『初日』『深夜』
日中の仕事を必死にこなしていると日が落ちていた。 時刻は21:30。 『出店』の店じまいの時間である。 店じまいを促したり、泥酔中の人を自警団に引き渡したり、後片付けの手伝いをしたりしていると、あっという間に23:00を過ぎていた。
大人達に子どもは帰って寝ろと帰されてしまった俺たち『ミエンブロ』だったが、俺たちの仕事はむしろここからである。
コラソンが用意していた夕食を食べ終え、日を跨いだ頃、俺とサティスは深夜の『南区』に向かった。
約束通り、俺とサティスはコルザを手伝うことになったのだ。 やることは、『人形』の目撃情報があった場所へ向かい、見つけ次第破壊すること。 コルザは『義賊パーティ』『レベリオン』のアジト探しに集中できると喜んでくれていたので良かった。
深夜。 3:00を過ぎた頃。
『南区』『商業街』。
『路地裏』。
家々の明かりもほとんどが消え失せ、月明かりのみが照らす、薄暗い『商業街』。
俺とサティスは並んで、更に薄暗い『路地裏』の中、歩を進める。
目撃情報は6つ。
ここに来るまでに、5つとも確認は済み、見つけた人形を数体破壊している。 慣れない夜道で戦闘が思うようにいかなかったり、サティスも周りが見辛く、勘が昼間ほど効かないと嘆いていたりと要因は様々だが、最後の1ヵ所に来るまでに少し時間がかかってしまった。
「・・・不気味ね」
サティスのあまり見ない、怖がる様子が可愛く見えたが、正直に言おう。
俺も怖い。
見通しが悪すぎる。
これでいきなり人形が出てきたら、チビるかもしれない。 落ち着いて対応できるか不安だ。
一応、『空間把握』『魔素』を発動しておく。
これで、『人形』に宿る『魔素』が分かり、素早く存在を認識できる。
ふと、隣のサティスを見てみると、美しい『深紅』の『魔素』を帯びていた。 そして、それに加えて不思議な『魔素』も見えた。
それは、サティスの『曲剣』の柄に納まる『宝石』である。
赤い『宝石』が、同じ『赤』色の『魔素』を帯びていたのだ。
どういう事だろうか?
いや、この世界のものは全てが『魔素』で構築されているのだ。
だが、自然物は無色透明。
見ることができるのは、わずかな揺らぎだけだ。
それなのに、『曲剣』の柄に納まる宝石に宿る『魔素』は『赤』色。
そう、色があるのだ。
と、不思議に思っていると。
「フェリス! あれ!」
サティスの大きな声が響いた。
彼女が指差す先。
路地裏奥。
そこで、ゆっくりと歩く人型の何かが見えた。
帯びる『魔素』の色は『柚子色』。
『人形』の『魔素』の色である。
『人形』を作り出す『魔術』なのだろう。
『魔術辞典』には確か、『人形魔術』なんてものがあったと思う。 きっと、それだ。
『人形魔術』は『柚子色』。
ここに来るまでに覚えた。
「間違いない! 『人形』だ!」
サティスと2人、走って追いかける。
「わかったわ! 全力で仕留めるわね!」
「任せた! 俺は動きを止める! 『空間留置』!」
俺はサティスを信じて、『人形』の周辺の空間を掴んで動きを止めた。
「『クラコヴィアク』!」
すかさず打ち込まれる美しい刺突一閃。
それは、見事に『人形』の背中から胸を貫通した。
『人形』は昨日を停止して崩れ落ちた。
サティスは、『曲剣』を引き抜いて腰の鞘に戻す。
「よし。 完璧ね」
サティスは満足そうに笑っている。
俺は壊れた人形の元に駆け寄り、片ひざをついて残骸を拾ってみる。
サティスと再開した時戦った人形たちと同じような作りだった。
「・・・どこかに、『人形』を作った奴がいるのか?」
「ちょっ・・・ちょっとフェリス!」
考え事をしていた俺にサティスの声が届く。
「ん? どうした?」
慌てたようなサティスの声音に反応し、彼女の顔を見上げる。
何か、遠くをを見つめて震えていた。
・・・なんだ?
疑問に思い、俺も同じ方向を見る。
青い視界の中、広がるのは暗い路地裏のみ。
「あ、あああ、あれ! あれよあれ!」
サティスが震えながら指さす先。
しかし、何も見えない。
サティスだけに見える何かだろうか?
俺はサティスの隣で立ちあがる。
「何も見えないぞ?」
「え!? うそ!? じゃあ、あれは何!?」
俺は首をかしげる。
あのサティスがここまで震えるなんて。
一体何があるんだ?
俺は、試しに『空間把握』をきってみた。
『空間把握』は、世界を構成する『魔素』を視認できるようにする『魔術』だ。 その為、『魔素』を持っていない者の姿を視認しずらくなってしまう。 ただの『獣』や『剣術』を学んでいない『人族』等が景色に溶け込んでしまうのだ。
だから、体内に『魔素』を有していない者がそこにいる可能性に思い当たったのだ。 肉眼なら見えるかもしれないと考えての行動だった。
視界が薄暗い路地裏に戻った。
もう一度サティスの指さす先を見た。
「・・・え」
そこにそれはいた。
半透明の女性。
髪は長く、黒。
足はなく、白装束。
俺は知っている。
前世でも良く見た姿形。
あれは間違いない。
「・・・おばけ?」
「ひっ! ちょっ! こっち来るわぁああああ!」
サティスが俺の腕を引っ張る。
「え、ちょ! ま! うわぁああああ!」
こっちを全速力で迫ってきた。
なんだよ、なんだよ、なんなんですか!?
おばけ!?
なんで!?
混乱。 恐怖。
それは、サティスも同じらしい。
俺の手を握る力がだいぶ強い。
俺も一緒に怖くなったので、サティスに手を引かれながら、全速力で逃げ帰ったのだった。