『ミエンブロ』
「とりあえずフェリス、一体狩ろうか」
「いきなりだな」
俺は短剣を抜きながらコルザの提案に返す。
「うん。 そっちの方がこっちも気をそらさずに戦えて楽だし、サティスも戦闘だけに集中したいだろうしね」
「そうね・・・。 やっぱり戦ってるときは相手の事だけ見たいわ。 でも、ちゃんと見るつもりよ!」
「頼もしい限りだけど、安全に済ませたい。 相手はただの『魔獣』とはいえ群れだからね」
「わかった。 やってみよう」
「よし。 それじゃあ作戦はこうだ」
コルザが握る直剣で地面に絵を描き始めた。
多分羊。
なんというか・・・独特だ。
「コルザ・・・。 可愛い絵ね」
サティスが驚く。
「うるさいよ! こんな感じでしか描けないんだから黙っていてくれ!」
3匹ほど書き終えたコルザはそれから少し離れた位置に棒人間を3体書く。
俺たちだろう。
「まず、フェリスが突っ込む」
ビッと線を俺の棒人間から羊に伸ばす。
「これで一体を確実に仕留めてくれ。 君なら出来るだろ? やらなきゃならないことは早めにだ」
「あぁ、まかせろ」
「うん。 で、仕留めたらすぐに戻ってくれ」
びっと元の位置に戻るように線を描く。
「戻ったらすぐに僕が前に出る。 サティスは僕の後を追いかけてきてくれ」
ぴっぴっと線を2本書くコルザ。
「ここから話す戦い方は、僕たち『ミエンブロ』の基本的な戦い方になる。 いい機会だと思ってよく聞いてくれ」
サティスが真剣な顔で頷く。
戦いの事になると途端に集中力が増すのだ。
「まず、僕が『敵』の注意を引き付ける。 今回は羊の『魔獣』だね。 群の中心に飛び込んで、全員が僕を見るように管理する」
3匹の羊の絵の中心に丸を書く。
つまり、ヘイト管理をするタンクだな?
「サティスは、僕から目が離せない『敵』を、君自慢の『剣舞術』、その高い機動力と攻撃力で攻撃。 今回は群れだから殲滅だね」
コルザが羊の周囲を円で囲いながらサティスに説明する。
獰猛な笑みで頷くサティス。
つまり、高いDPSをたたき出し、敵を殲滅するアタッカーという事だな?
「最後、フェリスは『空間魔術』を駆使して、敵の動きを止めたり、『魔素』の動きに変わりがないか、敵と味方の動きを一歩離れたところから観察して『情報』を集めて共有したりと、色々とサポートをしてほしい」
コルザは俺の棒人間から2本線を引いて、全体を見渡していることを表現した。
「今回は『魔獣』の群れだから難しくはないと思うけど、敵によってはサティスと一緒に前に出たり、『魔術』を使用するような相手だったら収集する『情報』が増えたりして、正直一番忙しいと思う」
コルザが俺を見つめる。
つまり、戦闘の支援役。 サポーターという事だな?
「でも、フェリスは、こういうの得意だろ? 情報を集めて味方のために使ったり、一歩下がったところから全体を見渡したり。 それもかなり慣れているね? 前世とやらの経験かい?」
ニヤッと笑うコルザ。
照れるな。
まぁ、確かに一歩下がった位置から全体を見渡し、必要な援助や補助、支援をするのには他の人よりはできる自信がある。
保育の業界はそういう仕事だからな。
個々の特徴をしっかりととらえ、全体の動きを把握しながら必要に応じて援助や支援をする。
何10年もやってきたのだ。
これで、他の人より出来てなければ何をしてきたのかと言われてしまう。
まぁ、俺なんかよりすごい人は沢山いるのだろうが。
「わかった。 任せてくれ」
「うん。 頼もしいね」
「フェリスの支援はすごいのよ! とっても戦いやすいんだから!」
「何回も聞いたよ。 頼りにしてる」
笑顔で俺に言って視線を羊に戻した。
「さっきも言ったけれど、今の戦い方が僕たち『ミエンブロ』の基本になる。 状況や場合に応じて変わることもあるだろうけど忘れないでくれ」
「わかったわ!」
「了解!」
「よし。 それじゃあ、フェリス、行っておいで」
「わかった! 『空間魔術』 『空間把握』『魔素』」
目に『魔素』を集めて視界を青く染める。
羊たちの体に、黒い『魔素』が集まる箇所があることを把握。
あそこに『魔石』がある。
俺は羊に向かって構え、ステップを踏んで進む。
突発的にリズムを上げた。
「『剣舞術』『クラコヴィアク』!」
刺突一閃。
それは、手前の『魔獣』の『魔石』を貫いた。
予定通り仕留めた俺はバク転で一気に元の位置に戻る。
「やったぜ!」
「確かに確認した」
コルザが俺の右前で腕を組み頷く。
そしてすぐに目を瞑る。
「『空間魔術』 『亜空間把握』『全』 『亜空間掌握』」
ゆっくり目が開けられていく。 瞳が青く輝く。 左右に黒い穴を作り出す。
中心前にコルザ。
1人分開けて右隣にサティス。
コルザが直剣を構える。
サティスも曲剣を振って構える。
俺も『空間把握』『魔素』を切らさず、短剣を修めて直剣を抜き構える。
「それじゃあ、やろうか」
「えぇ! やるわよ!」
「あぁ!」
「『ミエンブロ』、戦闘開始だ!」
コルザの合図。
コルザは言うと同時に駆け出す。
それにわざとワンテンポ遅れたタイミングで追いかけるサティス。
先ほど仲間が一体殺された『魔獣』たちがこちらに威嚇を始めていた。
「『転移』!」
コルザが『転移』を使用。
『魔獣』たちの中心上空に躍り出る。
「『空間剣術』『転移切断』!」
ズドンッとギロチンのような勢いで首を跳ねた。
周囲の『魔獣』たちの視線が突如現れたコルザに向かう。
「コルザ! そいつの『魔石』は胸だ!」
俺は羊の『魔獣』を覆う『魔素』の発生源を、『空間把握』で把握する。
首を跳ねられた羊は、動けていないがまだ死んでいない。
「助かるよ」
言いながら胸を突き刺して『魔石』を破壊。
コルザは今、『亜空間把握』を使用しているため、『空間把握』『魔素』を使う余裕がないはずだ。 流石にまだ難しいと朝の情報交換で聞いた。
サティスは『野生の勘』で分かるから支援は必要ない。
まず俺は、コルザの目になるべきだ。
コルザが攻撃を食らわせる『魔獣』の『魔石』のありかを叫んで知らせる。
「『剣舞術』『フォリア』!」
サティスの声が響いた。
外側の『魔獣』たちの『魔石』を砕いていくサティス。
『魔獣』たちがサティスの存在に気づき、注意をそちらに向けようとし始める。
「おや? 僕を無視しないでくれよ。 『射出』!」
言いながら、注意をそらそうとした『魔獣』に向かって手を伸ばした。
同時。
黒い穴から槍が飛び出た。
それは見事に『魔獣』を貫く。
「お。 いい威力だ。 フェリスの助言には感謝だね」
ニヤッと笑うコルザ。
俺は、朝の情報交換の際に、前世のゲームキャラ。 どこぞの『英雄王』の技を出来ないか提案してみたのだ。
それをやってのけた。
「初めて使うけれど、うん。 初めてでこの体力消費なら、普段使いはしやすそうだし素晴らしい・・・ね!」
また別の穴から槍を『射出』するコルザ。
それは別の『魔獣』を貫く。
再度、周囲の『魔獣』たちの注意がコルザにそれる。
その隙にサティスが打ち込む。
と、コルザのヘイト管理から逃れた一番外側の『魔獣』が、サティスの斜め後ろに移動しているのが見えた。
正面しか見ていないサティスの死角から迫っているのだろうが。
「『空間留置』!」
俺はその『魔獣』の周辺の空間を掴む。
手を握って『魔獣』をその場に留める。
もちろん、コルザの目になる役目も忘れていない。
「サティス! 後ろ! コルザ! そいつは右後ろ足の付け根だ!」
「ありがとう!」
「すまない! ちょっと新しい『魔術』に夢中になってた!」
コルザが俺の指示した箇所を剣で切りつけて『魔石』を破壊し、剣を鞘に納める。
間髪いれずに今度は『取出』で左隣の穴から右手で槍を取り出し、回転させて地面に突き立てた。
そのまま、とてつもないスピードで『棒舞術』を舞い始めた。 ポールダンス特有のくるくると回転しながら登り降りする『型』。 登り降りしながら広げられる手足が、周辺の『魔獣』たちにダメージを与え続ける。
キレのある美しい舞。
ヘイトが切れる隙を作らない見事な『舞』。
サティスは、作戦どおり着実に、素早く『魔獣』を仕留めていく。
あっという間に殲滅。
「さーいっご!」
サティスの『タンゴ』による縦切りが、最後の『魔獣』の『魔石』を砕いた事で、今回の戦いは幕を閉じた。