『コラソンとボカ、そして副隊長』
『城下街』『ディナステーア』。
『南区』『商業街』。
『建国祝賀会警備本部』。
「体調は変わりないですか?」
サクリフィシオが、自分の事を話した翌日。
コラソンは、ボカの元を訪れていた。
簡素なテントの中。
奥で険しい顔をしながら会議をしていたボカがコラソンを見る。
「あぁ、コラソン。 なんだか久しぶりだな」
ボカが笑う。
少し疲れた表情。
コラソンは、つかつかとまっすぐにボカの元に向かう。
一応周囲には、『騎士団』『雑務隊』の面々や、『雑務隊』『副隊長』の姿。 会議のために地図が広げられていた机を囲うそれぞれの区の『自警団』『団長』達の姿があるのだが、コラソンが見ているのはボカだけ。
「事実。 久しぶりですよ」
言いながら、ボカのそばに寄ったコラソンが頬を撫でる。
ボカは、2週間前からこの『本部』として建てられたテントから帰れていない。
一日中問題が起きるのだ。
「やめろ。 みんなが見てる」
「あぁ。 すみません。 久しぶりだったもので」
そんな2人の様子を、ざわざわと見つめる周囲の人々。
冷やかすような視線。
憧れのまなざしを送る者。
かつての『怪物』の姿に震える者。
『副隊長』の表情は不機嫌だ。
「いや、こっちこそ帰れなくてすまん」
「いいんです。 あなたのそれは今に始まったことではありません」
言いながら名残惜しそうに手を放して少し離れる。
周囲の人々に手を振るコラソン。
「皆様にも謝罪を。 お見苦しいところをお見せしてしまいました。 重ねて謝罪を。 申し訳ありませんが、数分だけ『夫』の時間をください。 至急耳に入れたい事と相談したい事が出来ました」
「なっ! まってください! 奥様にはわからないと思いますが、『隊長』は今、手を放す時間なんてないんですよ!」
『副隊長』が怒りの表情でコラソンにずんずんと迫る。
十分背の高い彼女だが、コラソンはそれ以上に背が高い。
見上げる形で一生懸命睨む『副隊長』。
コラソンはそれを見下ろす。
見ようによっては睨み返しているようにも見える。
雰囲気は一触即発。
実際は、『副隊長』が一方的に怒っているだけなのだが、周囲の人々は警戒を始める。
万が一、『怪物』が戦闘を始めたら、この場から逃げなくてはならない。
全員が、ボカの手前、それは無いとは思っているが念のための警戒である。
そんな『怪物』相手に睨みを聞かせる『副隊長』。
「・・・すみません。 『夫』が大変なのは重々承知していますが、これは、火急の案件ですのでどうか、理解を」
努めて真摯に。 丁寧な言葉づかいでお願いするコラソン。
『副隊長』はその言い方に、本当に急ぎの用件であることを察する。
しかし、『副隊長』にしても、今『隊長』に抜けられるのはきつい。
ちょうど、喧嘩と窃盗。 迷子に失せ物と言った依頼が数件、一気に押し寄せてきたのだ。
指示を早く飛ばしてもらわないと次が来てしまう。
うつむきながらなんとか言葉を絞り出す『副隊長』。
「ですが・・・っ!?」
食い下がろうとした『副隊長』の全身に悪寒が走る。
見上げる。
目が合う。
「・・・しつこい」
睨み。
『副隊長』はこの感覚を知っている。
『ドラゴン』と対峙した時の恐怖。
いや、それ以上のプレッシャー。
思わず後ずさる。
「あ、くっ」
後ずさってしまった事へのふがいなさで奥歯を噛む『副隊長』。
「こら。 コラソン。 お前が家を出てまで来たんだ。 相当な案件なんだろ? 話は聞くから『殺気』を押さえろ」
「はい。 すみません」
嘘のようにプレッシャーから解放される『副団長』。 加えて周囲の人々。
全員脱力。
「じゃ、すまないが、数分待て。 最悪、全部俺が対応する」
言ってコラソンとともに『本部』を後にした。
2人が出て行ってすぐ、『副団長』は崩れ落ちた。
(な、なんなんですかあの人は!?)
脂汗が止まらない。
命の危機を感じた。
(く、しかも、ボカ隊長の貴重な時間を奪われた!)
悔しくて握りこぶしを握る。
「あぁもう!」
周囲の視線など気にならないほどに怒る『副団長』。
何も連れて行ったコラソンにだけではない。
彼女が本当に腹を立てているのは自分自身である。
「・・・また、頼ってくれなかった!」
ボカは、去り際に言ったのだ。
最悪、俺が何とかすると。
『副団長』はそれが何よりも悔しかった。
膝を叩いて立ち上がる。
こうしていても意味はないのは知っているのだ。
「くっ。 やるしかないです。 『隊長』が戻るまで私が指揮を執ります。 皆さん、よろしくお願いします!」
『副隊長』はいつか『隊長』に頼ってもらえるために、今日も奮闘するのだ。