『業火』 1
「サティス!」
俺は必死にサティスへ手を伸ばす。
サティスは、サクリフィシオの頭部を抱えて小さくなったまま動かない。
目の前に立っているティーテレスは、『宝石』を左手に持ち変えて、『人形』の腕となっている右手を振り上げ手刀にしている。
振り下ろしてサティスの首を跳ねようとしているのだろう。
俺は、焦って必死にサティスを呼び続ける。
『転移』で近寄ろうにも、『魔族人形』が行く手を阻み、満足に行動できない。
「サティス! 立つんだ!」
コルザも、『魔族人形』を破壊し続けているが、数が多くその対応から離れられないでいた。
俺とコルザが必死に名前を呼ぶ奥でティーテレスが何かをサティスに言ったのが見えた。
「サティ・・・ス?」
俺は目を見開いた。
右手を振り下ろそうとしているティーテレスを見上げたサティス。
そこに表情が無かったのだ。
初めて見るサティスの虚無の表情。
それが一瞬見えたのだ。
瞬間。 爆発。
上がる漆黒の炎。
爆風で飛ばされる周囲の人形。
ティーテレスも例外ではない、数メートル吹き飛ばされ、尻餅をついた。
ティーテレスが吹き飛ばされたためか、俺たちを邪魔していた『人形』の動きも止まった。
しかし、それは俺とコルザもだった。
「サティス・・・?」
燃え上がる漆黒の炎。
サティスはあの炎の中か?
「まさか・・・。 き・・・貴様・・・まさか!!」
ティーテレスの怯えるような声音。
震えながらに燃えるサティスを指差す。
その場の視線が全てサティスに集まる。
「『業火魔術』『憤怒の業火』」
おそらくサティスのものと思われる声。
ハッキリとそうだと言えないのは、その声があまりにも掠れていたからだ。
その声が聞こえてすぐに、漆黒の炎は人を形作った。
それは、どう見ても、燃え上がるサティスだった。
比喩ではなく、サティスの全身が炎と化していた。
表情は全く見えない。
目があったと思われる箇所には光る空洞。
火の揺れ加減で泣いているようにも見える。
そんな状態の『サティス?』がゆっくりと振り向いて、自分の『曲剣』のもとに歩みを進める。
「うぅ・・・」
呻き声をあげながら、曲剣を握った。
同時、『赤い宝石』から、赤い光が発せられた。
「うあぁ!」
何かを振り払うように頭を振る『サティス?』。
そのままそれは、『曲剣』を上段に構えた。
剣の刀身が、漆黒の炎を上げる。
しかし、『宝石』だけはそれに対抗するように赤い光を放ち続けていた。
「『剣舞術』」
それが、口元から煙を吐きながら言葉を発した。
低く、重たい掠れた声音。
「『至型』」
耳を疑った。
至型・・・?
まさか、至ったと言うのか?
聞いたことはあった。
セドロですら至ることが出来なかった、『進化』。
まさか、それを?
「『フラメンコ』」
聞き覚えのある名前が聞こえた刹那、それの姿が消えた。
続けて起こる爆発と爆風。
やったのは、『ティーテレス』の前へ移動しただけ。
つまり、踏み込みによる衝撃。
「『ソレア』」
『剣術』の名が響いた。
『至型』は『フラメンコ』と言う『型』ではなく、『フラメンコ』と言う、大きな枠組みの中で放つ細かい『型』の事だと察する。
爆発が起こった。
漆黒の炎と供に『剣舞術』の『フォリア』とも『ブランル』ともとれる自由な舞い。
違うのはその攻撃性。
「ふっざけるなぁあああああ!!!」
目の前にあれが迫ったことで正気を取り戻したのだろう。
ティーテレスが叫びながら『宝石』を自身の胸に差し込み、『魔術』を発動させる。
「『人形魔術』 『合成』 『人形化』『左手』!!」
自身の胸元に『宝石』を合成させ、更に右手同様に左手を『人形』にしたティーテレス。
彼は両手を使い、『サティス?』のものすごい勢いと素早さをもった連撃を全て捌きはじめる。
手と剣が当たる度に火花が散る。
『サティス?』の使った『至型』と言うものは凄かった。
ただし、その舞は美しいとはお世辞にも言えない。
ただ、ただ、乱暴に。
独りよがりで。
怒りをぶつけるだけの舞。
「ぬぅおおおおおお!!」
ティーテレスは年をとっているとは言え『天族』。
全てを捌ききった。
「ぐぬぅおっ!?」
しかし、両手が焼け焦げて使い物にならなくなった。
両手を見て歯ぎしりをする。
「お、おのれおのれおのれぇえええ!!」
気を取り直したティーテレスが今度は数十体の『魔族人形』に指示を飛ばしてサティスを狙う。
その指示は、俺たちにも向けられていたらしく、再度『魔族人形』が迫り来る。
しかし、俺の心はそれどころではなかった。
なぁ、サティス・・・。 待ってくれよ。
「『ブレリア』」
『魔族人形』の相手をしながら見る先で、醜い笑顔が見えた。
『魔族』のような笑みにうすら寒さを覚える。
向かって来た人形を一振り。
ボレロ以上の返し。
それで全てを両断した。
同時、『サティス?』が血を吹き出した。
俺は、歯を食い縛る。
待ってくれよサティス!
お前がセドロに見せたかった『剣舞術』の進化ってそんな醜い物だったのか!?
「『タンギージョ』」
「やっやめろ! 来るな!!」
一振りで『魔族人形』数十体を両断した『サティス?』は足を止めずにティーテレスに向かう。
ティーテレスは、必死に『魔族人形』をかき集めて壁にしていくが、『サティス?』はタンゴ以上のスピードで敵を切り伏せていく。
止めないと・・・。
「くそ! フェリス! 行け!」
俺の前にコルザが現れた。
『クラコヴィアク』でここまで突っ切って来たのだろう。
俺に一声かけてすぐに『ポルカ』を使用し、俺の周囲を開けた。
それを確認してすぐに体が動いていた。
『転移』でサティスの前に移動。
今までに感じたことのない熱が。
圧が。
俺を襲う。
しかし、不思議と恐怖は無かった。
それよりも止めないとならない気持ちが強かった。
「サティス!!」
俺は両手を広げる。
止まれ! 止まってくれ!
すぐ後ろでティーテレスが諦めたのか、しりもちを着いていた。
だってこんなの違うだろ!?
「『ティエントス』」
うねる体。
タンゴ以上の破壊力を持つだろう一撃が俺に迫り来る。
「こ、この罪深き血族がぁああああああ!!!」
後ろでティーテレスが叫ぶ。
漆黒の炎を纏う刃が迫る。
「サティス!!!」
名を叫ぶ。
胸を灼熱が抉る。
生まれて初めて感じる熱が身を焦がす。
「がぁあああああああ!!!!!」
耐えきれず、絶叫。
膝を着く。
『サティス?』が2振り目を構える。
遠くでコルザが俺を呼ぶ声が聞こえた。
こっちに来るな。
サティスが殺すのは俺だけで良い。
2つ目の罪。
サティスにそれを背負わせてしまう事が心残りだ。
俺が弱くて・・・。
ごめんな・・・。
死を覚悟した。
目を瞑る。
しかし、『サティス?』の手が止まっていた。
目を開ける。
見上げる。
剣を振ろうとして震える『サティス?』がいた。
その手を押さえているのは、『空間留置』。
俺もコルザも使っていない。
ただ、『曲剣』の柄から青い光と『魔素』が出ているのは確認できた。
まて、あの暖かな『魔素』は・・・。
その『魔素』に続くように、赤い『魔素』の熱を感じた。
柄の『宝石』が赤く輝きだす。
そこから放たれている熱には覚えがあった。
サティスの剣の柄から輝いていた『赤い光』は、『赤い炎』と化す。
あの炎の熱には、覚えがある。
あの、熱いくらいの『熱』は・・・。
母さんの『魔素』とセドロの『熱』だ。
赤い炎が『サティス?』を包んでいく。
漆黒の炎の上から優しく包んでいく、赤い炎。
それは混ざって、やがて色が変わっていく。
『深紅』へと。
俺は、圧倒されるように、その美しい様を見つめ続けていた。