『おしえてよ』
翌日。
久しぶりに、サティスと2人での早朝ランニングをこなし、道場で筋トレを行った。
途中から合流したラーファガを加えて3人で『剣舞術』の練習をしたり、あくびをしながら入ってきたコルザと『空間魔術』の事で情報交換をしたりと、気づけば朝食の時間を過ぎてしまっていた。
コラソンに呼ばれた俺たちは4人で仲良く朝食を食べ終え、家に帰るラーファガと別れて『王城』へと向かった。
『ファセール』にパンを届けるためである。
ファセールにパンを届けるのは、毎朝の仕事になるらしく、今日は3人揃っているが、サティスの希望で、明日からは基本的にサティスが届けることになっている。
俺だって行きたかったが、ボカに事務仕事の手伝いを頼まれてしまった。
計算と読み書きができる俺の存在が必要らしい。
悔しいが、ここはサティスに任せるしかないと諦めた。
『城下街』『ディナステーア』。
『北区』『貴族街』。
『王城』『ファセールの部屋前』。
サティスは、コラソンから渡されたファセールのパンが入った籠を握る手に力を込めていた。
緊張しているのだろう。
「どうしてかしら、とても緊張するわ」
サティスがそわそわし初めた。
「俺も」
それは俺もである。
なんだろうこの胸の高鳴りは。
まるで、推しに会う前の緊張感のようだ。
「いいかい? 彼女はお姫様だ。 粗相のないように頼むよ?」
コルザが眠そうな顔で言う。
「お、おう」
「き、気を付けるわ」
「うん」
頷きながらコルザがドアをノックした。
「・・・はい」
中から声がした。
鈴の音のような綺麗な声音。
「昨日も思ったけれど、綺麗な声ね」
サティスが胸元に手を持って良き、頬を赤く染めている。 感動しているのだろう。
「『ミエンブロ』です。 お届け物に来ました」
「あ、そこに置いておいてください」
「わかりました」
言いながらサティスから籠を受け取り、ドアの前に置くコルザ。
「じゃ、今日の目的を果たしに行こうか」
「「ちょっと! えーーー!?」」
俺とサティスが同時に声を上げた。
「う、うるさいよ! 姫様がびっくりするだろう!?」
「うぅ! でもでも!」
サティスが食い下がり、ドアに近づく。
俺も一緒に近づく。
こんなあっさり!
顔も見れないなんて!
「あ、こら! ファセールに迷惑かけないでよ!?」
「昨日の話、覚えているかしら!?」
サティスが中にいるであろうファセールに声を掛けた。
俺も聞き耳を立てる。
「・・・無理だよ。 私は外の世界に出ることは叶わない」
悲しそうな声だった。
俺とサティスは互いに目を合わせる。
頷きあう。
元気づけねば!
「私、諦めないから!」
「聞いてくれ! ボカが、俺たちの実力を王様に認めさせたら、『城下街』に『ファセール』を連れ出しても良いって約束を取り付けてくれた! だから、必ず俺たちの実力を認めさせる! 出来たら一緒に外に出よう!」
返事は無かった。
サティスは一歩前に踏み出した。
ドアに手をつく。
「・・・いや・・・かしら」
寂しそうな顔と声だった。
「・・・どうして、そんなに私を気に掛けるの?」
ファセールの質問だった。
「あなたと友達になりたいからよ」
サティスが正直に、優しく答える。
「どうして?」
「あなたが寂しそうだったから」
「・・・私は、寂しくなんてないわ」
「ファセール。 1人は寂しいわよ」
「・・・わかったような事言わないでよ」
「えぇ、ファセールの事はわからないわ。 でも、1人になる怖さと寂しさはわかる」
「・・・でも、あなたは1人じゃない」
「えぇ、そうね。 私にはフェリスや大切な友達がいてくれたもの」
「じゃあやっぱり私とあなたたちは違う!! 私の何が分かるのよ!!」
ビリッと、空気が震えるほどの絶叫。
「えぇ、そうね。 私、ファセールの事はまだ何もわからない」
優しく、包み込むように微笑み、優しく語り掛けるサティス。
その雰囲気は、どこかブリランテを思わせた。
「だったらほっといてよ!!」
再度響く怒声。
しかし、その怒声は震えていて、同時に助けを求めているようにも聞こえた。
サティスも同じように思ったのだろう、正面から叫び返す。
「いや! ほっとかない!! だから知りたいのよ!!! ファセールのことをおしえてよ!!!!」
沈黙。
「俺もファセールの事を知りたい。 知ってちゃんと友達になりたい」
俺もサティスの隣で声をかける。
しばらくして、ドアが開き始める。
キィッと音を立てて開いていくドア。
中から、涙ぐむ赤い瞳の純白の少女が現れた。
「・・・私に関わったら、死んじゃうよ」
「「死なない」」
俺とサティスが強く否定する。
「・・・2人で『無敵』になるから?」
ファセールの問いに笑うサティス。
「わかってるじゃない」
「ふふっ。 意味が分からないよ」
ファセールが笑った。
花の咲くような、美しい笑み。
俺もサティスも見惚れてしまうほどの笑みだった。
必ず、外に連れ出し、たくさん話をしようと思った。