王太子妃の覚悟も、ここまでのようです
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本日19時に最終話をアップします。
よろしくお願いいたします。
ここのところ、グレイシアがおかしい。そわそわと外を見たり、王城に用事がある時に率先して行ってくれたりする。特に、食材の調達と申請・報告などの書類関係の提出となると、勇んで立候補し、出かけている。そして・・・30分あれば帰ってくるなずなのに、3時間経っても帰ってこないことが続いた。
「グレイシア、どうしたのかしら?」
「ん?シア?さっき王城で見たよ。」
「書類を置きに行っただけなのに、もう2時間以上帰ってこないの。犬舎の仕事をさぼっているのかしら?」
「んん?リア、気づいていないのか?」
「え?何かあったの?」
途端にキオーンが悪い顔になる。
「秘密。」
「え~、教えてよ!」
「シアにばれたら何されるか分からないから、どうしようかな?」
「キオーンのケチ!」
キオーンがぷっと吹き出す。ラヴィーネとアルも並んで私たちを見ている。
「シアにはね、『お気に入り』がいるんだ。」
「お気に入り?」
「そ。」
「へ?何それ?」
「まだ分からないかな~?」
私は真剣に考える。お気に入りが『いる』。ん?『いる』?
「可愛い子でも見つけたのかしら?グレイシアは昔から、可愛い子を見るのが好きだから。」
「残念。間違い一つにつき、俺がリアにキスする権利が一つずつ増えていくよ。」
「え、聞いてない!」
「さあ、何だと思う?」
「人間だと思うの。」
「そりゃそうだ。もう少し絞らないと!」
「・・・友だち?」
「一歩近づいたが違う。キス2。」
「ちょっと!え、じゃあ何・・・まさか、ストーカー?」
「今のシアは、ある意味ストーカーになりつつある。時間制限があるからこの時間で済んでいるのかもしれない。」
「まさか、片思い中ってこと?」
「相手がどう思っているのかは分からないが、シアには好きな人がいるらしい。」
「誰?」
「知りたい?」
「知りたい!」
「じゃ、罰のキス2、もらってからだ。」
抗議の声を上げる間もなく、私の口が塞がれた。キオーンのディープキスは長い。下手すると10分くらい続くことがある。私は必死にキオーンの胸を叩いたがキオーンは微動だにせず、私を堪能している。ようやく離された時、乱れた呼吸を整えるので精一杯な私を見て、キオーンが蕩けるような笑みを浮かべた。
「顔真っ赤。目も潤んで、こんな顔させているのが俺だと思うと、ゾクゾクする。」
「キオーン、あなた加虐趣味じゃないでしょうね?」
「俺は大事なものを傷付ける奴の気持ちが分からない。大事に大事にするタイプだよ?」
ふ~ん。ジト目で見る私に、まだあと一回あるとキオーンは目を輝かせて言った。
「後でね。今は駄目になっちゃうから、駄目。」
「え~、駄目になるってどうなるの?」
「お・だ・ま・り・な・さ・い!」
キオーンはケラケラと笑っている。下町には、こういう笑いがあった。公爵家には無かった。私の好きな、太陽みたいな笑い。それが、キオーンとなら得られる。私の中で、キオーンを離せないという思いがますます強くなる。
「ん?どうした?」
「あなたの笑い方が好きだなって・・・貴族らしさがなくて、心の底から笑っている感じがして、私もすっきり笑える。」
「そうか。貴族の微笑みは、裏に何があるか分からないからな。怖い怖い。」
「本当ね。」
クスクスと、お互い笑い合う。ああ、こんな毎日がずっと続いてほしい。
だが、そこに入ってきたグレイシアによって、私とキオーンの幸せな時間は断たれてしまった。
「あ、あの・・・陛下が、スティーリア様をお呼びです。」
グレイシアによると、王城で書類を提出した後、片思い中の騎士さんが鍛錬している所をこっそり覗いていた。満足して後ろを振り返ると、国王・宰相・そして護衛の皆さんにがっつり囲まれていたという。
「久しぶりだな、スティーリアの侍女殿。追いかけっこは終わりだ。すぐに王城に戻れとスティーリアに伝えよ。」
グレイシアははっとして国王を見上げた。厳しい顔で、これはもう逃れられないと観念した。騎士の一人が合図すると、さっきまでグレイシアが堪能していた騎士がやって来た。
「彼は囮だったんだ。お前の好みは調べ上げてある。餌に食いつくまでに時間がかかったが、しっかり食いついたな。」
宰相の言葉に、グレイシアは唇を噛んだ。エイスが忠告してくれていたのに、油断していた。そして、好みのタイプのイケメン騎士を見つけて一人で舞い上がっていたのだ。その騎士が見張りとして付けられた。逃げずに犬舎に戻り、私に話すのを確認すると言われたと言って、グレイシアは泣いた。
「じゃ、その騎士はそこにいるの?」
私は少しだけ開けられたドアの向こうに向かって、声を掛けた。廊下から、チラリと横顔だけを覗かせた騎士は、会釈するとその場に背中を向けて立った。
「感じが悪い男ね。」
「だから、見た目に騙されているって俺も言っただろう?」
「ごめんなさい、ごめんなさい!」
「気にするな。国王陛下は、リアたちがここにいることを、少し前から知っていた。今日のは、おおっぴらにリアたちを呼び出す口実だ。やり方がスマートではないな。」
ぐすぐすしているグレイシアに、私は声を掛けた。
「さあ、作業着で行きましょうね。私は他人に自分の生き方を決められたりなんてしない。私が選んで、私の人生を生きるのよ!」
キオーンを振り返る。瞳が揺れている。
「大丈夫。私、しっかり闘ってくるわ。」
「俺も後で行くから。」
「待っているわ。」
キオーンは通り過ぎようとする私の腕を引いて私を抱き寄せると、そっと唇にキスをした。一瞬見つめ合った私たちは、何も言わなかったがお互いの心が理解できた。頷き合う。キオーンは私の手を取ると、エスコートの形を取った。私とグレイシアが犬舎の外に出ると、あの騎士が待ち構えていた。キオーンのエスコートを見て眉をひそめたが、キオーンが私の手を離すと「必要でしょうか?」と尋ねてきた。
「任務とは言え、人を騙すような人間の手を取ることはありません。」
私の言葉に、騎士は私を一瞬睨み付けた。
「私が誰か分かった上で、そういう行動をしたこと、陛下に報告しておきます。」
「待ってほしい。私はそういうつもりでは・・・。」
「そういうつもりではなかったとしても、相手にそう受け取られた時点で不合格。あなたは試す側だと思っていたかもしれないけれど、あなたは試されていたのよ。残念ね。」
騎士は恨みがましい目をしたが、任務に従うことにしたらしい。私たちの前に立って歩き始めた。私は後ろを振り返った。キオーンの姿は、既にそこにはなかった。
・・・・・・・・・・
王城に着くと、私は王太子妃の部屋に連れ込まれた。侍女たちに囲まれて、作業着を脱がされそうになった私は、全力で拒否した。
「私は毎日この作業着を着て、楽しく過ごしていたんです。陛下の御前にふさわしくないなどと言わせません!」
私の剣幕に、侍女たちが引いていく。筆頭侍女が「ですが、」と言いつのるのを手で制止する。
「このままで。」
あの執事さんが走ってきた。
「妃殿下!」
「私は本当に王太子妃なのですか?」
誰もが何も言えなかった。私はあの窓を開け、窓枠の所に立ち上がった。ドレスでは上がりにくかっただろうが作業着だ。
「私は王太子妃の扱いでこの王城に入ったわけではない。誘拐されてきたのです。その上、妃と言われながら相手は誰か明かされず、セリオン殿下かと思えばそのセリオン殿下から王城を追放されました。この中の誰も、私を助けようとはしなかったわ。できなかったなんて言わせない。あなたたちも私の立ち位置に迷っていたからこそ、確実な身分の者の言うことに従ったわけでしょう?なぜこんな目に遭ってまで、私がこの国に尽くさねばならないのですか?私を虐げておいて、その上私に責務を負わせるなど、断固拒否します。それでも無理矢理私を陛下たちの御前に引き出すというのなら・・・。」
私は外を見た。
「私はベンティスカではありません。ここから落ちれば、死ねるでしょうね。」
「妃殿下!おやめください!」
「妃殿下!なりません!」
妃殿下、妃殿下とうるさいだけの声が響く。太陽は傾いて次第にオレンジ色の空が広がり始める。グレイシアは先ほどの騎士に連行されたため、この部屋に私の味方はいない。私の生まれがどうであろうと、私は運命に流され、泣き暮らして生きるくらいなら、ここで私らしく命を絶って全てをリセットしよう。キオーンを遠くに見る、あるいは二度と会えない、そんな世界に、私の居場所はないのだから。
騎士か使用人が両陛下に伝えたのだろう、両陛下が慌てた様子で王太子妃の部屋にやって来た。
「スティーリア、何をしているのだ!ただちにこちらへ!」
「そんな所にいたら落ちてしまうわ!早く戻っていらっしゃい!」
私は首を横に振った。
「私は、自分で生き方を決めます。他人に決められた生き方なんて、まっぴらごめんですわ。」
「お前のお爺様とも約束したのだ、必ずお前を王家に迎えると。父との約束を反故にしたくない!」
「それはあなた方の都合です。私には私の都合・考えがあります。」
「何が不満なの?」
王妃陛下が私に尋ねた。
「王太子妃は将来、王妃になる。スティーリアに成し遂げたいことがあるのならば、権力を持つ必要があるの。たとえ今すぐできなくても、王妃になればできるのよ?」
「あなた方はその条件として、セリオン様かリオート様との結婚を私に選ばせようとしているわ。そして、セリオン様は自爆した。リオート様に私が犬舎のリアだと知らせたのは、あなた方でしょう?リオート様からは、毎日脅迫まがいの手紙が届きましたから。」
「きょ、脅迫ですって?」
「ええ。黙って早く婚約者になれ、さもなければキオーンを殺すと。」
王妃陛下の顔がおかしい。その言葉がうれしいと言わんばかりの表情だ。国王陛下もその表情に気づくと、「お前!」と罵るような声を上げた。
「まさか、お前がリオートに・・・。」
「ええ、そうよ。だって、セリオンが失敗したんだもの、リオートにやってもらう他ないではありませんか。」
「だが、なぜキオーンを害するなどと・・・」
「邪魔だからですわ。」
「やはり黒幕はお前か!」
王妃陛下は何のことかしら、と言って扇で顔を隠した。王妃を睨み付ける国王と、視線を逸らし続ける王妃。室内の緊張感は一段高まった。
今なら、このまま飛び降りてそのまま逝けるかもしれない。
私がそう思って窓の外を見ようとした時、新たな侵入者が現れた。セリオンとリオートだ。二人とも王子らしい格好をして、その手にそれぞれ花束を抱えている。108本の赤いバラの花束だ。品種まで同じときている。同じ花束なんて用意して、どうするつもりなのだろう?二人は国王と王妃の険悪な空気に気づかないのか、「遅くなりました!」と明るく言うと、私の前に跪いた。
「スティーリア!私の妃として城で待っていてくれたにも関わらず、追い出してしまって悪かった!私をたぶらかしたベンティスカはもういない。どうか、私の元に戻ってほしい!」
セリオンが芝居がかった表情で花束を差し出した。
「いえいえ、兄上は聖堂からも立太子を反対され、軍でも下っ端に落ちた身。そんな人にスティーリアを任せるわけにはいかない。ここは私が責任を持って、スティーリアとともにこの国をよくしていくと誓おう。」
リオートはセリオンを思い切り貶してそういうと、同じ花束を差し出した。
「さあ、スティーリア、どちらか選びなさい。選択肢があるだけいいでしょう?」
王妃様の目が異様に輝いている。私はかぶりを振った。
「いいえ、私はどちらも選びません。私を虐げたり脅したりするような人と結婚して、幸せになれると思いませんもの。」
「ではどうするの?」
私はもう一度窓の下を見た。既に空は暗い。ここから落ちれば絶対に助からない。だからこそ、もうこの人たちの思い通りにさせずに済む。
私はゆっくりと室内の人々を見た。誰もがその内私が折れるだろうという顔で見ている。
「さようなら。」
私は窓の外に飛び出した。
読んでくださってありがとうございました。
次回(本日19時)完結予定です。
まだ出てこないキオーン君は何をしているのでしょう?
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