『サクリフィシオ』
私の目の前で、大切な親友が涙を流していた。
私の為に泣いてくれている。
それが、嬉しかった。
もはや、生き物と言って良いのかわからない。
そんな私の為に、泣いてくれる人がいる。
その事が嬉しかった。
体に力が入らない。
自由に動くのは顔だけ。
首から下は『人形』だったのだ。 体は朽ち果て始めているのだろう。
私の胸から引き抜かれたであろう『宝石』。 あれが私の体にあったティーテレスの『魔素』を根こそぎ持っていったのだから。
私に残された『魔素』は、頭に残っていた。 ほんの僅かに残っていた私自身の『魔素』だけ。
この『魔素』も、私が死ねば『神樹』に帰る。
それも、時間の問題だ。
必死に目蓋に力を入れる。 なんとか目を開ける。 『深紅』の髪の『親友』の姿を捉える事が出来た。
ぼやけた視界。 でも、不思議と肩のあたりまで伸びる綺麗な『深紅』の髪ははっきりと見えていた。
父だった男が汚らわしいと嘆いていた髪。
私にはその髪が、記憶にある物の中で1番綺麗で美しいものに見えた。
そして、あの男には訂正してもらいたいことがある。
それは、彼女の髪色は『赤』ではなく、『深紅』であること。
こんなに綺麗な色を他の色と同じにしないでほしい。
「リフィ! しっかりしてよリフィ!」
泣きじゃくる『親友』。
彼女は、私の夢を覚えてくれていた。
『世界を見て回りたい』。
それが、私の夢だった。
『親友』に話した秘密の夢。
私には叶えられない夢。
だけど彼女は肯定してくれた。
一緒に見に行こうとまで言ってくれた。
それがたまらなく嬉しかった。
街を一望できる、百貨店の屋上。
そこで語り合った互いの秘密の夢。
恥ずかしかったけれど、とっても嬉しかった。
笑顔で話す時間が、とっても楽しかった。
あぁ・・・。
まだ、一緒に居たかったな。
あぁ・・・。
もっと、沢山話したかったな。
ねぇ、サティ?
私、本当は夢がまだあったんだよ?
それは、大切な人と沢山喧嘩して、沢山仲直りして。
沢山笑いあって、泣きあって。
良いことを一緒に喜んで。
悲しいことを分け合って。
全力で生きて、最後は笑って『神樹』に帰るって夢。
世界を見るのも、全力で生きるのも。
私には到底かなわない夢。
あの、百貨店の上での話をもう1度思い返す。
彼女は、大切な人たちの『努力』を背負っているんだと言っていた。
大切な人たちの『努力』を全部背負って、代わりに『夢』を叶えるんだと言っていた。
サティは、私の『努力』を背負ってくれるのかな?
サティは、私の『夢』を代わりに叶えてくれるかな?
「わ・・・私はっ・・・。 またぁ」
嗚咽交じりに、私の頭を抱えて泣きじゃくる親友。
笑ってよ。
これで最後なんだから。
笑顔を見せてよ。
「サ・・・ティ・・・」
声を絞り出す。
「何!?」
耳を近づけてくる。
「私の・・・夢も・・・。 託して・・・いい?」
耳を私から離して、悲しそうな顔をするサティ。
「な、なに言ってるのよ! 一緒に見るのよ! 私と一緒に『世界』を見るの!!」
こう言ってはいるけれど、きっと背負ってくれる。
そう思うと、不思議と心が安らいだ。
「・・・おねがい・・・ね?」
「リフィ!!」
頭が働かなくなってくる。
もう、限界、らしい。
きっと・・・。
これで最後。
だから・・・。
「サ・・・ティ。 ・・・笑って?」
「リフィ・・・」
私の声を聞いて必死に目を擦ったサティ。
赤い目を見せたサティ。
そして。
最後に見たサティの表情は美しかった。
やっぱり。
サティには。
笑顔が似合う。
視界が閉じ行く。
これで終わり。
サティの。
『親友』の。
望んだ笑顔を最後に。
せめて最後はと自分も笑って。
私は『神樹』に帰る。
・・・はずだった。
閉じ行く視界の間際。
私の目は捉えた。
奥に刺さるサティのいつも振っていた『曲剣』を。
正しくは、私を呼ぶように月明かりに照らされて赤く輝く柄の『宝石』を捉えた。
サティの本名を思い出す。
『サティス・グラナーテ』。
で、あればあの『曲剣』は・・・。
運命だと思った。
どうして今まで気づかなかったんだ。
私はまだ、サティと一緒に居られる。
自然と口が動いた。
「・・・『譲渡』」