3歳 3
『決闘』があったため、忘れかけていたが今日は本来休日である。
家に帰ってから少しだけデッサンをしていたら日が暮れた。
ブリランテに呼ばれて夕食となった。
「さて、フェリス。お前が『クラコヴィアク』ができるようになったら教えたい技があったんだ」
夕食中にセドロが口を開いた。
隣でブリランテがいつもの朗らかな微笑みで頷いた。
「本当は、もっと後になると思っていたんだけどね?サティスは一日でできるようになってしまったし、フェリスも予定よりひと月も早くに習得できたから早めに教える事にしたわ」
頬を押えて微笑むブリランテ。
相変わらず聖母のような微笑みだ。
して?
教えたい技とは?
と、次の言葉を待っていると、セドロが唐突に考え込んでしまった。
「・・・待てよ?これも特別扱いになってしまうか?」
サティスが食べていた手を止めた。
静まり返る食卓。
「・・・何かあったの?」
ブリランテが問う。
「あぁ・・・いや。えと」
セドロが口ごもる。
言いづらいと言えば言いづらいか。
教え子に誰かを特別扱いしていてずるいって言われたんだからな。
こっちにその気はなくても、そう思われてしまうのはよくある事なんだが・・・。
まぁ、そんなことは気にしてはいけない。
どう頑張ったって不平不満が出てくるものだ。
別の所でフォローしていくしかない。
だが、これを俺が言ったところで説得力はないだろう。
俺はブリランテを頼ることにする。
「ジュビアが、サティスばっかりずるいって言ってたから?」
わざとらしくセドロに聞く。
「うっ」
「あら、そんなこと?」
「そ、そんなことって!わ、私にとっては皆大切な弟子だぞ!悲しい思いをさせてしまったんだ!」
セドロが立ち上がり、珍しくブリランテに怒声を浴びせる。
「・・・食事中よ?座りなさい?」
微笑みを崩さずにセドロにぴしゃりと言うブリランテ。
「・・・すまん」
素直に座る。
ブリランテ強し。
「少し、言葉が悪かったわね。それは謝るわ。ごめんなさい」
「あぁ・・・いや。私も大きな声を出してごめん・・・でも、特別扱いしていた気持ちは無いんだ。それなのにそう思わせてしまった」
「う~ん。私からしてみれば、もう少しサティスを特別扱いしてもいいんじゃないかと思うのだけれど」
「え?」
「だって、あなたの娘よ?」
至極当然の事である。
しかし、その考え方は出来なかったな。
「でも」
「でもも何もないわ。サティスはあなたの娘。沢山特別扱いしても良いのよ?まぁ、これ見よがしにするのはいけないと思うけれどね?」
サティスは会話についていけないのか食事を再開させた。
「それに、多分だけれど、ジュビアは才能に恵まれているサティスに嫉妬したんじゃないかしら?」
あぁ、な~るほどね?
俺はてっきり、言葉通りにサティスがセドロに皆より良くしてもらえてるように見えたのかと思ったが。
考えが足りなかった。
みんなより良くしてもらっているように見えたのは、サティスの成長が人より早いからか。
そこにはセドロの意思がなくとも、もしかしたら、家で特別に教えてもらっているんじゃないかとか、セドロの子どもだからだとか要らない考えを巡らせる可能性もあるわけだ。
「・・・そうなんだろうか」
セドロが肩を落とす。
「別にあなたが落ち込むことは無いわ。これはジュビアが乗り越えるべきところよ?」
「乗り越えるべきところか」
「という事は、ここからはあなたの仕事よね?」
「え?」
「弟子が困ってるのよ?あなたはどうするの?」
「あぁ・・・そうか。助けにならないと」
セドロの顔に笑顔が戻った。
すごいなブリランテは。
セドロに前を向かせた。
まじで聖母なのではないだろうか?
「ふふっ。それにジュビアはそんなに気にしてないみたいよ?」
ブリランテの言葉に首をかしげるセドロ。
「まぁ、後で『道場』まで行ってみればいいわ」
「なんだよぉ」
「ふふっ、彼のために秘密よ」
仲良さそうに笑い合う2人の姿が尊い。
さて、話も終わったところで。
「それで・・・教えてくれる技ってのは?」
俺の問いにセドロが手を叩いた。
「すまん!話が途中だった!」
ごほんと咳払いして姿勢を正す。
サティスは食事を終えたのか、満足そうにしている。
「それは、『協奏』だ!」
〇
我が家の隣。
今だ更地の元『グラナーテ』の家。
そこに俺はブリランテとサティスと共に来た。
ブリランテの腰には、珍しく剣が帯剣されていた。
刃渡り90センチほどの両刃の直剣。
日はすっかり落ち、月明かりが照らすその更地。
その中央にセドロが仁王立ちしていた。
「来たな?」
にやりと笑うセドロ。
「色々考えたが、やっぱり教える事にした!」
言いながら腰の剣を引き抜いて数回振り、剣を前に突き出した。
練習の時に持っている模造剣ではなく、彼女の愛剣。
特徴的な曲がりのある美しい銀の刃を持つ曲剣。
剣の柄の先には『深紅』の宝石。
「やっぱりお前たちは特別だしな!」
満月が照らすセドロ。
美しい立ち姿である。
「ブリランテ!やるぞ!」
「あらあら、やる気ね?『剣舞術』なんて久しぶり」
ブリランテが俺たちを置いて歩き始めた。
腰から直剣を抜く。
ヒュンッと風切り音を響かせながら数度振りつつセドロの元へ。
「ふふっ。振れるかしら?」
真剣右手に左手を頬に添える。
「冗談!一人で偶に振ってんだろ」
「あれは、『剣舞術』じゃない方よ」
「いいって、まずは見せるぞ」
「まったく、分かったわよ」
ブリランテがセドロの隣につく。
「ぶつけたらごめんね?」
そのまま背中を預けるようにくっつき、剣を前に構える。
「そんな失敗しないくせに」
言いながら背中をブリランテに預けるように立ち、切っ先を前に向ける。
切っ先の向く先は俺とサティス。
俺から見て左にセドロ。
右にブリランテ。
「なんだろ!?」
俺の右隣でワクワクと楽しそうなサティス。
「2人にはこれから見せる物を覚えて貰う!」
「セドロの夢だったのよ。私たちのこども達にこれを教えるのが」
「言うなよ!」
「でも、私達のこどもがこの『剣術』を学ぶなんて運命的よね・・・ロマンチストなセドロって。かわいい」
「んぐっ」
真っ赤になるセドロ。
常々思っていたが、ブリランテが攻めだな?
「フェリス!変なこと考えんなよ!?」
「なんでわかんだよ!ちくしょう!」
「勘だよ!大事な技なんだ!しっかり見ててくれ!」
勘って!
くそ!
恥ずかしいな!
俺は頭を振ってセドロに向き直る。
「分かったよ!ちゃんと見る!」
満足そうにうなずくセドロ。
「じゃあ、サティス!フェリス!よく見てろ!」
セドロが息を吐く。
それに合わせてブリランテも息を吐く。
同時に息を吸う。
「「『剣舞術』 『協奏』」」
息の合った呟き。
それが合図だったかのように周囲に光の玉が舞い始めた。
「『修型』」
息の合ったステップ。
「『ボレロ』」
そして始まる月明かりに照らされた美しい2人の舞い。
月明りをスポットライトに、光の玉が舞う中で舞い踊る二人の姿は凄く幻想的で美しかった。
有名な踊りの名を関する『剣舞術』の型。
二人の動きが余りにも洗練されていて、もはや芸術の域に達している舞。
セドロが凄いのは知っていた。
だが、ブリランテもすごい。
セドロの動きにぴったり合わせているのだ。
2人だけの世界。
共に生き、共に歩む、それを表現しているかのようだった。
光の玉たちが、二人を祝福するように舞い上がり、月明りが照らし続ける美しい舞をいつまでも見ていたかった。
隣のサティスも目を輝かせていた。
しかし、楽しい時間はすぐに終わる。
舞い終えて剣を腰にしまう二人。
舞っていた光の玉たちは消え去っていた。
あれだけ動いたのに息が全く切れていない二人。
「サティス」
「うん・・・」
「絶対できるようになろう」
「うん!!!」
興奮気味に誓い合う俺とサティス。
月に照らされる二人の美女は、強く誓い合う我が子たちを満足そうな微笑みを浮かべながら見つめていた。
〇
『協奏』。
『剣舞術』を扱う2人が息を合わせて、同じ型を舞う『剣術』である。
身体能力、体力、呼吸、気持ち、全てが重なったとき舞うことが出来る『剣術』。
これが出来た時、型の威力を何倍にもする事が出来るとセドロが教えてくれた。
それを知ったあの日から俺は、自分の肉体改造により一層勤しんだ。
なぜなら、一緒に舞うのは他でもないあのサティスだ。
才能で努力を凌駕してしまうサティスだ。
俺のすべてが足りない。
一緒に絶対できるようになろうと約束したのだ。
努力するしかない。
まず体力。次に筋力。そして反復練習。
この三つを意識した行動に出ている。
朝、早めに起き、ランニングと筋トレ。
午前中。
鍛錬の日は、セドロに教えてもらいながら反復練習や、体力筋力づくり。
俺は『アルコ・イーリス』の中で一番弱いはずだ。
まだまだ対人戦はするべきじゃない。
休息日には、デッサンや読書で体を休める。ただし、天気が良い日の午前中はサティスと共にいつもの丘の上で遊びながら体力づくりか『剣舞術』『協奏』の練習。
夕食後はセドロに教えてもらいながら『協奏』の特訓。
これを繰り返し続けた。
結果として、『協奏』には届かないが、2か月かからずに『守』派の技を一つ習得できた。
どうやら、『守』派の方に適性があるらしい。
出来る事が増えたことがとても嬉しかった。
努力とはこんなにも楽しいものだったんだな!
更に1ヵ月ほどが経った。
季節は夏。
強い日差しが降り注ぎ、暑い日が続くこの頃。
実はジュビアが道場にあの『決闘』の日から姿を現さなくなっていた。
フードのベンディスカも一緒に姿を現さなくなった。
心配でセドロに聞いてみたが、ジュビアは一人で練習したいらしく、今は信じて待てとのことだった。
俺はそれを信じて待っていたが一向に姿を現さなかったのでもう辞めたものだと思っていた。
しかし、それは大間違いだった。
その日も朝早く起きた。
ブリランテに今日も走りに行くことを伝えて、暗いうちから家を出た。
サティスはまだ寝ている。
いつもは村の中を5周して終えるのだが、最近物足りなく感じ始めていた。
「よし!」
思い切って駅の方まで行くことにしよう!
全速力だ!
丘の登りがきつい!
良い感じだ!
「とうちゃーく!」
丘の上にたどり着き、叫ぶ。
良い負荷だ!明日からこれをしよう!
村の方を見る。
朝日が昇ってきた。
う~ん。
良きかな良きかな。
気持ちがいいものだな!
一度伸びをする。
さて、駅の方へ・・・ん?
振り返ろうとして気づいた。
喫茶店の空き地。
そこに人影が見えた。
目を凝らす。
そこにはセドロとベンディスカ、それからあれは・・・ジュビアか?
なんてこった。
まん丸だった少年はどこへ?
筋肉質な短髪ナイスガイになってるじゃないか!
まさか・・・あの日からずっと?
こんな朝早くから特訓していたのか!?
外周ばかり走っていたから気づかなかった!
本気で剣を振るうジュビアとベンディスカの姿に驚く。
あの敗戦を糧に頑張っていたのだ。
もうやめたんだと勝手に決めつけてしまっていた。
失礼なことをした。
俺も負けてられないな!
「よ~し!やるぞ~!」
気合を入れなおしてランニングを再開させた。
〇
ランニングから帰ってくる頃には汗だくだった。
水浴びをしたいと伝えると用意してくれた。
丁度帰ってきたセドロが自分の体を拭くついでに俺のも拭いてくれた。
ちょっと照れるのは秘密だ。
まぁ、多分、セドロにはバレてるが。
さて、今日は休息日。
ブリランテが眠る日ではないにも関わらず休息日だった。
珍しい日もあるもんだなと思いつつ、自室の中でいつもの通りに外出の準備を進めていた。
天気がいいし、今日もサティスと一緒に遊びに行こうかと思っていたのだ。
しかし、部屋に入ってきた、白ワンピースと麦わら帽子と言う清楚そのものみたいな服装に身を包んだブリランテに止められた。
理由を問う。
「今日はみんなでお出かけよ?準備が出来たらすぐに出るから家にいて欲しいのよ」
「突然だね?」
「えぇ、もう夏なのにすっかり忘れてたわ」
忘れてた?
何をだろうか?
思いを巡らせているとサティスが部屋に飛び込んできた。
「ふぇいす!おでかけ!」
Tシャツ短パン、動きやすさ重視のサティス。
しかし、いつもの髪は上でお団子にしてまとめられて、キャップ帽を被せられていた。
せっかく綺麗な髪なんだから隠すような事しなくていいのに・・・。
まぁ、日差しはまだ強いしな。
安全のためなのだろう。
それより、帽子を嫌がらなくなるなんて、成長したなぁ。
「それで?どこ行くの?」
俺はブリランテに問う。
「えぇ、王国よ!」
王・・・国・・・?
俺は立ち上がる。
「王国だって!?」
突然の王国行きに舞い上がって、ブリランテの元へ肉薄。
「ひやぁ!ど、どうしたのかしら!?」
珍しい声を上げて驚くブリランテ。
俺が余りにも勢いよくブリランテに迫ったものだからスカートが舞い上がってしまい、あの悲劇の有名女優の様になってしまったのだ。
珍しい生足。
「フェリス、相手は母親だぞ」
「ち、ちがうから!!」
ブリランテの後ろから入って来たのはセドロ。
いつもは何も手を加えていない長髪が、今日は珍しく頭の上で一つ結びになっている。
ポニーテールですか、最高ですね。
半袖のTシャツを短パンにふんわりインして、ただでさえ長い脚が更に長く見える。
すらっと伸びるその美しい足にも目を奪われる。
「おい、鼻血出てんぞ」
「うえっ!?」
俺は慌てて鼻を抑える。
「あれ」
出ていない。
「嘘だよ」
はめやがった!!
「セドロ!!」
「かっかっか!マセがきめ!ちょっとは反省しろ!」
ぐぬぅ・・・。
いつの間にか右隣に来ていたサティスが頭を傾げていた。
サティスよ・・・。
そのままの無垢な君でいてくれ・・・。
しかし、それにしても『王国』か!
生まれてすぐに行ったきりだったから楽しみだ!
前からまた行きたいとは思っていたのだ。
テンション上がるぜ!