3歳 2
剣を貰った翌日。
俺とサティスは『アルコ・イーリス』に仲間入りした。
仲間入りしたといっても見知ったメンツ。
喫茶店『トールトロス』裏の空き地、みんなが鍛錬に励む場所。
そこで俺とサティスがセドロによって紹介されていた。
俺とサティスを一列に並んで見てくるメンバー達。
ちょっと緊張だ。
朱色のツンツンヘアー。
快活な笑顔。
家族を守るために強くなりたい男の子『デスペハード』9歳。
こげ茶色の肩下までのセミロング。
ちょっとムッとした態度の強気な少女。
ライバルに負けたくない女の子『カリマ』9歳。
空色のサラサラヘアー。
眼鏡が特徴的な美男子。
憧れを追い越したい男の子『ベンタロン』10歳。
桃色の大きいお団子。
魅力的な満面の笑み。
大好きな男の子を支えていたい女の子『ブリッサ』10歳。
黄緑色の目元まで隠れるマッシュルームヘアー。
息の合ったマイペースな二人。
家族を守る力がほしい双子の少年『ビエント』と『アイレ』8歳。
濃紺色のボサボサ髪。
体系は丸っこく、常に不機嫌。
勇者の仲間の名を持つ、誰にも負けたくない少年『ジュビア』12歳。
紺色のフード。
表情がうかがい知れないが、あのフードの中には角がある。
恩人への恩返しのための力をつけたい『魔人族』の子『ベンディスカ』12歳。
俺とサティスは2年近く遅れての仲間入りだ。
みんながめちゃくちゃ強そうに見える。
「今日からフェリスとサティスが仲間入りする!みんな!面倒見てやってくれ!」
全員の息の合った返事が聞こえた。
〇
紹介が終わり、みんなそれぞれで鍛錬に入った。
俺たちはさっそくセドロから誕生日に貰った剣に似た模造剣を貰い、これからの事を説明された。
「いいか?私が二人に教える剣術は『剣舞術』と言うやつだ。見ててくれ」
言いながら俺たちから離れて、腰を低く構える。
持っていた模造剣を後ろに持っていき、空いた左手を前に突き出す形。
セドロが見るのは打ち込み用の木。
傷がいくつも出来ているのは皆の努力の結果だろう。
セドロがニヤッと笑うと、足でタンタンタンとステップを踏みながら前進。
「『剣舞術』」
この世界に生まれてすぐに聞いた、わからないのに分かる不思議な言葉を呟くセドロ。
彼女はそのまま突発的にステップのリズム速度をタタタンッと上げ、切っ先を木に向けた。
「『クラコヴィアク』!」
叫ぶと同時、バゴンッと大きな音を上げて地面を抉り、セドロが木に突っ込んでいった。
バゴォンッ!!
大きな音を立てて模造剣が木に突き刺さった。
刺突一閃。
一瞬だったがとてつもない威力だった。
剣を引き抜いて数回振り、こちらを振り返るセドロ。
腰まで落ちる深紅のセミロングが弧を描いた。
「こんな感じだ」
得意げな笑顔が眩しい。
模造剣を握る手に力が入る。
・・・すごい。
「すごい!」
隣でサティスが飛び跳ねた。
「他にも・・・」
言いながら指折り数える。
サティスが模造剣を構えてセドロの真似をしてステップを踏み始めた。
「22個だから・・・うん。全部で23個の技がある!まずは覚えやすいこの技を覚えて貰おうと思う!」
ドヤッとした顔。
サティスがタンタンタンとリズムを踏んでタタタンッとリズムを早める。
「『攻』『守』それぞれで技があるとか、23個のうち2つはそれぞれの技を修めてからじゃないとできないとか、全てを修めた先で23個目の『剣術』が習得できるとか、私でも結局習得できてない『至型』があるとか、言いたいことは沢山あるが、まぁ、まずは『クラコヴィアク』から習得してみてくれ!」
ほほぉ・・・。
23の技に加えて更に先があると・・。
面白くなってきた!
すべてマスターしてやろうじゃないか!
サティスが笑いながら、楽しそうにリズムを踏み続ける。
「ま、簡単なことじゃないからな!焦らずゆっくりだ!一つの技をマスターするのに3か月は修練が必要だからな!一緒に頑張ろう!」
3か月・・・。
全部修めるのに単純計算で69か月・・・。
つまり6年近くかかってしまうという事。
修め終える頃には9歳か。
いや、修め終えてもまだ9歳か。
早く始めさせてくれることに感謝だな!
「セドロ先生!習得するまでには何をする必要がありますか?」
俺は手を挙げて質問する。
サティスは俺の隣で笑いながら踊り続けている。
「先生・・・いい響きだなそれも・・・」
ニヤッと笑って照れくさそうに頭をかくセドロ。
「よし、良い質問だフェリス!『剣術』も『魔術』も大切なのは『体力』だ!」
「『体力』っていうとスタミナですか?」
「suta・・・?よくわからないが、体を動かし続けるために必要な力だな。走ったり筋肉を鍛えたりすることでつくやつだ」
ほほぉ?
前世での体力トレーニングが使えそうだ。
「そして、『剣術』習得のためには反復練習しかない!」
反復練習・・・。
「何回もやっていくうちに頭に突然『剣術』の名前が浮かぶ。それが習得したという合図。頭に浮かぶ言葉そのままに口に出すと体が一気に軽くなり、想像通りの『剣術』が使用できるんだ!」
「頭に突然ですか?」
「あぁ、こればかりは実際に経験してみないと分からないと思う。私を信じて頑張ってくれ!」
「『剣舞術』『クラコヴィアク』!!」
ガンッ!!!
強風。
質問していた俺と、得意げに応えていたセドロを強風が襲った。
・・・は?
道場にいた全員の視線が集まる。
視線が集まる先。
それは先ほどセドロが刺突した木。
そこにいたのは。
「あはっ!」
『深紅』の二つ結び。
突き刺さった模造剣を掴む小さな少女。
引き抜いて振り返る。
長い二つ結びが弧を描く。
獰猛。
彼女の笑顔を現すのにこれ以上に的確な物は無い。
肩で息をしているが、それでも楽しそうに、嬉しそうに、気持ちよさそうに。
しかし、獰猛。
そんな笑顔を浮かべるこの世界での幼馴染がそこにいた。
〇
あっという間に2か月。
あの事件と言われたサティスの『剣術』習得。
素直にすごいと笑うデスペハードがいれば、ジュビアのように不機嫌を極めるものもいた。
あれからサティスはさらに2つの型を修めていた。
セドロが夜に頭を抱えていたのを覚えている。
「・・・いくら何でも出来過ぎだ」
才能なのよとブリランテがセドロを励ましていたのが尊かった。
さて、『剣舞術』。
この『剣術』には『攻』派と『守』派と言う二つの流派がある。
極めれば両方使えるが、極めていないうちはどちらかを極めるべきとのことだった。
さすがのサティスも『守』派は苦手だったらしく、一日でマスターできた『クラコヴィアク』や、2週間で習得していたもう一つの技に対して、『守』派の簡単な『剣術』はひと月と2週間がかかっていた。
それでも十分早いがな。
さて、俺は未だに『クラコヴィアク』すらできていない。
体力が必要だというため、毎朝のランニングを行い、体の負担にならないように軽めの筋トレをしたりして過ごしている。
鍛錬の時間には常に反復練習。
ブリランテが半日眠る関係で鍛錬が休みになる日にはサティスと一緒に丘の上まで散歩し、舞い続けるサティスを横目にデッサンをしたり、たまに反復練習したりして過ごしているが・・・。
ま、まぁ。
習得まで3か月って言ってたしな!
これからこれから!
今日も鍛錬の日だ!
何事にも努力すると決めたのだ!
俺やんよ、やってやんよ!
と、次の技に入り始めたサティスに負けないように、空き地で練習を始めた。
「・・・ん?」
変化は突然だった。
何回か練習していた時だった。
体が異常に軽くなった。
頭に声が響く。
『剣舞術』
あぁ・・・これが。
頭に浮かんだ言葉をそのまま口に出す。
勝手に声が出る不思議な感覚。
「『剣舞術』」
タンタンタンのリズムから突発的にリズムをタタタンッと上げる。
『クラコヴィアク』
男の声とも女の声ともとれる。
合成音声のように無感情だが、しかし、動物のように感情があるようにも思える。
不思議な声。
その声に身を任せる。
「『クラコヴィアク』!」
腹から声を出して踏み込み。
ダンッと大きな音を響かせる。
切っ先を木に向けて刺突。
ものすごい速度に一瞬恐怖する。
ガンッ!!
大きな音を立てて停止。
驚くほどに返ってくる衝撃は少なく、綺麗に模造剣の切っ先が木に突き刺さった。
「はぁ・・・はぁ・・・」
妙に疲れた。
息が切れる。
だが、出来た。
二か月の努力が実を結んだ。
「・・・やった」
思わずつぶやく。
息を整えてガッツポーズ。
・・・これが『剣術』!
「よっしゃあ!」
「フェリス!!」
セドロの声が聞こえた。
振り返ると同時に抱きしめられた。
「すごいぞ!たった二か月で習得するなんて!」
汗の混じったセドロの匂い。
強く抱きしめられる。
頭まで撫でられる。
「ちょっ!苦しい!」
俺は暴れる。
「おっと、すまない」
セドロが離れて立ち上がる。
「よくやったフェリス!あとは何回か使って慣れるんだな!慣れたら見せてくれ!次の技を教える!」
満面の笑みである。
と、そんなセドロの元にサティスが、てててと走ってきた。
「わたしも!」
言いながらステップを踏む。
「『剣舞術』『クラコヴィアク』!!」
ガゴンッと大きな音をたてて木に突進していった。
模造剣は深くまで突き刺さっていた。
切っ先がやっと刺さった俺よりも威力がすごいのだ。
剣を引き抜いて戻ってきた。
「すごい!?」
褒めてほしそうにセドロに近づく。
「おう!サティスはさすがだな!」
頭を撫でるセドロ。
しかし、サティスは不服そうである。
「じゃ!二人とも!頑張ってくれ!」
それに気づいていないセドロが他のメンバーの方に振り返る。
・・・うーむ。
サティスは泣きそうである。
・・・そうか。
もしかしたらサティスはセドロに抱っこしてほしかったのかもしれない。
俺ばっかり抱きしめてもらったものだから。
ここで俺が何してもきっと泣いてしまう。
「セドロ!」
俺はセドロを呼び止める。
「なんだ?」
「サティスを抱っこしてやってくれ!」
「え?なんで?」
「いいから!」
「お?おう?」
セドロが不思議そうな顔をしながらセドロを抱っこした。
「これでいいのか?」
サティスはぎゅっとセドロに抱き着いた。
「ふひひっ」
嬉しそうである。
「もういいか?」
「うん!」
サティスは満足したのか笑顔に戻ってセドロから降りてまた練習に戻っていった。
「何だったんだ?」
「サティスが抱っこしてほしそうだったから」
「そうだったのか?」
「うん」
「・・・でもなんで突然?」
「なんでって、大好きだから?」
俺がサティスの様子を思い出しながら言う。
とても嬉しそうに笑っていた。
そういえば最近、セドロがサティスをちゃんと抱っこしているのを見てなかったな。
「そうか・・・ありがとうフェリス」
そう言って他の子のところに向かったセドロだった。
〇
さらに1か月。
今日は道場が休みの日である。
サティスを誘ってしばらく歩き、いつもの丘の上の木まで来た。
丘の上に立つ一本の巨木に背を預けながら腰を下ろす。
持って来た『樹皮紙』と万年筆、青いインクを取り出す。
インクが無くなってきた・・・。
そろそろブリランテに頼まないとな。
そんなことを考えながら村のデッサンを始めた。
俺の住む村、『プランター村』だ。
喫茶店『トールトロス』。
双子の父『ベンダバール』が経営する何でもそろう(そろわない)雑貨屋『メリソス』。
桃色の髪『ブリッサ』の母『カルマ』と祖母『トルベジーノ』が管理する羊達。
こげ茶色の髪『カリマ』の父『セリオン』が管理する麦畑『セリオン畑』。
朱色の髪の『デスペハード』の母『ブエン』が2年ほど前に始めた『鍛冶屋』。
この村の村長『プランター』が住んでいる村の中心にある大きな病院を兼ねている建物。
空色の髪の『ベンタロン』の父『エスタシオナール』が統括する村の自警団の『拠点』となっている建物。
蒸気機関車の止まる駅。
他の数戸の家々。
俺はこの村の雰囲気が嫌いではなかった。
ちょっと馬糞の匂いに似た羊の糞の匂いはあるが空気は美味しいし、お花畑は綺麗だし、気候も日本に似ていて春夏秋冬がある。雪は結構降るが、今は幸いにも5月。少し寒いが気持ちいいくらいだ。
サティスが舞うのを止めて、木を登り始めた。
俺も紙とペンをカバンに入れて肩にかけて木を登る。
やはり少なからずとも天族の血が混ざっているからだろうか、力が入りやすい。
3歳児の出来る動きをはるかに凌駕している。
難なく木の上に登りきる。
「すごい!」
サティスの指さす先にはプランター村が広がる。
木に登っただけだが、変わるものだ。
ちょっとだけ壁の向こうが見えた。
そこには緑の一切ない、荒廃した土地があった。
サティスが木の枝に座って持ってきていた水筒を飲み始めたので、俺も腰を下ろして二人で並んで座る。
風を受ける。
サティスの匂いがした。
同じ生活をしているはずだが、いい匂いなのだ。
サティスとセドロが家に引っ越してきた形で始まった共同生活。
ブリランテとセドロが協力して家事と育児をする姿は、なんだろう、まるである種の夫婦みたいで・・・。
正直尊い。
前世で百合をこよなく愛していた俺にとっては毎日幸せ空間である。
しかも、なんとなくこの2人、仲が良すぎるんだよなぁ。
セドロはブリランテに甘えまくりだし、ブリランテはまんざらでもないし。
身が持たない。
美女二人の百合を吐き出さずにいられない!
という事で思わず一本漫画を描いてしまった。
『樹皮紙』19枚にかけて描いたそのナマモノ漫画。
速攻でベットの下に隠した。
ナマモノは取扱注意だからな。
しかし、描き上げてなお湧き上がる妄想。
もっと描いてしまいそうだ!
「ふぇいす へん」
妄想を楽しんでいた俺の隣でちょっと距離をとるサティス。
「うわぁ、ごめん!違うんだ!」
俺が手を伸ばす。
「いや!」
ぐさっ。
この、ストレートな拒絶は胸に来る・・・。
「お、家の娘に何してんだい?この色男」
俺たちの後ろにある太い枝の上に飛び乗る姿があった。
がさっと音を立てて枝に飛び乗った美しい深紅。
セドロだった。
「いっ色男って!そんなんじゃないよ!」
3歳児に向かって色男って・・・。
「くくくっ。まぁ、私の娘は可愛いからなぁ、そんな気持ちになっても仕方ねぇよなぁ?」
ニヤニヤしながら俺を見下ろすセドロ。
「な・・・なんだろう?そんな気持ちって・・・?」
俺があわあわする。
「まぁ、今回は違うようだが、私には分かるぜ?フェリスが興奮してんのが。ませてんなぁおまえ」
「なななななな、何を言って」
「くくくっ。分かりやすいな!フェリスは!」
「うぅ!」
一体セドロの勘はどうなっているんだ!
俺が下手に妄想しようものならすぐに当てられる!
いつもヒヤヒヤする!
「なに?」
隣で首を傾げるサティス。
「私のお姫様は知らなくていい事ですぅ」
抱き上げて頬ずりするセドロ。
「えぇ?」
言いながら嬉しそうに笑うサティス。
最近、セドロがサティスを抱っこすることが増えた。
同時に、サティスのイヤイヤ期全盛期から出来ていた、セドロとの距離が無くなった。
それに伴って、サティスが落ち着き始め、言葉も出てきたのだ。
つまり、サティスは寂しかったのだ。
生まれ持ったものもあるのかもしれないが、サティスの場合は安心して母と関われるようになって言葉が伸びたのだろう。
良いことだ。
「さて、それじゃ、家に戻って飯食ったら始めるぞ!」
「あ、もうそんな時間か」
「やった!」
「しっかり掴まってな!」
言いながら俺も抱きかかえるセドロ。
足に力を込める。
俺とサティスが腰にしがみつく。
「ほっ」
バキィッ!!!
後ろで枝がはじけた。
俺たち3人は空を飛んでいた。
〇
半日眠り、すっきりした表情のブリランテが作った遅めの昼食を食べ終えたあと、空き地に来ていた。
「あ、師匠!待ってました!」
と、庭に入るなりカリマがこげ茶色のセミロングを揺らしながらセドロの元に駆け寄ってきた。
彼女、どうやらセドロに憧れているらしい。
セドロの真似をすることが多いのだ。
口調がちょっと乱暴になっていたり、技を終えた後にセドロの真似をして数回振ったりと見ていてちょっとかわいく感じられた。
髪も、今では下ろしていることがほとんどだ。
「まったく、まだ初めて3か月の子に『決闘』を申し込むなんて!」
ぷりぷりと怒っている。
『決闘』。
この『アルコ・イーリス』に存在する、生徒たちで手合わせをする際に使われる言葉である。
『順位戦』と呼ばれるものもあり、こちらは道場内での順位を決める大事な戦いに対して、『決闘』は誰とでも戦える軽いものである。
『順位戦』は自分の一つ上の順位の子に申し込むのに対して、『決闘』は誰にでも申し込めるのだ。
実力が上の人が下の人に申しむことも可能なのだが、普通はしない。
しかし、今回は別だ。
それはカリマが怒っている理由でもある。
「いいじゃねぇか!『ジュビア』が『サティス』と戦って納得できるなら!」
デスペハードが笑いながら言った。
「あんたは黙ってて!」
軽く言ったデスペハードに殴りかかったカリマと、それを止めるブリッサ。
デスペハードは慌ててベンタロンがカリマをなだめている。
そう、12歳の『ジュビア』が3歳の『サティス』に『決闘』を申し込んだのだ。
『ジュビア』。
英雄パーティーの一人の名を持つ、濃紺色のボサボサ髪でまん丸不機嫌な男の子である。
いとも簡単に『剣術』を物にして見せたサティスに思う所があったのだろう。
しかし、12歳である。
前世で言えば小学校6年生。
対するサティスは3歳。
幼稚園年少である。
「もう」
「半成人」
「「なのにね~」」
空き地の端でボーと空を眺めながら話す双子。
この世界には『半成人』と言う、『成人』ほど大人ではないが、子どもでもない節目がある。
それが12歳。
しかし、そんな年齢にもなっている当のジュビアは、空き地の中心で腕を組んで不機嫌そうな顔で待っていた。
そんな彼を心配そうに見つめるベンディスカ。
「もう揃ってたか!」
セドロが言いながら中に入る。
「サティス!!」
腕を組んで待っていたジュビアが叫ぶ。
呼ばれたサティスがセドロの隣で首をかしげる。
「俺はお前が嫌いだ!師匠に特別にして貰っていて、これ見よがしに型を披露しやがって!生意気なんだよ!」
俺はセドロの方に目を向ける。
「・・・特別にした記憶はないんだが」
呟いて考え込んでしまった。
おいおい、止めろよ?
今のままで大丈夫だからな?
今、すごくいい雰囲気だからな?
「・・・え?きらい?」
サティスはサティスで悲しそうである。
「な!なんてこと言うのよ!」
カリマが怒る。
「酷いよ!こんな小さい子に!」
ブリッサも珍しく怒った顔である。
「うるせぇ!いいから早く来い!サティス!てめぇの鼻っ柱へし折ってやる!」
「な!言わせておけば!一番弱いくせに!!」
カリマが地団駄を踏む。
「サティス、気にしないでね?」
ブリッサがサティスの頭を撫でながら抱きしめる。
「・・・ん」
悲しそうなサティス。
心が痛む。
俺はサティスに声をかける。
「サティス。大丈夫だよ。ジュビアは別にサティスの事嫌いじゃないよ」
「え?」
「あれは多分、サティスと本気で戦いたいから言ってるだけなんだよ」
「ほんと?」
「ほんとほんと」
「そっか!」
途端に笑顔になった。
サティスはセドロと共にジュビアの元に駆け寄っていく。
「フェリス、それは本当なのか?」
デスペハードが驚いた顔で聞いてきた。
「さぁ?」
俺はとぼけた。
だって、今言ったの適当だし。
「さぁ?って・・・君は少し怖いところがあるな」
ベンタロンが眼鏡を直しながら呟いていた。
「じゅびあ!やる!」
サティスがジュビアの前で模造剣を抜いた。
ジュビアも抜く。
「ぶっ殺す」
セドロが審判の立ち位置で二人を見る。
「サティス、頑張れよ」
「うん!」
「ジュビア、私はお前のことも大切に思ってるからな?」
「・・・ふん」
不機嫌なジュビアの返事にセドロはちょっと残念そうにした後に息を吸って吐いた。
「よし、これより『決闘』を始める!倒れた方が負けだ!危なくなった場合は止める!両者構え!」
セドロの号令で二人とも構える。剣を後ろに引き、腰を低くする。共通の構え。
全員が心配そうな顔で見つめる。
俺だって心配だ。
前世で一時期『学童』でも勤務していたが、本気で怒っている12歳の子の力はそれなりに強かった記憶がある。
暴れているのを止めるのに一苦労した。
ましてやこの世界だ。
前世よりもさらに力が強いに決まっている。
まん丸と表現を易しくしていたが、要は肥満体系で体重も重たい。
対するサティスはまだ3歳だ。
いくら才能があると言っても小柄で、華奢。
ジュビアの攻撃を受けたら折れてしまいそうで心配である。
怪我しないだろうか・・・。
皆が固唾を飲んで見守る中。
「はじめ!!」
12歳巨体のジュビアと、3歳小柄のサティスの決闘が始まった。
〇
先に仕掛けたのはジュビア。
その巨体からは想像できないほど滑らかな動きでサティスに迫る。
「『剣舞術』『クラコヴィアク』!!」
あの巨体での刺突・・・!
まずい!
「あはっ!」
響いたのは楽しそうな笑い声。
あの獰猛な笑顔。
向かってきた切っ先に剣を当てる。
そのまま勢いを利用して剣を縦に回転させ、切っ先を真上に向けた。
更にジュビアの剣の勢いを利用して体を横回転させるサティス。
「『剣舞術』」
その回転は、三拍子のリズムを持ち。
「『アルマンド』!!」
最後の拍子に合わせて剣をジュビアの首に思いっきり叩きつけた。
「ぐえっ」
のど元を叩かれたジュビアは、情けない声を出してそのまま倒れこんだ。
「え?」
『アルコ・イーリス』のメンバー達の声が重なった。
「そこまで!勝者サティス!!」
「えぇええええ!?」
年齢差も体躯差もあったもんじゃない。
一瞬一撃。
しかも、苦手なはずの『守』派の技。
それで勝負が決まった。
「つよ・・・。」
誰かが呟いた。
「勝った!やった!」
ぴょんぴょん飛び跳ねる無邪気な姿にうすら寒ささえ覚えた。
「んししし!つぎ!」
サティスはこちらを笑顔で振り返る。
その姿は戦いの味を覚えたばかりの猛獣の様だった。
「よっ、よっしゃあっ!次は俺だ!!」
という、デスペハードの言葉で連戦が始まった。
それから見事全員抜きを果たしたサティスは上機嫌だった。
「あとふぇいす!」
俺を指さしながらわくわくしていたが、敵うわけがないので全力で断った。
おかしいだろ・・・。
この強さは・・・。
「そっかぁ」
とちょっと残念そうにするサティスに罪悪感と安堵を覚えたとき「今日はここまでだな」というセドロの一言でお開きになった。
初めて3か月。
2年も頑張ってきた『アルコ・イーリス』のメンバーを全員置き去りにした瞬間だった。
俺は正直複雑だった。