『顛末』 3
「すみません。 いつもの時間だったので修練をさせていただこうと思って来たらたまたま話が聞こえてしまって・・・」
申し訳なさそうに謝るラーファガ。
考えて見ればこの時間はサティスとコルザに修行をつけて貰っている時間だった。
「いや、大丈夫だ。 ・・・それより驚かせたよな?」
「あ・・・えっと・・・はい。 フェリス様ってあんな風になることがあるのですね」
「あれは、その・・・すまんサティス」
俺は冷静になってさらに恥ずかしくなる。
70歳の爺さんがあんなに感情を表に出すのは気持ち悪いだろう。 いや、見た目は少年だから幾分かましか? いやいや。 駄目だろ。
恥の上塗りだ。
サティスに迷惑をかけてしまった。
間違いなく黒歴史だな。
「え? なにが? むしろ謝るのは私の方よ・・・。 ちょっと弱気になってたもの。 ごめんなさい。 でも、フェリスが、死んだらおしまいだって言ってくれたから気持ちを切り替えられたわ」
「そ、そうか」
言いながら笑ってくれる。
本当に強いし優いなサティスは。
前世の俺もこのくらい強く居られたらもっと満足できる人生を送れてたのかもしれない。
「あ! そうだ! フェリス様! 今回の事の顛末をお聞きでしたか?」
俺とサティスのぎこちない雰囲気を察したのだろう、ラーファガが唐突に話を変えた。
正直、さっきの事は話したくないので助かる。
「いや、特に聞いてなかった。 教えてくれ」
ラーファガの話に全力で乗っかっていく事にした。
「では! 僭越ながら私がお話しします!」
そう言ってラーファガは、俺が意識を無くした後の事を話してくれた。
纏めると、俺とサティスが倒れた後、ティーテレスはボカが捕縛。 『建国記念日』を無事に終えて、『建国祝賀会』は成功。 と、言うことだった。
もう少し詳しく話すと、ティーテレスは『建国記念日』に上がる花火に乗じて自爆を計ったらしい。
しかし、ボカ、コラソン、ラーファガでそれを阻止。
ボカによってティーテレスは捉えられ、今は『東区』の『刑務所』よりも厳重な『王城』の『地下牢獄』に、治療を受けながら収容されている。 近く、裁判が開かれ、『処刑』されるだろうという話だった。
『ティーテレスの乱』と名付けられた今回の件は、『ミエンブロ』含む、警備にあたった者達の協力により、無事に収めることが出来た。
ラーファガはティーテレスを捕縛した後、コラソンと供に俺たちの元に来たらしい。 コラソンが速すぎて到着したのは大分後になってからだったらしい。 ボカの元へとんぼ返りを始めたコラソンとすれ違った際、サティスを頼まれたため、サティスを背負って先にこの家に帰宅することになったらしい。
コラソンに呼ばれたボカは、後処理を隊員等に丸投げし、俺の元に『転移』で来てくれたらしい。 ラーファガが帰り始めるよりも速くて驚いたと笑っていた。
ボカなりに俺の事を心配してくれたのだろうと思い、嬉しくて笑ってしまったが、そんなボカは、俺の姿を見るなり血相を変えて『王城』に『転移』して行ったと聞かされたときは笑えなかった。
本当に心配をかけてしまったのだ。
後で礼を言わなければ。
ボカは、『王城』の『治療魔術』の使い手に俺を託した後、丸投げしてしまった後処理をするために戻り、後から追いついたコルザとコラソンが治療終了まで待っていてくれたらしい。
ボカは、後処理を済ませてから俺を迎えに来て、コルザとコラソンと供に俺をつれて帰ってきたのだという。
そうして1週間眠り続けた俺は、さっきやっと目が覚めたと言うことだ。
『建国祝賀会』の事は、ボカ達『雑務隊』が事後処理をすべて終わらせていて、今ではいつもの『ディナステーア』に戻っているらしい。
と、長々話し終えたラーファガが一呼吸置いて、真剣な顔でサティスの目を見た。
「なにかしら?」
長話にソワソワし始めていたサティスが突然目を合わされた為、小首をかしげた。
「・・・サティス様。 ひとつ、言っておきたいことがありました」
言いながらラーファガは、目を黄緑色に輝かせた。
彼女は人の『魔素』をオーラとしてみる事が出来る。
そんな彼女がサティスの『曲剣』に視線を移して指さす。
「サクリフィシオの『魔素』がそこにあります」
「「え?」」
俺とサティスは同時に声を出した。
俺は『空間把握』『魔素』を発動する。
世界を青色に染めて、サティスの剣を見る。
「・・・嘘だろ?」
俺は、目を擦る。 しかし、見えるのだ。
『曲剣』の柄につく、『赤い宝石』に『柚子色』の『魔素』がかすかに宿っているのが。
『柚子色』は、サクリフィシオの『魔素』と同じ色だ。
「どうなってるんだ!?」
驚いたのはそれだけではない。
見えるのだ。
『深紅』と『青』の『魔素』が。
かすかにだが、しっかり見えるのだ。
「え!? 何々!?」
サティスが慌てて曲剣を抜く。
「サティス! その『宝石』にサクリフィシオの『魔素』が宿ってる!」
「えぇ!?」
「しかも多分。 それだけじゃない」
俺は、確信をもって話す。
サティスが漆黒の炎に包まれたあのとき。
サティスを止めた青い『魔素』があった。
サティスの漆黒の炎に混ざり、『深紅』へと変えた『魔素』があった。
あの2色の『魔素』は間違いない
「母さん達の『魔素』も見える」
サティスが目をまん丸にして驚く。
「あぁ。 あの時、お母様を感じたのは夢じゃなかったのね。 あの時、助けてくれたのはお母様だったんだわ・・・」
目を潤ませる。
俺の目頭も熱くなる。
「じゃあ、あの頭の中に響いた『魔術』の名前は・・・」
サティスが何かを独り言ちようとした時、『道場』に誰かが入ってきた。
「あぁ、ちょうど良かった」
それは、ボカだった。
相変わらずの無精髭。 ワイルドなイケオジである。
「ボカ!」
疲れた様子だが、久しぶりに見るボカだった。
俺が倒れた後の事を聞いていたからか、会えて嬉しかった。
「おいおい元気そうだな?」
「心配かけた。 本当にありがとう」
「いや、気にするな。 ・・・今回は間に合って良かったよ」
眉をハの字にして、どこか、安堵したような顔だった。
これは、何かで恩を返さないとならないな。
「さて、サティス。 その剣について話さなければならない事がある」
ボカが、サティスの剣を見ながら腕を組む。
「詳しくはコラソンから聞くことになるが、俺からかいつまんで言うからしっかり聞いてくれ」
サティスが頷いて涙をぬぐう。
俺もサティスの隣でボカの話しに耳を澄ませる。
「まず、その『曲剣』の2つ名と名前だ」
剣を指差すボカは、言葉を続ける。
「その2つ名と名前は、『魔剣』『グラナーテ』」
サティスは自身の剣を見つめる。
「私と同じ名前だわ」
その言葉にボカは頷いて、話を続ける。
「剣匠『アルテサーノ』が打った業物だ。 『グラナーテ』の一族の為に打たれた数本の内のひとつがそれ。 一族の始祖『グラナーテ』を生み出した、『天魔族』の1人『ロホ』。 その身体を生贄に『錬金魔術』を使用して作られた鉱石で作られた剣だ。 その剣は『業火魔術』の熱に耐える剣」
続けながら宝石を指さす。
「そして埋め込まれている宝石は『ロホ』の心臓の一部を使用して作られている。 その『宝石』は『ロホ』の力、『融合魔術』の力を持ち、人の『魔素』と『融合』して『融合』した『限定魔術』を使用できるんだ」
サティスは剣を振る。
「すごいわね・・・」
「まぁ、使用できると言っても全ての『魔術』が使用できるわけではないとか、使用する際は、『融合魔術』と『限定魔術』の両方を使用する必要があるから倍で体力が持っていかれるとか、そもそも、『融合』した『限定魔術』を使用するための条件があるとか、色々な制限があるんだが、まぁ、そこは追々コラソンに聞け」
サティスは、ボカの話をほとんど聞かず、『剣舞術』を舞い始めた。
「やっぱり綺麗ですね」
ラーファガが感激する。
その様子を見ながらボカがため息ひとつ。 だが、止めることなく続ける。
「1回止まれ。 次が何よりも伝えなきゃならないことなんだ」
ボカに言われて、サティスは動きを止めた。
俺から放れた位置で、月明かりに照らされたサティスが剣を持ったままボカを見た。
「そこに、サクリフィシオの『魔素』があるだろ?」
サティスは自信の剣を持ち上げて、静かに柄の『宝石』を見る。
俺の目にはしっかり『柚子色』の『魔素』が見えていた。
「サクリフィシオは、変えようのない最後の瞬間に、サティスに力を託したんだ」
サティスの目が潤み始めた。
「・・・リフィ」
「あの後、俺なりに色々調べてみた。 しかし、サクリフィシオを救う手立てはどこにもなかった。 この結果が最善だったんだ。 サクリフィシオはサティスの力になる事を選んだ」
「リフィ・・・」
留まりきれない涙が溢れ出す。
「と、言うことは母さん達も?」
「あぁ。 そうなる」
ボカも見えているのだろう。
青と深紅の『魔素』が。
「お母様ぁ・・・」
ポロポロと涙を流す。
暫くそうして、涙をぬぐう。
「セドロお母様。 ブリランテお母様。 分かったわ。 私。 絶対に諦めない」
顔を上げる。
剣を前に構える。
「そしてリフィ。 一緒に世界を見ましょう」
言って笑う。
優しい微笑みで笑う。
サクリフィシオはサティスの隣で生き続けている。
それは、母さん達もだ。
1年間の努力は決して無駄ではなかった。
そう思う事で今回の件は終わりにしたいと思う。
その方が救われる気がするから。