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努力畢生~人生に満足するため努力し、2人で『無敵』に至る~  作者: たちねこ
第一部 乳幼児期 『2歳編』
12/565

2歳 2

 ブリランテが1週間とちょっとで無事に村に帰宅した。

 ブリランテ曰く、セミージャが入寮するにあたり、部屋の片づけを手伝っていたら遅くなってしまったらしい。

 予定では1週間かからないくらいだったという。

 そんな遠いところではないのだろうか?

 さて、ブリランテが帰宅してからさらに数か月。

 サティスがやっと簡単な言葉を話し始めていた。

 「ふぇいす!」

 最近雨が多かったが、久しぶりに晴れた。

 日差しが強いため帽子を被っている、木に背中を預けて俺たちを見守るソシエゴ。

 傍らには近くの井戸で組んだ水の入った水筒。

 水筒と言っても、イノシシの膀胱を使ったものらしい。

 ソシエゴに聞いたら教えてくれた。

 そしてこちらを呼んで走り回っているサティスは、帽子を嫌がったので被らずにはしゃいでいる。

 セドロと同じ、深紅の髪が肩甲骨下あたりまで伸びていて、彼女が動くたびに綺麗に揺れ動いている。

 大体、90センチくらいまで背が伸びただろうか?

 ちょっと体の大きな2歳児だ。

 スラっとしているのはセドロの血だろう。

 俺と頭一つ分くらい背の高さが違う。

 そんな彼女の笑顔は太陽のように輝いていた。

 「まってー!」

 俺は一生懸命、先を駆けているサティスを追い掛ける・・・が。

 「はぁ、はぁ、本当に・・・まって・・・」

 あまりの速さに追いつけない。

 おかしいだろう・・・2歳児の速さじゃないぞ・・・それ。

 「あはは!」

 俺なんかほっといてクッソ速く走るサティス。

 どうなってんだこりゃ?

 サティスは運動神経がずば抜けていた。

 二歳児にしては出来すぎるくらいに。

 サティスは言葉の遅れや、多動気味と言った個性を上回る才能を持っていたのだ。

 木登り、馬飛び(ソシエゴに馬になって貰った、ちなみに踏切りは無し)、逆立ち、平均台でのバランスが崩れない等々。

 できる事が多すぎる。

 2歳児の運動能力をはるかに凌駕していた。

 「つぎ!」

 そう言って笑うサティス。

 また、ソシエゴに馬になってもらうか。

 俺はソシエゴを呼ぶ。

 「え~!また~?もう今日10回目だよ~!」

 泣きそうになりながら立ち上がってこちらに来てくれるソシエゴ。

 「そしぇご!」

 舌っ足らずに言いながら駆け出すサティス。

 「サティス!まだ早い!」

 「へ?」

 ソシエゴが身をかがめるよりも先、サティスが踏み込んで飛んだ。

 右手でソシエゴの頭の上を叩いて飛び越える。

 「痛い!」

 悲鳴を上げて頭を押さえるソシエゴ。

 ストンッと見事な着地を見せるサティス。

 「おぉ・・・まじか」

 「あっはは!」

 笑うサティス。

 活発な笑顔が可愛い。

 「すごいよサティス!」

 「すごーい!あっはは!」

 嬉しそうである。

 ソシエゴはうんざりと言った顔だったが。

 「わぁ!」

 再度駆けだすサティス。

 「えぇ!!」

 向かってきたサティスにもう勘弁してくれと眉をハの字にするソシエゴ。

 俺はソシエゴを無理に誘った罪悪感から、助け舟を出すべく次の遊びを提案することにした。


 こうやって二人で木の前で遊ぶのが午前中の日課になっていたのだ。

 空き地では今も『アルコ・イーリス』のみんなが頑張っているはずだ。



 2日後、また天気が悪かったため、外で体を動かすのではなく『喫茶店』の中で過ごすことになった。

 今にも降り出しそうな曇天である。

 空き地では『アルコ・イーリス』のメンツが体を動かしているが。

 雨が降り出したら戻ってくるだろう。

 そんな中で俺はデッサンを始める事にした。

 今日は、目の前にある喫茶店のカウンターテーブルを書こうと思う。

 カバンから貰った万年筆と青いインク、そして『樹皮紙』を1枚取り出す。

 紙が勿体ないため、悩んだ末に思いついた前世で聞いたことのある『樹皮紙』を使うことにしたのだ。

 周囲が森である為、丁度良いと思った。

 1ヶ月ほど前に早速、森の中に木の皮を取りに入った。

 正しくは入ろうとしただが。

 散歩中で外に出ていたので、サティスと一緒に全速力で森に入ろうとしたのだが、突然現れたブリランテに止められたのだ。

 『魔獣』が潜んでいるから入っては行けないとちょっと強めに注意されたのを覚えている。

 後から息切れしながら追いついて来たソシエゴが、そのままの状態でブリランテに謝っていたのは本当に申し訳なかった。

 と、言うことで森には入らずに、手前の木々から皮をとることにした。

 この体で木の皮を剥くのは大変なため、ソシエゴに手伝ってもらいながらだが・・・。

 ソシエゴの協力もあり、そこそこの量が手に入った。

 さっそくうろ覚えで木の皮を叩いて伸ばしてをしてみたところ、思ったよりペラペラの紙に近い物が出来上がったのだ。

 これ幸いと、出来上がりからひと月近く、週に一度は木の皮を取りに行き、加工し、それ以外の天気が悪い日や家で時間があるときは常に絵を描くようにしていた。

 前世では出来なかったデッサンの繰り返しである。

 やはり絵の上達は見て描く事のみ。

 前世では何だかんだと理由をつけてやってこなかったデッサン練習を沢山するのだ!

 前世での夢を拾えるかも知れないのだからやる気も出る。

 何より、絵を描くというのはこんなにも楽しいものだっただろうか?

 またこうやって創作の世界に足を踏み入れる事ができている幸せを噛みしめながら絵を描く。

 今から頑張れば一冊くらい、漫画を世に送り出せるかもしれないぞ?

 なんて年甲斐もなく胸を躍らせる。

 今からコツコツ頑張るぞい!


 「なぁに?」


 俺の右肩に顎を乗せたサティスが聞いてくる。

 「お絵かき!」

 俺は描きあがったカウンターテーブルのデッサンを見ながら答える。

 ふむ、歪んでおるな。

 この幼い体のせいだろうか?

 いや、言い訳はよそう、単に俺の実力がないだけだ。

 強い心でもう1回。

 時間なら沢山あるのだから。

 デッサンしまくって画力を上げたい一心で、カバンから新しい『樹皮紙』を取り出した。

 「ふぅん」

 それだけ言うと、お絵かきに興味のないサティスはすぐに離れてソシエゴの元まで走って行く。

 ソシエゴに構ってもらうのだろう。

 すまないなサティス。

 心の中で謝罪。

 そのまま再度描き始めようとしたところで喫茶店のドアが大きな音を立てながら開いた。

 遅れて静かにカランカランと鈴が鳴る。

 全員の視線を集めたのは、扉を開けて突っ立っているブリランテ。

 俯いていて表情は見て取れない。

 しかし。


 「帰ってきたわ・・・」


 声が震えていた。

 俺はとてつもない嫌な予感がした。

 ソシエゴがサティスと手を繋ぎながらブリランテに近づく。

 「・・・帰ってきたって」

 もう察しているのだろう、ソシエゴの声もすでに震えていて、目元は潤んでいた。

 「フェリス・・・来て」

 ブリランテは目の前で堪えきれずに泣き出してしまったソシエゴに構わず俺を呼ぶ。

 余程余裕がないのが見て取れた。

 俺は素直に従い、荷物をしまってカバンを肩から下げてブリランテの元に急ぐ。

 ブリランテに抱えられて外に出た。

 外には『アルコ・イーリス』のメンバーを引き連れていたセドロがいた。

 「ブリランテ・・・どうしたんだ?」

 ブリランテが出てきて驚いたの顔をするセドロ。

 「・・・帰ってきたわ。お兄ちゃんの事だから1時間もかからないと思う」

 「そうか・・・ブリランテ。2人は・・・いや。何でもない」

 ブリランテの顔を見て話すのを止めたセドロは、代わりにギリッと拳を握った。

 「まぁま?」

 セドロの声に反応したサティスが扉から出てきて声をかけた。

 「サティスも行くぞ。英雄の凱旋だ」

 セドロが両手を広げると嬉しそうに飛び込むサティス。

 雰囲気から察してしまう。

 あぁ、この感じは・・・。


 〇


 1時間もしないくらいだろうか、森の中から荷車をひく銀の甲冑を着た薄汚れた白馬と同じく、薄汚れた銀の甲冑に身を包む、青い無精ひげのイケおじが現れた。

 そのイケおじの表情は引き締められていて緊張感が漂っていた。

 彼の銀の甲冑には血が付着し、見える肌にはあざや傷が目立っているその叔父。

 酷く憔悴したその男の姿を見たブリランテは俺をセドロに預けて走り出した。

 「お兄ちゃん!」

 抱き着くブリランテ。

 この世界での俺の叔父『ボカ』は表情を変えずにブリランテを抱きしめ返した。

 しかし、抱き締め返すと同時にボカの目元が潤んで堰を切ったかのように涙がボロボロと流れ始めた。

 「・・・すまない。すまない。すまない・・・俺は・・・お、俺はまた・・・うぐぅっ!」

 ゆっくりと崩れ落ちていく。

 ぽつらぽつらとタイミングを見計らったかのように雨が降り始めた。

 一緒に膝をつくボカとブリランテ。

 ボカはブリランテの胸の中で嗚咽を漏らしながら告げた。


 「うぅっ・・・ま、また俺はぁ!まっ・・・間に合わながっだ!!」


 ブリランテがその言葉を受けながら優しく背を撫で続ける。

 セドロが俺とサティスを下ろす。

 後ろのソシエゴに俺とセドロの手を繋がせてそのまま2人に近づいた。

 「・・・ボカ。2人は?」

 「・・・後ろだ」

 「セドロ・・・お願いしても良い?」

 「任せろ。二人の事は私が確認してやる」

 セドロがブリランテの頭にポンッと手を乗せて荷台に向かう。

 かぶせられた布。

 近づいて足を止めた。

 俺はその止めた意味を理解した。

 荷台からはみ出していたのだ。


 それは、足。


 酷く焼け焦げた、かろうじて足だと分かるそれ。

 セドロは強く拳を握った。

 「・・・そういう事。あんたは守れなかったんだね」

 呟いたセドロの拳から血がしたたり落ちる。

 左手で布をめくる。

 馬の影でよくは見えない。


 「おかえり。待ってたよ。2人とも」


 「うわあぁあああああっ」


 一気に雨脚が強まり、雨が地を打つ音の中にブリランテの叫び声が響いた。

 

 レイ歴266年6月18日の事だった。


 〇


 翌日。

 俺は雨の降る中、ブリランテに抱えられてとある場所へと向かっていた。

 セドロやほかの村人たちも一緒である。

 傘は無いが代わりに外套がある。

 青い外套を着て歩く村人達の姿は異様だった。

 ただ1人。

 白い外套を着る男がいた。

 遺体を乗せた荷車をひく白馬を引導するボカだった。


 「ぱぁぱ?」


 セドロの腕の中のサティスが何度も父を呼ぶ。


 前世で両親は俺の死の19年前に突然死した。

 運転中の不慮の病気による事故。

 俺は、その時訳が分からなかった。

 悔しかった。

 気の利いた言葉一つ言えず。

 迷惑ばかりかけて親孝行らしい事も出来なかった。

 だから、この世界では手遅れになる前に親孝行を沢山しようと思っていた。

 後悔する前に・・・。

 だがこれでは・・・。


 後悔することもできない。


 雨が降り続ける森の中。

 プランター村からすぐ。

 徒歩5分もかからない距離にある開けた場所に1本の巨木がある。

 何十人もの人の名前が刻まれた巨木。

 その根元。

 掘られた穴の中に2人の遺体が入れられた。

 サティスがセドロに抱えられながら何度も父親を呼ぶ。

 サティスは状況が理解できておらず、名前を呼んでは首を傾げている。 

 葬儀は簡単な物だ。

 村人が青い物を身に着けて参列し、一人ひとり土を被せていく。

 それだけ。

 最後は神に祈るようなことは無く、ボカが淡々と死の直前の英雄譚を話すのみ。

 ボカとセドロの夫と共に戦い、強い敵に勇敢に立ち向かい、敗れ、亡くなったらしい。

 ボカが話し終えると静かな時間が続いた。

 父たちにかかる土の音。

 雨が地面を叩く音。

 涙をすする音。

 そんな音が嫌に耳につく。

 そして、最後。

 ブリランテが最後の土を被せ終え、セドロの待つ巨木の目の前まで歩いていく。

 二人が並んで立つ。

 俺からは背中しか見えないため、表情まではうかがい知れない。

 そんな2人は外套の中に隠れていた腰に下げていた剣を引き抜いた。

 2人、共に、巨木へ愛する者の名を剣で刻む。

 「愛しているわ。またどこかで」

 ブリランテの呟き。

 隣ではセドロも同じように名を刻んでいた。

 「なんで?」

 いつの間にかソシエゴと手を繋いでいたサティスは大好きな父が目を覚まさず、埋められ、そのまま村に戻るその様を不思議そうに見続けていた。


 雨はいつまでも降り続いていた。


 〇


 さて、この国、『ディナステーア王国』はレイ暦と言う暦で年を数えているらしい。

 『初代レイ王』が人族の国の領土を勝ち取った年を元年として今まで続いているとブリランテが教えてくれた。

 俺はレイ暦264年3月生まれらしい。

 これも聞いた話だが、ブリランテが産気づいたのにセドロがつられて産気づき、サティスとほとんど同じタイミングに生まれたのだそうだ。

 数分だけサティスが早かったらしいが、まぁ、微々たるものだ。

 それから、俺たちのフルネームが分かった。

 俺は『フェリス・サード・エレヒール』

 サティスは『サティス・グラナーテ』

 ブリランテは『ブリランテ・エレヒール』

 セドロは『オブヘディモ・セドロ・グラナーテ』

 俺の名前は祖父から続いていたものらしい。

 そして、この世界には『神樹教』と呼ばれる宗教しか存在しないらしい。

 『神樹』と言うものは確か、魔族が狙っているものだったと記憶している。

 一体何だというのか?

 しかし、この『神樹教』、ブリランテが嫌っている。

 そのため、今回の葬式は神の居ない物になった。

 と、言ってもこの村に『神樹教』を信仰している者は一人もいないらしく、ビエントとアイレの母も神のいない葬式だったらしい。

 俺は参加していないため詳しくは知らなかったが、同じように弔ったと言う。

 あの巨木に刻まれた名前はこの村で亡くなった人たちの名だと言うことだろう。

 さて、ここで疑問に思ったのは神がいないのなら死んだらどうなるのかということ。

 天国や地獄、極楽浄土なんで言葉は聞いたことがなかった。

 葬式終わりで疲れているはずのブリランテに、申し訳ない気持ちがあったが、知りたい気持ちに逆らえず、聞いてみた。

 ブリランテは腫れている糸目を擦り、不思議そうな顔をしながら答えてくれた。

 「死んだら神樹に帰ってまた戻ってくるのだけれど・・・どうしてそんな話になるの?」

 「どうしてって・・・だって、『あの世』には神様がいたり、『極楽浄土』に連れて行ってくれるのは『仏』だったりとか・・・え?」

 話せば話すほど首をかしげるブリランテ。

 「・・・そんな話をどこで聞いてくるのかわからないけれど・・・そもそもそのanoyo?って何かしら?」

 俺はハッとする。

 もしかしたらこの世界には死後の世界と言う概念がそもそも存在しないのではないだろうか?

 「死んだ後の世界ってないの?」

 「ふふっおかしなこと言うのね?死んでも生きても世界は一つよ?」

 「でも、今こうやって考えたり思ったりしている魂はどこに行くの?」

 「だから、『神樹』に帰ってまた新しく帰ってくるのだけど・・・?」

 うーん。

 価値観が違うのだろうか・・・?

 それとも、本当にこの世界では魂が『神樹』に行って新しくなって戻ってくるなんて言うシステムなんだろうか?

 そもそも、『神樹教』を信じていないのに、このことだけはまるで確信を持っているかのように言うんだな・・・。

 『神樹』とはこの世界の中心にある巨大な木であるらしい。

 まだ見た事は無いがこの世界のシンボルであり、この世界はその樹によって作られたとも言われているらしい。

 この世界は前世の世界とは全く違ったシステムで構築されているのかもしれないな・・・。

 例えば前世の世界を形作っている物『原子』が、全て全く別の何かに置き変わっているとかSF作品ではよくある設定だよな?

 考え始めて面白くなってきたので、もっと情報が欲しく二階の書斎に閉じこもって本を読むことにした。

 ブリランテの許可なら得ている。

 ブリランテもボカとの話し合いがあるらしく俺を離しておきたかったのだろう。

 下の階で会話する2人の声を聴きながら本を読んでいると、ある一文が目に入った。

 

 『神樹』はまず『天魔族』を作った。


 『勇者伝説』内でのセリフの一文。

 この世界には『天魔族』という種族がいて、今生きている人は皆この種族の末裔と言うのだ。

 ふむ・・・。

 『天魔族』は読み聞かせの時にも何回か出てきていたが・・・。

 この種族が『神樹』の事を広めたのだろうか?

 一度会って話してみたいものだ。

 次のページに行こうと手を伸ばそうとした時だった。

 

 「なぜだ!!」


 書斎で『勇者伝説』を読んでいた俺の耳にボカの怒声が響いた。

 読み始めてそれなりに時間が立っていたらしい。

 夕方だったのがいつの間にか夜になっていた。

 部屋はろうそくの火で照らされているとはいえ気づかなかった。

 壁に背中を預けながら座って読んでいたため、立ち上がろうとする。

 そこで右の太ももに重さがある事に気づいた。

 何かと思ったらサティスだった。

 俺の太ももに頭を乗せてすやすやと寝息を立てている。

 「・・・いつの間に来たんだ?」

 俺は太ももと本を入れ替えて枕にしてやり、近くに置いてあった布をかけて下の階に降りる。

 居間の入り口の影から様子を伺う。

 ブリランテといつの間にか上がり込んでいたセドロが並んで座り、テーブルをはさんだ向かいにはボカが座っていた。

 ボカの表情には焦りが見えていた。

 「私は、あの人との思い出が詰まったこの家で過ごしたい」

 ブリランテは強い口調だった。

 普段朗らかな彼女からは想像もつかない口調。

 こちらに背を向けているため表情までは知れない。

 「女1人でどうする?お前たちに1人で働きながら子供を育てる力があるのか?家に来い、面倒見てやるから!」

 ボカはボカで必死の形相でブリランテとセドロを説得する。

 「いや・・・。何とかするわ。この家に住み続ける為なら」

 頑なに譲らないブリランテ。

 「どうしてわかってくれない!?・・・くそっこうなったら・・・」

 ボカが無理やり連れて行こうとブリランテに手を伸ばす。


 パシンッ!


 ボカの手が掴まれた音が響いた。

 掴んだのはセドロ。

 「何のつもりだ」

 一触即発である。

 「させない・・・ブリランテは渡さない。あんたが心配なのも分かる。だけど、ブリランテはここに居たがっている」

 ボカの睨みに負けじと睨み返すセドロ。

 「だが実際どうする!さっき言ったことは事実だろう!」


 「だったら、私が一緒に住んでやる!」


 ボカの言葉に間髪入れずにセドロの声が響いた。

 

 「2人で稼いで家を守る!これで文句はないでしょ!?」

 「それは・・・」

 セドロの提案に言い返せなくなるボカ。

 「この1年間も実際問題なかった!それに・・・こうなる気はしてた・・・だからそのために『道場』も始めた!文句ある!?」

 畳みかけるセドロ。

 「くっ・・・ブリランテはいいのか?」

 返す言葉が見つからず、情けなくブリランテに確認をとるボカ。

 「うん・・・嬉しい」

 嬉しそうに頷くブリランテ。

 震えた声から涙ぐんでいるのが伝わってくる。

 ボカから手を放し、ブリランテの肩を抱くセドロ。

 「ボカ・・・。ブリランテは私が守る」

 凄いな・・・自分も夫を亡くして辛いだろうに・・・。

 「・・・ふん。守られる側になってばかりだったお前が言うか・・・。わかった。そこまで言うならこれ以上は何も言わない。頑張ってみろ」

 ため息をついて諦めるボカ。

 「う、うるさい!」

 照れるセドロ。

 「ただし・・・。1年に1回くらいは顔を見せに来い。あと、無理だと思ったらすぐに家にこい」

 腕を組みながら真剣な顔でそれだけ伝えて立ち上がった。

 「お兄ちゃん」

 「ブリランテ。無理はするなよ・・・。お前まで失いたくはない」

 よく見るとボカの目には涙が浮かんでいた。

 「うん。大丈夫。私にはこどもたちとセドロがいるから」

 肩を抱く手に自分の手を重ねるブリランテ。

 「じゃあ、また来年。『ディナステーア』で待つ」

 そう言い残して玄関に向かって行く。

 追いかけるセドロ。

 「あ、待ってボカ!あいつは最後どんなだった!?」

 セドロが玄関に立つボカに問う。

 「・・・怒っていたよ。相手は『四天王』『第三位』『トゥリア・アサーナトス』・・・。敵が悪かった。フェリス・ジュニアが庇って死んだのが引き金だった。あの時俺がもっと早く動けていたら、少なくとも二人とも亡くす事はなかった」

 拳を握るボカ。

 「・・・そうか。それで?あいつは最後使ったのか?」

 「使ったよ。フェリス・ジュニアが最後の1人だったんだろう。暴走した」

 「『業火』の『銘』と『色』は?」

 「『銘』は『憤怒』で『色』は『黒』だった」

 それを聞いたセドロが崩れ落ちた。

 「・・・『憤怒』・・・あいつが?よっぽどだったんだな」

 乾いた笑いを浮かべるセドロ。

 「色もな」

 「あぁ・・・。すまない。引き留めてしまって。ありがとう」

 セドロの礼に手を振ってボカが家を後にした。

 ・・・『業火』。

 以前、セドロがボカとの試合で使っていた『魔術』の名前だったはずだ。

 『銘』と『色』に意味があるものなんだろうか?

 「・・・フェリス?盗み聞きはいけないわよ?」

 ボカが出て行ってすぐ、いつの間にか俺を覗き込んでいたブリランテがいつもの微笑みを浮かべていた。

 「・・・ごめんなさい」

 「なに!?盗み聞きだ!?いい度胸じゃねぇか!」

 聞こえていたのかセドロがこっちに来て俺の首根っこをつかんで持ち上げた。

 「ひっ!」

 「まぁま?」

 俺が持ち上げられたと同時、階段の上からサティスが寝ぼけ眼を擦りながら降りてきた。

 「サティス!寝てたのか!」

 俺をそのままブリランテに渡し、やってきたサティスを抱きかかえたセドロ。

 「さて、フェリス?話を聞いていたようだから分かるわよね?これからの事」

 あ、さっきの会話、俺にわざと聞かせてたな?

 俺は素直に頷く。

 「セドロ!サティス!」

 ブリランテがほほ笑みながらセドロを呼ぶ。

 振り返る似た顔で微笑む可愛い親子。

 「これからもよろしく!」

 「こちらこそだ!」

 笑い合う母二人。

 状況は分かっていないがつられて笑うサティス。

 

 こうして、グラナーテ家との共同生活が始まったのだ。

15時にもう1本上がります。

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