ティン 2
目を覚ました。
天井の代わりに、丸く切り取られた夜空を遮る鉄格子。
痛む頭を振りながら体を起こす。 周囲を見回すと壁に囲まれていた。 どうやらここは地面に掘られた穴の中らしい。
もう一度空を見上げる。 鉄格子の先は夜空。 夜も深まっていた。 ふと、屈強な男の影がひとつ見えた。 俺たちの監視をしているのだろう。
俺は視線を巡らせる。 月明かりで照らされている穴の中で、ダチ2人も横になっていた。
それぞれボロボロだった。
思わず駆け寄る。
「おい! 2人とも! 起きろ! 大丈夫か!?」
肩を揺らすとふたりとも呻きながら起き上がった。
「痛い」
言いながら頭を押さえるのはハール。 いつも高くセットしている髪が崩れ、今は肩甲骨辺りまで落ちる長髪となっている。
「見えない・・・」
と言いながら眼鏡を探す青紫の髪はアーラ。
2人とも無事みたいだ。
「良かった」
俺は少し安心する。
2人が無事ならまだ戦える。
背中の剣の柄を握ろうとして空を切る。
背中に剣がない。 周囲を見渡してみるがやはり無い。
・・・取られたか。
「ティン! すまん!」
ハールが先ほどのことを思い出したのだろう。 ハッとした顔をした後、謝ってきた。
それに続いて、目が見えず険しい顔つきになっていたアーラも頭を下げた。
「ごめん。 あの子を守れなかった!」
そして、ふたりともぽろぽろと泣き出してしまった。
「俺達。 何もできなかった」
「弱くてごめん」
俺は拳を握ってふたりのそばに寄り、頭を叩いた。
「「痛い!」」
「うるせぇ! お前たちを弱いなんて思った事ねぇよ!」
ふたりが頭を押さえながら見上げてくる。
「空色眼鏡の男が強すぎただけだ! 俺も何もできなかった! お互い様だ! くそ!! 泣いても悔やんでも時間の無駄だ! これからどうするか考えろ!」
俺も泣きそうになるが堪える。
ここで泣いている時間は無い。
俺達は3人、無い頭を絞って考える事にした。
3日が過ぎた頃。 いつも格子の上に立っている男が、夕飯に持って来た質の悪いパンをかじりながらアーラが呟いた。
「なぁ、やっぱり『ミエンブロ』に頼らないか?」
「俺もそれを考えていた」
それは、俺も考えていた。
『ミエンブロ』なら助けてくれるかもと。
どれだけ迷惑をかければいいんだと自己嫌悪に陥りそうだが、どうしようもない。
他に手が無いのだ。
正直、あの空色眼鏡の野郎に勝てる未来が見えない。
俺たちではどうあがいても妹を助け出すことは出来ないのだ。
可能性があるとしたら『ミエンブロ』だけ。
と言うか、他の人には頼れない。
元義賊である俺たちに手を貸してくれるのは『東区』の住人くらいだ。 戦闘に関して頼れるものはいない。
・・・まぁ。 色々考えたところで、そもそも『ミエンブロ』が助けてくれる自信はないが。
忙しいやつらだ。 あんなに強くて、街の為になることをたくさんしているんだ。 俺たちなんか助けてくれないかもしれない。
・・・いや。 やめろ。 駄目だったら、駄目だったときに考えろ。
「よし、『ミエンブロ』を頼ろう。 問題はここからどうやって出るかだ」
俺は鉄格子向こうの月を見上げる。
格子の先には屈強な男。
「うん。 体力が回復したら、『転位』で3人一気に外に出よう」
アーラが提案した。
「体力回復にどれくらいかかる?」
「俺は体力をほとんど回復できてる。 でも、ハールの指を見てほしい」
俺はアーラに言われてハールの指を見た。
赤黒く変色していた。
「・・・ケガか?」
「すまん。 剣を握れない」
ハールの守りなしにここを突破するのは難しい。
アーラの『転位』でそれなりに遠くまで逃げれるだろうが、相手はあの空色眼鏡だと思った方がいい。
逃げきる体力を残しておく必要がある。 距離は限られてくるだろう。 最悪、俺たちのうちの誰かがたどり着ければいいんだ。 慎重に行きたい。 アーラも同じ気持ちなのだろう。 俺と視線があって頷いた。
やはり、このケガが良くなるのも待った方が良い。
長くてもひと月で治ってくれるといいが・・・。
それに、もうひとつ問題がある。
「・・・あいつは大丈夫か?」
俺の妹だ。
妹の顔を思い浮かべる。
結婚がどうとか言ってたし、最悪、犯されたりするイメージがわき、吐き気を催す。
もし、手を出したらぶっ殺してやる。
「それは多分大丈夫。 デブの身なりは良かった。 多分貴族だと思う。 貴族は大体『神樹教』を信じているから、婚前交渉はしないはずだよ・・・。 絶対とは言えないけど」
「・・・そうか」
『神樹教』、確か『神樹』の教えを守ると救われるっていうやつだったな。
その中に、婚前交渉をするなって教えでもあるのだろう。
『神樹教』を信じるやつらは、教えを守ることを絶対としているらしいからな。 大丈夫な可能性は高い。 ・・・高いと信じたい。
やはり、今は静かに待つことしかできなさそうだ。
「さっきからなにか企んでいるようだが」
鉄格子の向こうから声が聞こえた。
あの屈強な男のものだろう。
「なんだ?」
俺は、睨みながら答える。
男はこちらに背を向けたまま話し始めた。
「お前らのような子供が何人集まったところで、どうしようもないだろ」
「うるせぇ」
「ははっ! 威勢だけはいいな。 だが、現実は非情だ。 『革命』が成功した暁には、貴様らは他国に売り飛ばす。 生きの良い子供は高値で売れるからな」
「・・・人って売れるの?」
ハールが小さな声で首をかしげた。
「あぁ。 ほとんどの場所では禁止されているが、『奴隷』として売られたり、『天族』の実験のために使われる『実験動物』として売られたりね」
アーラがハールに説明する。
「ははっ! 子供は黙って大人の言うことを聞いてれば良いんだよ! なにが『義賊』だ。 くだらない。 こんな子供に頼りきりだったやつらの底が知れるわ!」
俺は拳を握る。
「だまれ! 『東区』のやつらは被害者だ! みんなきつい状況の中で頑張ってんだ! 笑うんじゃねぇ!」
「いーや! 笑うしかないだろ! 情けないやつらだ!」
「てめぇ!!」
俺は思わず大声を出す。
「ははっ! どれだけ怒ろうがなにやろうが無駄だよ。 無駄! 万が一、ここから出ることができて、おまえの妹を助け出せたとしよう。 その後はどうするつもりだ?」
「孤児院に入れてもらう。 職を見つけてみんなで楽しく暮らすんだよ」
「はははっ! これは傑作だ!」
大笑いしながら膝を叩いている男の姿に怒りが収まらない。
俺の返答を聞いたアーラとハールが驚いた顔をしていた。 あぁ。 まだ言ってなかったんだった。
「いいか? 孤児院は『貴族』の良心で成り立っている施設だ。 『貴族』の恨みを買っているお前らが入れると本気で思っているのか!?」
「・・・え?」
聞いたことがなかった。
『孤児院』は、『神樹教』の教えのもと平等に救ってくれるのでは無かったのか?
「だけど、『神樹教』の教えのもと・・」
体から力が抜けていく。
信じていたものが・・・。
「あぁ。 もちろん。 『神樹教』の教えのもと救うだろうさ。 普通の子供はな」
普通。
俺たちは普通ではない。
『元』義賊だ。
崩れ落ちた。
駄目だったのだ。
『東区』を出たところで。 俺たちは自由になれない。
「くそ!」
地面を殴る。
「冷静になって考えてみろよ? 将来、妹は王妃。 次期国王の母だ。 お前らは他国に売られはするが、良い人に買われれば一生安泰だ。 ここから逃げる必要は本当にあるのか?」
なにも言い返せない。
このまま『東区』で苦しい生活をするより、はるかに良く聞こえた。
「う~ん。 でも、わんちゃんには会えないよね?」
ハールが呟いた。
隣でアーラも頷いた。
「うん。 『ミエンブロ』とはもう遊べない」
はっとした。
頭に浮かぶのは、色々なものを抱えながらも頑張っている『パーティ』『ミエンブロ』。
自由に。 やりたいことのために本気で。 まだ強くなりたいと努力を止めない『ミエンブロ』。
困っている人を放っておかない優しい『ミエンブロ』。
頭を上げる。
駄目だ。
アイツの言い分に、『自由』はない。
『自由』になれないなら、『ミエンブロ』のようなパーティにはなれない。
『憧れ』のままになってしまう。
『友達』にはなれない。
それは嫌だ。
「・・・てめぇら貴族が俺たちの邪魔するってんなら俺たちはこの『国』を出る。 自分でまいた種だ。 俺たちのことを知らない場所で、1からやり直してやる」
「甘いな!」
「あぁ甘い! だが、『自由』がある!」
「ははっ! 子供の分際で良く吠える! まぁ、せいぜいあがいてみろ! 『レベリオン』!」
男はそれだけ言ってどこかに消えていった。
代わりの、少し背の低い男がやってきて腰を下ろした。
「・・・すまん。 勝手に話を続けて」
「ううん。 驚いたけど。 うん。 良いかもね」
アーラが頷く。
「良く分かんないけど、誰かに邪魔されるのは嫌だ」
ハールがむすっとした顔をした。
ふたりの様子に苦笑する。
「ありがとう。 今は休もう。 万全の状態になったらここから出るぞ」
それから俺たちは静かにひと月待った。
勿論、体を鍛える事は忘れていない。
旅の師匠から教わったことだ。
筋肉は全てを解決する。
ひと月で少しでも強くなるんだ。
そして、やっとひと月が経つ。
俺たちは覚悟を決める。
待ってろ!
絶対助けてやるからな!