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努力畢生~人生に満足するため努力し、2人で『無敵』に至る~  作者: たちねこ
第一部 乳幼児期 『2歳編』
11/566

2歳 1

 俺は2歳の誕生日を迎えた。

 去年同様、喫茶店『トールトロス』内にて、道場『アルコ・イーリス』で鍛錬を積んでいる子どもたちと手の空いている母親たち、ブリランテとセドロ、ソシエゴとカッハにベンタスがお祝いしてくれている。

 その中心、俺とサティスはまたもや新しい服に身を包み、初めての料理に向かって並んで座っている。

 まあ、フリフリの新しい服が似合っていてとっても可愛いサティスは、落ち着きなく立ち上がろうとしているが。

 この2年、食事らしい食事は全くなく、最初の1年くらいはブリランテからの授乳のみ。

 1歳の誕生日を迎えてからは、羊の乳で作られたミルクとすりつぶされた果物や野菜などの前世でいう離乳食のみ。

 俺の感覚ではだいぶ遅いペースだが、この村では2歳の誕生日にやっと固形物を食べさせる事になるらしい。

 隣の席でセドロに抑えられながら座っているサティスも初めての固形物を食べる事になる。

 「あぁあ!!」

 抑えられているサティスが叫ぶ。

 セドロが暴れるサティスを押さえながら不思議がる。

 「どうしてうちの子はしゃべらないんだ?しかも落ち着きないし・・・」

 最近、俺がしゃべりだしたので、それで不思議がっているのだろう。

 「・・・私の乳の出が悪いからか?」

 不安そうな顔である。

 奥さん、言葉が出るまでは個人差ってのがあるんだぜ。

 授乳の役割なんて、栄養補給と免疫向上、愛着形成くらいだ。

 他の物で十分満たせる物だから気にするんでないぞ。

 まぁ、前世の感覚なら簡単な言葉も出ないのはかなり遅いと思うし、栄養は十分か不安にも思うが・・・。

 まぁ、栄養不足をこれからは料理が解決してくれるだろう。

 俺は目の前にある初めての料理を見る。

 この世界初の食事らしい食事だ。

 その料理は『シチュー』に似た何か。

 この世界の言葉を勝手に解釈して『シチュー』と呼んでおこう。

 具は、初めての固形物だからかドロドロになっている。

 そのシチューから視線を上げると、その先には俺を見るブリランテ。

 聖母のような微笑みを浮かべながら、俺が食べるのを今か今かと楽しみにしている。

 「私が作ったのよ?食べてくれるかしら?」

 美人に見つめられて照れるぜ。

 そしてこれはブリランテが作ってくれたのか。

 家で毎日のように美味しそうな匂いがしていたから、やっと食べる事ができると感動すら覚える。

 さて、では、いざ。


 実食!!


 俺は手を合わせる。

 ブリランテが俺の様子に首を傾げた。

 ・・・?なんだ?

 変なことでもしただろうか?

 まぁ、よくわかないがとりあえず置いておいてスプーンを持ってシチューをすくう。

 今度は驚いた顔をしていたが今はシチューだ!

 口に入れる。


 ・・・同じだ。


 覚えのある味と共に前世の記憶が甦る。

 何でもない、一家団欒と言える夕食風景。

 そんな、当然のようにあった毎日。

 当然のように口にしていた母の手料理。


 今では、何をどうしたって味わう事が出来ないあの味。

 

 耐えきれずに涙が溢れだした。


 目の前で突然泣き出した俺を見て慌てるブリランテ。

 「大変!熱かったかしら!?」

 「だいじょぶ。おいし」

 俺は努めて笑顔で答える。

 何度も口に運ぶ。


 うまい。


 同じなのだ。

 前世の母親が作った料理と同じなのだ。

 素材も調味料も違うのだろう。

 厳密には味も違う。

 だが、なぜだろう。

 同じなのだ。

 うまく言えない。

 前世で食べていた母の手料理に似た物を感じるのだ。

 

 涙ながらに味わう。

 前世でのさまざまな思い出が頭をよぎる。

 沢山の後悔が押し寄せる。

 最後の瞬間の寂しさと痛みも思い出す。


 あぁ・・・俺は本当に死んだんだ。

 あの世界にはもう二度と戻れないんだ。


 弟家族は元気に過ごしているだろうか。

 最後にもう一度くらい友と酒でも飲めば良かった。

 父ともっと語り合いたかった。

 母にはもっと礼を言いたかった。

 夢を諦めなければ良かった。

 幼馴染みともっと関われば良かった。

 自分に自信が持てるだけの努力をすれば良かった。


 いや、こう言った後悔をしないために全てにおいて努力すべきだった。


 人との繋がりを持ち続ける努力。

 夢を追いかける努力。

 自分に自信を持つための努力。


 死んだら全てが無駄になるなんて事はなかったのだ。

 少なくとも最後の瞬間はあんなに後悔だらけで孤独な物にはならなかったはずなのだ。


 シチューを完食する。

 手を合わせる。


 この世界に転生して気づけば2年。

 体に力が上手く入るようになってきた。

 歩けるし走れる。

 考える事ができるし、感情も制御できるようになって来た。

 話せるし、物も食べられる。


 そろそろ行動を始めよう。


 前世の後悔を・・・。

 努力を否定して終わった人生をやり直すために。

 神の気まぐれかなにかは分からないが、せっかくの2度目の生。


 頑張ってみよう。

 

 この世界では最後笑えるように。

 

 一生懸命努力してみよう!


 ○


 とは思ったが、一体何を頑張ればいいのか・・・。

 誕生日を迎えた日の夜。

 ベビーベッドから、自室のベッドの上に寝る場所が変わった。

 ドアを開けているところを見るにブリランテがすぐに駆け付けられるようにそばにいてくれているのだろう。

 迷惑はかけないぜ母上よ。

 俺は目を瞑って現状を整理してみる事にした。

 まず、この世界はまず間違いなく異世界である。

 『魔術』と『剣術』が存在する異世界。

 そのどちらかを極めるのは良い手かもしれない。

 この世界ならではの事をするのは楽しいかもしれないしな・・・。

 次に、前世の後悔をもう一度思い返してみる。

 一つ、全てにおいて努力を軽んじた事。

 二つ、人との繋がりを持ち続ける事をしなかったこと。

 三つ、親孝行できなかったこと。

 四つ、夢を諦めたこと。

 他にも沢山あるが、大きくこの4つだろう。

 で、あればこの後悔を晴らす努力をしていこうと思う。

 夢で思い出したが、俺は『漫画家』になりたいという夢を持っていた。

 保育の業界に進んでからは絵を描く時間なんて取れなかったし、体力もなかった。

 ・・・いや、言い訳だな。

 そこで頑張らなかったから、きっと何も得られなかったのだろう。

 だから、今こそその夢を拾ういい機会かもしれない。

 幸か不幸か、この世界に漫画や絵本が存在していない。

 俺が開祖となれる可能性があるのだ。

 紙とペンがあれば描いてみよう。

 最後に、今できることを考える。

 『剣術』は、来年から『アルコ・イーリス』に仲間入りして学ぶ予定だ。

 と言うのも、コルザに俺もやりたいことを伝えてみた時に3歳になったらと言われたからだ。

 『魔術』は、どうも情報が足りない。

 情報収集をしていこう。

 『漫画家』の夢を拾うにしても紙とペンは必須になりそうだ。

 親孝行に関しては、正直まだ孝行のしようがない。

 悲しませないように立ち回るのが精いっぱいだろう。

 父親に関しては戦争に行ってしまったわけだし。

 後、前世ではかなり不健康だった。

 今から体力づくりや規則正しい生活習慣を身に着けていけば後々役立ちそうだ。

 そして、友好関係。

 『アルコ・イーリス』の子たちとの関係を築いていきたいと思う。

 多分、長い付き合いになるだろうから一緒にいられるように努力していきたい。

 何よりも『サティス』だ。

 彼女はこの世界での幼馴染となる。

 この世界で初めて認識した色を持つ彼女。

 少なからず特別に思っているところは正直ある。

 が、間違っても恋愛感情の方に行かないように気を付けなければ。

 前世のような事には絶対にしてはならない。

 大人になっても仲の良い友達でいられるように彼女との関係を大切にしていきたいと思う。

 と、いう事でこれからしばらくは。

 ・体力づくりと規則正しい生活習慣。

 ・友好関係の構築。

 ・『魔術』の情報収集。

 ・紙とペンの捜索。

 この4点で動いていこう。

 明日から忙しくなるぞ!


 ○


 翌日、俺とサティスは早速走り回っていた。

 俺の提案でソシエゴさんが散歩に連れ出してくれたのだ。

 来たのは村の中心。

 小高い丘の上。

 1本の大きな木が村を見下ろすそんな丘の上。

 丘の上では村が一望できる。

 木から見て右側には大きな原っぱ。

 羊が放牧されている。

 その奥に生まれてすぐに行った駅がある。

 視線を左に動かす。

 柵を超えた先に俺の過ごしている村がある。

 青い屋根の俺の家、隣にサティスの家。

 ちらほらと見える木造の家々。

 中心にあるのは、ひと際大きな家。

 村長であるプランターおじいさんの家だ。

 そこからさほど離れていない位置に2階建ての喫茶店『トールトロス』がある。

 なお、村の周囲は森で遠くまで木々に覆われている。

 丘の後ろは山だが。

 さて、今度は丘の上の大きな木を中心に村の周囲をぐるっとサティスと手を繋いで見渡し歩いてみた。

 村は基本的に森の中にある。

 しかし、木を中心としてみた際の左側。

 俺たちの家がある集落の側。

 森が続く風景のその奥に、明らかな人工物が見えた。

 はるか遠くでもわかるその大きさ。

 それは大きな壁だった。

 巨人でも存在してんのか?

 と、つっこみたくなるその巨大な壁。

 こちら側を守るようにたてられているその壁。

 右は森の果ての地平線まで続き、左は前世でいうエアーズロックのような巨大な山の右側を貫いていた。

 まるで国境、ベルリンの壁、万里の長城である。

 しかし、そのスケールの大きさは比べようがない程に巨大。

 感動すら覚える。

 駅から延びる線路も目で辿ってみたが、森に入ってしまって良く分からなくなった。

 残念だ。

 あの線路はどこまで続いているのだろうか。

 いつか、冒険もしてみたいな。

 壁の果てには何があるんだろうか。

 壁の先には何があるんだろうか。

 線路の先は?

 森の彼方は?

 他にも村とかあるのだろうか?

 ワクワクしてきた。

 その気持ちをぶつけるように俺は駆け回る。

 サティスがそれについてきゃっきゃっと笑顔でついて来てくれていた。


 ○


 その日の晩。

 俺は早速ブリランテに紙とペンが無いか聞いてみる事にした。

 「ねぇねぇ、紙とペンはある?」

 俺は覚えたての言葉を使って、何やら忙しそうに大きなカバンに物を詰め込んでいるブリランテに聞く。

 「え?紙とペン?」

 手を止めて頬に手を当てながら俺の方を見る。

 「どうして突然?」

 「絵を描いてみたくて」

 「絵?」

 「うん」

 「・・・わかったわ。ちょっと待ってて」

 首をかしげて何かを考えていたようだったが納得し、2階へと消えていった。

 待っている間、ブリランテが詰め込んでいたカバンを見やる。

 着替えですでにパンパンである。

 一体どこに行くというのか。

 「おまたせ~」

 言いながら2階から居間に戻ってきたブリランテの手には3枚の紙と使い古された万年筆と青いインク。

 「これでいいかしら?」

 万年筆か・・・。

 練習には向かないな。

 「『鉛筆』とかって・・・」

 「enp・・・?ごめんね?よく聞こえなかった。もう一回言って?」

 ・・・無いのだろうか?

 俺は首を振る。

 「ううん。万年筆だけ?」

 「だけ・・・?ほかに何かあるの?」

 おぉ・・・そういう事か。

 この世界には万年筆以外の筆記媒体が無いのかもしれない。

 「いや、大丈夫!ありがとう!」

 俺はお礼を言って3枚の紙と万年筆、青いインクを受け取る。

 青いインクに違和感。

 そして紙もあまり綺麗ではない。

 なんというか、コピー用紙とは違う手触りで明らかに俺の知っている紙とは違うのだ。

 「紙は貴重な物だから、大切に使うのよ?」

 俺は紙からブリランテに視線を移す。

 いつもの微笑みである。

 「わかった!」

 製造方法とかはよくわからないが、もしかしたら昔読んだことのある本にたびたび出てきた『羊皮紙』と言われるものかもしれない。

 羊飼ってる村だし。

 この紙は練習用には使えないな・・・。

 「さて、私は準備があるからもう寝るのよ」

 言いながら俺の頭を撫でてカバンに向き直った。

 「・・・どこかに行くの?」

 「え?あぁ、そうだったわ。突然すぎてまだ言ってなかったわ」

 ポンッと手を叩いて再度俺の方を向く。

 「私、お仕事でちょっとの間留守にすることになるのよ。セドロと一緒にお留守番はできるかしら?」

 「それは大丈夫だけど、どこまで行くの?」

 どこと言われても分からないだろうが。

 「えぇ、セミージャちゃんを学校まで送っていくのよ」

 ほう?

 学校と言ったか?

 この世界にも学校があるのか。

 「学校?」

 「えぇ、『獣王国領』にある大きな学校。『魔術』と『剣術』が学べるところよ?ちょっと前に勇者様が訪れてから更に学びやすくなったって聞いているわ」

 なにそれ、めっちゃ気になるんだが?

 と言うか待ってくれ、『獣王国』って言ったか?

 ブリランテが読み聞かせてくれる『勇者伝説』にも登場していたが、やはりいるのだろうか『獣人族』。

 耳と尻尾があるあの種族。

 一度でいいから見てみたいものだ。

 「そうなんだ!見てみたい!」

 「そうねぇ・・・大きくなったら行かせるのも良いかしら?・・・今の私たちなら二人を入学させるお金もあるし」

 「本当に!?」

 「えぇ!・・・ついでに『ブランコ村』の子も一緒に入学させるのも手ね・・・今度相談してみようかしら」

 ・・・?

 最後の方はブツブツと何か言っていたが、まぁいい。

 将来学校に通えるぞ!

 しかも『魔術』を学べる!

 異世界の学校、面白そうで今から楽しみだ!


 その日から3日後、セミージャがブリランテとともに蒸気機関車に乗って『プランター村』を旅発って行った。

 手の空いている村人全員で送り出した。

 もちろん俺とサティス、セドロや『アルコ・イーリス』のメンツも一緒だ。

 ソシエゴは泣いていた。

 仲の良い友達が村から離れる事になるのだ、寂しいのだろう。

 サティスが涙を流すソシエゴの側により、抱っこして貰うとおもむろに頭を撫で始めた。

 それでちょっと元気が出たらしい。

 ソシエゴは笑顔に戻っていつもの日常に戻っていった。

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― 新着の感想 ―
[良い点] お母さんと同じ味のシチューにはジーンとしてしまいました。 ここでフェリスの気持ちが決まったんですね! まだ小さいですが、ゆめもあって素敵です。 彼がどんな努力を積み重ねていくのか、今後の展…
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