『ティンブレ・アルボル』
ここに、ティンブレ・アルボルと言う少年がいる。
彼の生まれはレイ歴263年10月。
『ディナステーア王国』『東区』で誕生した。
貧しい母の元に生まれた少年は物心がつくころには、とある『天族』の老人の元で物の運搬や掃除などの雑事でお金を貰い、家計を助けていた。
少年が生まれてすぐに、事故で死んだ父の代わりに懸命に稼いでいたのだ。
そんなある日、少年に命より大切な宝が生まれる。
妹であった。
母は自身の命と引き換えに妹を生んだ。 父は分からない。 『人族』であった為、『人族』の父ではあるのだろう。 しかし、母を犯し、孕ませたその男の行方は分からなかった。
それでも『妹』は、母の残した最後の形見。 孕ませた男に恨みはあれど、その少女に罪はない。 少年は何よりも大切にした。
大切な妹を守るため、旅人に『剣術』を習い。 妹のために『天族』の老人の元で働いて稼いだ。 ともに働いていた同い年の少年ふたりとも次第に仲良くなり、少年にとって大切なものが妹と友人2人の3つになった。
そして、少年。 ティンが6歳になった頃。
『天族』の老人は語った。
少年の母は国に殺されたのだと。
かつてあったと言う事故。 『異世界召喚爆発』。 それにより『東区』が壊滅状態になったが、国は一向に元の形には戻そうとしない。 結果として『東区』は無法地帯となってしまった。 ティンの母はその犠牲者だと語った。
なぜ、『東区』を復興しないのか。
『東区』の住民は誰もその事を疑問に思わなかった。
彼ら彼女らは生きるので必死だったのだ。
もちろん、ティンもそんな事は考えなかったし、そもそも、最初からこの形だった。 疑問に思うことなど無かったし、ともに働いていた友達もそれは同じだった。
だから、老人はそこに付け込んだ。
老人は少年たちに自身の恨み辛み、あること無いこと。 それらを少年たちに聞かせ続けた。
『王』は、『東区』での失敗を隠そうとしている。
『王』は、『東区』に住む住人を差別している。
そんな、勝手な憶測を語り続けた。
そして、老人は自身の計画を話す。
『革命』をこの国に起こすと。
老人の話を信じ切っていたティンは、大切なものの為、『革命』に協力する事を覚悟した。
ティンは友ふたりともうひとり、『人形少女』とともに『義賊』として、『革命』の為に動き始めた。 『義賊』としての彼らの活躍はめざましい物だった。
飢えにあえぐ者が居れば、食べ物を持ってくる。
寒さに凍える者が居れば、服を持ってくる。
住む場所がない物が居れば、共に家を作った。
やがて、『東区』の住人達は、『義賊』を『英雄』のように見始めていた。
この世界には、こんな言葉がある。
『救わぬ『神』より、救う『英雄』』
誰が言い始めたのかは定かではない。
しかし、この言葉は、『義賊』に大きく当てはまった。
『東区』の住人達は、『義賊』を『英雄』として見るようになった。
ティン達もまた、自分達を慕い、頼ってくる『東区』の住人達を大切に思うようになっていった。
しかし、ある日『天族』の老人が狂った。
『人形少女』が『罪深き血族』と関わりを持ち始めた頃だった。
老人は『人形少女』を『罪深き血族』と関わる不良品と嘆き始めたのだ。
そして、昨年の『建国記念日』。
あと少しだった。
あと少しで国内の構造を完全に把握し、老人の作った爆弾人形が揃い、『東区』の住人達とともにこの国に『革命』を起こせる所だったのだ。
少女が現れた。
栗色の一本結び。
青いインナーカラ―。
整った相貌。
赤みの橙色の瞳。
綺麗な女だった。
まだ、幼さが残るがいずれは美しく成長するであろうその姿に、少年は目を奪われそうになった。
仲間とともに現れた彼女は、『天族』の老人に用があると言うが、少年にはその老人を守る義務があった。
こちらの様子を伺いながら軽く力を抜いて戦う栗色の少女に腹が立った。
持てる力全てを使った。
でも、勝てなかった。
あまりの実力差に震えた。
負けてから思うのは、彼女が少年に言い放った一言。
『ちゃんと学んで考えろ!』
少年は困惑した。
自身のやっている事は間違っていたのかと。
そして、二度目の襲撃。
『天族』の老人が捕まった。
友の力で逃げる事には成功したものの、妹と友ふたり、4人で生きていくため、また、自分達を頼ってくる『東区』の住人達の為に少年は何ができるか考えた。
そこで思い出したのだ。
あの少女の、『ちゃんと学んで考えろ』と言う言葉を。
国の事について調べ始めた。
『義賊』の活動を止め、国の制度や機関を調べた。
ひとりでは難しかった為、あの少女にも頼み込んだ。
優しい少女達はティンを助けてくれた。
長い目で見れば、こうした方が自分達や『東区』の住人のためになると信じて学び続けた。
そして、少年は自分の無知を悔やんだ。
知れば知る程自分が愚かだったと気づかされた。
学び、知識を得、文字を覚え、算術を学んだ。
国の事も沢山知ることが出来た。
現在『ディナスティーア王国』は、来る『第三次魔族進行』の対応に追われている。
また、それだけでは無く、『異世界召喚爆発』により『勇者召喚』の意義を唱え、『貴族』の中で派閥が分かれていた。 さらにはそれが、東西南北の『従属国』を二分にし始めていたのだ。
『東区』の復興が一向に進まないのはそのため。
来る『第三次魔族進行』に備えて新しい『勇者』を召喚する『異世界召喚』の研究費。 加えて、『魔族』からの不意打ちに備える人手。 『戦争』になった際に使用される武具などの準備金。 それに追い討ちをかけるように『勇者召喚』に反対する派閥への対応。 この対応がうまくいかなかった場合、最悪『人族』の国同士で戦争になる。 その為の備蓄や人手も必要になっているのだ。
つまり、『東区』の復興にかける金と人手がないのだ。
『東区』の住人への差別や、隠したいことがある等と言う理由ではない。 むしろ、そんな余裕はこの国には無い。 単純に金と人手不足。
老人は間違っていたのだ。
そして、気づいた。
『東区』に居ては、いつまでも今のまま辛い生活しかないのだと。
友と妹が危険にさらされたままだと。
自分の生まれ故郷ではあるが、お世辞にも安全な場所とは言えないのだ。
治安が悪すぎて、対処しきれないからと壁を作ってしまう程なのだ。
ここにいては危ない。
少年は、『東区』を出る事を決意した。
『東区』の外には『孤児院』がある。
まだ、受け入れて貰える年齢だ。
『東区』の住人には悪いことをする。
だが、自分に守れるのは手が届く範囲だけ。
ティンはそれを理解している。
心苦しくはある。
だけど、働けるようになったら『東区』の現状を必ず何とかすると誓いを立てた。
そして、ティンは友達と妹にこの事を話すことにした。
『ミエンブロ』との最後の修練の日だった。
あの日の晩、大事な話がしたいと『レべリオン』で集まる約束をした。
していたのだ。