めやがった!
「わかった。 ありがとう」
コルザはフェリスの答えを聞いてなにやら考え始めてしまった。
「さて、私たちはもう行きます。 4人も頑張りなさい」
コラソンが立ち上がって言う。 ラーファガは彼女のとなりに駆け寄って頷いた。
「『北区』は任せてください!」
そう言い残してふたりは走り去っていった。
ラーファガの走って行く後ろ姿が妹と重なって見えた。
早く助けないとな。
「・・・とりあえずはいいか」
ボソッと呟いたコルザが俺の顔を見た。
「さて、聞いた感じだと君の妹、ハール、アーラの場所は解ってないんだろう? とりあえず、君たちが捕まって居た場所に言ってみよう。 何かあるかもしれないしね。 場所を教えてくれ」
コルザが聞いてきたので頷く。
「あぁ、行こう、付いてきてくれ」
俺は立ち上がり、歩きだそうと踵を返した。
そんな俺の右隣にコルザが立った。
左隣にフェリス。 彼を挟んでサティスが立っていた。
「お詫びに全力で助けるよ」
「私も全力でやるわ」
フェリスとサティスの言葉が心強くて、とても頼もしかった。
待っててくれ皆!
いま、助けに行くぞ!