『ティーテレス』
妻が居た。
私にはもったいないくらいの美人。
器量よし、面倒見もよく、よく笑う。
ともにいると、どんなことも輝いて見えた。
出会いは、私が『神樹教』の総本山。 『神聖国』『ディオス・アルボル』で祈りを捧げた帰り道。 『蒸気機関車』と言う便利なものが出来た年。 駅の前で困っていた彼女に声をかけたのが始まりだった。
故郷をいわれのない罪で追われ、『神樹教』に救いを求めて早数百年。 『天族』である私の元に舞い降りた身に余る幸福はこの時から始まった。
まさしく、『神樹』様が長年真摯に教えを守ってきた私にもたらしてくれた救いの手。
私は、『神樹』に感謝した。
彼女のような女性が、私などを愛してくれたことが生きてきた中で一番の幸福だった。
『天族』と『人族』の恋だ。
障害は多かった。 だが、私と彼女は全てを乗り越えて結婚することが出来た。
結婚した私たちは、『人族』の国、『ディナステーア王国』に移り住んだ。 住む場所は、その中の『城下街』にある、『人族』以外も多く住む『東区』に決めた。 いわゆる移民を受け入れる場所だったのも理由としては大きかった。
『天族』であった私が『人族』の国でうまく過ごすことが出来るか不安だったが、制度や政策のおかげで、楽しく過ごすことが出来ていた。 『天人青春』と言う小説が一時期流行っていたのも大きいだろう。
『ゴミ処理場』や『監獄』が近くにあり、治安もあまり良いとは言えなかったが、『人族』ではない私が幸せに過ごすには十分な環境だった。
妻と2人で過ごす日々は幸せで、天涯孤独であったこの身に余る幸福であった。
幸福はさらに続いた。
娘が生まれたのだ。
娘は妻に似て、喜怒哀楽を全身で行う優しい娘だった。
可愛くて甘やかしてしまう事が多く、妻によく怒られてしまったがそれも今では幸せな記憶である。
自慢の娘、最愛の妻。
多少治安は悪いが、生きていくのに申し分のない環境。
幸せだった。
大切だった。
何物にも変えられない大切なものだった。
守るつもりだったのだ。
こんな自分を受け入れてくれた優しい街で、こんな自分を見つけてくれた愛しい妻と最愛の娘と幸せに過ごすこの時間を。
絶対に守るつもりだったのだ。
その為に一生懸命頑張っていた。
そして、娘が7歳になった頃。
事件が起きた。
一瞬だった。
着替えに手間取っていた。
みんなでおいしい物を食べに行くつもりだった。
一瞬ですべてを失った。
突然の光、身を焦がす熱と痛み。
意識を失うのは一瞬だった。
『天族』の再生能力により、体が修復を終えて意識を戻すころには、高い位置にあった日が落ちかけていた。
夕暮れの中で身を起こした私は絶望した。
何もないのだ。
今までの事は夢だったのかと疑いたくなるほどの一面瓦礫の山。 衣服は燃え尽き、新しいものを探す時間が惜しかった私は、そのままの状態で一心不乱にその場を掘り起こし始めた。
我が家であったはずのその残骸。
居ない。
妻が居ない。
居ない。
娘が居ない。
居ない。
居た。
力が抜けた。
居た。
いや。
あった。
私の送った、指輪をはめた片腕。
妻の片腕がそこにあった。
そして、その腕を枕にするようにあったのだ。
愛しい娘の頭部が。
自分の運命を呪った。
『天族』でなければ、一緒に死ねたのに。
あの瞬間、不幸にも首と胴体が繋がっていたばかりに生き残ってしまった。
最近は、『神樹』様への祈りもおろそかになっていた。
それが、原因なのか?
私が悪かったのか?
故郷をいわれのない罪で追われ、行きついた場所で出会った、大切な、愛する妻と娘を奪われた。 また戻される天涯孤独の身に、心が悲鳴を上げる。
違う。
違うだろ!?
悪いのはこんな事をしでかした奴らだ!
それでも、復讐は思い止まれた。
娘の頭があるのだ。
私には力がある。
で、あれば。
復讐よりも先に、大切なものを取り戻すのが先だ。
結果として、娘を生き返らせることに成功はした。
しかし、一向に目を覚まさない。
『神樹』様への信仰をまた再開した。
娘を救ってほしかった。
誰でも良いから、救ってほしかった。
『神樹』様に祈り続けて25年。
やっと目を覚ました。
嬉しかった。
今度こそ、大切にしようと思った。
なのにっ!!
その娘は、『娘』ではなかった!
涙は流せない。
社交的だったのに、内向的に変わってしまった。
終いには私の信仰する『神樹教』。 それを知っているはずの『娘』が、『赤』い髪の女と関わりを持ったのだ。
あれは、『娘』ではない。
ただの成り損ないの残念な『人形』。
私は、疲れてしまった。
どれだけ頑張って『神樹』を信じても。
どれだけ頑張って『娘』を生き返らせようとしても。
どれだけ頑張って『幸せ』を守ろうとしても。
私は、救われない。
あの『事故』から、27年。
もう十分だ。
もう疲れた。
もう、死にたい。
だが、どうせ死ぬなら。
この苦しみを誰かにぶつけて死んでやる。
分かってる。
こんなのただの、自己満足だ。
分かってる。
こんなの『妻』も『娘』も望んでいない。
だが。
それでも。
私は、あの『異世界召喚爆発』を許せない。
あれさえ無ければ。
『幸せ』はまだ存在したはずだ。
あれさえ無ければ。
『妻』はまだ存在したはずだ。
あれさえ無ければ。
『娘』はまだ存在したはずだ。
これから行うのは『復讐』。
あの日の事を隠そうとする『貴族』。
懲りずに『異世界召喚』の研究を続ける愚かな『人族』への『復讐』だ。
あぁ、『神樹』様。
どうしてあの時のように、私を救ってはくれなかったのですか?