『顛末』 1
目を覚ますと自室のベッドの上だった。
側には椅子に腰かけるコルザが腕を組んで寝息を立てていた。
ずっと見ていてくれたのだろうか。
「・・・ん」
と、コルザが目を覚ました。
「あぁ、目覚めたかい? 随分と長いこと眠っていたね」
寝起きでトロンとした目を擦りながらコルザが俺に声を掛けてきた。
「どれくらい寝ていた?」
「ん~・・・1週間くらいかな?」
1週間。
思った以上に寝ていたようだ。
「いっつ」
身体を起こそうとして胸にピリピリとした痛みが走った。
俺は横になったまま、服の襟を前に引っ張り、胸を見る。
くっきりと傷跡が残っていた。
「すまん。 ずっとついていてくれてたのか?」
「ははっ。 まさか。 僕だって忙しいからね。 今この時間帯が僕の担当だっただけさ。 ちなみに、朝は母さんで昼はサティス。 深夜は父さんだよ」
「そうだったのか。 迷惑かけた。 すまん」
「謝るんじゃないよ。 別に迷惑だなんて思ってない。 それより自分の体を労わってくれ」
言われて傷跡を押さえる。
先ほどからチリチリと熱を持つように痛み続けているのだ。
「そんなにまずい状況だったのか?」
コルザが大きなため息をついた。
「はぁ。 まずいなんて状況じゃないよ! 一度死んだも同然の傷だったんだぞ!?」
ため息の後に、コルザは珍しく怒りを露にしながら大きな声を上げた。
膝上で拳が強く握られ、震えている。
目には少しだけ涙が溜まっていた。
「フェリスが倒れた後、母さんがこっちに来たんだ。 ティーテレスを捕縛した事を僕たちに伝えにね。 でも、君があんまりにもな傷だったから、父さんを引っ張ってきて、『王城』に居るこの街一番の『治療魔術』の使い手の元まで連れて行ってくれたんだ」
コルザはそこで、一度息を吸う。
そして下唇を噛みしめる。
「そこで僕たちがなんて言われたか知っているかい? 見たことのない傷で治せるかわからないだよ? 覚悟してくださいまで言われたんだ!」
生唾を飲んだ。
そこまで大きな傷だったのか・・・。
「治療が終わった後に聞いた話だけど、君についていた傷は『魔素』を焼き切る傷だったんだって。 捕まったティーテレスにも同じ傷がついていて、『治療魔術』の効きが悪い上に、『天族』の修復能力を持ってしてもいまだに全快していない」
俺は、傷口を触る。
「君は『長耳族』だ。 『人族』より頑丈とはいえ、十分死ぬ可能性があったんだよ」
言い切ったコルザは、目をこする。
「心配。 かけたな」
「・・・本当だよ。 君までいなくなってほしくない」
「本当にごめん」
「・・・僕よりもサティスに謝るべきだ。 君の浅はかな行動で、サティスが君を殺しかけたんだぞ?」
俺はサティスの事を思い出した。
あの様子がおかしかったサティス。
倒れ込んだサティス。
『親友』を亡くしたサティス。
「サティスは無事なのか!?」
俺は体を無理矢理起こす。
胸の傷が痛むが構わずに問う。
「次の日には目を覚まして、体も問題なかったけれど」
「けど?」
「・・・今サティスは相当落ち込んでいる。 君を傷つけたのが自分だと知った時の表情は思い出したくないね。 ただでさえ、サクリフィシオを救えなかったんだ。 暗い表情で、ずっと何かを考え混んでいるんだ。 あんな状態のサティスは見たことがないし、見ていたくないよ」
そういうコルザの眉はハの字になっていた。
「だから、僕なりに色々話しかけたり、修行につき合わせたり、一緒に『魔獣』を狩りに行ったりしたんだ。 でも、駄目だった。 僕じゃ彼女を元気づけられない」
寂しそうに肩を落とすコルザ。
俺は立ち上がろうとする。
サティスの元に行かなければ。
胸が強く傷んだ。
「待ちなよ! 病み上がりだよ? 無理はしないでくれ!」
「・・・良いんだ。 俺は。 どうせ1回死んでるんだ。 ちょっと無理してでもサティスに会いたい」
胸の傷が熱く痛む。
これくらいの痛み。
死んだときの苦しさに比べれば何でもない。
これくらいの辛さ。
一番心が苦しかった前世のあの時に比べれば雑作もない。
立ち上がる。
「でも・・・」
「大丈夫だ!!」
「うっ・・・」
「あ。 すまん」
思ったよりも大きな声が出た。
たじろぐコルザに罪悪感を覚える。
「でも、ここで行かないと1年間の意味が本当になくなってしまう気がするんだ」
俺を心配してくれているコルザにそれでも伝える。
何のための一年間だったんだ。
サティスと夢を叶える為の力をつける為だったろ。
サティスの心を守れる力を手に入れる為だっただろ。
努力が足りない。
まだまだ足りない。
夢を叶えるのがこんなにも大変だったとは・・・。
「・・・君は無理をしすぎているよ」
歩きだした俺の背中にコルザの声がかかる。
「すまん」
俺は振り返らずにサティスの元に急いだ。