関係各所に気づかれたようです
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今日はわんこが暴力を振るわれます。ご承知置きください。
よろしくお願いいたします。
あの日以来、私は犬舎で御使い様たちのお世話をしながら、いろいろなことを考えた。この国の問題点。例えば、「御使い様」などと言ってポメラニアンを祭り上げているが、王家を筆頭に、飼っているだけの人が多い。貴族は自分の子どもさえ世話しないのだから当たり前と思うかもしれないが、飼う以上は責任を持って愛情を注ぐべきだと私は考えている。珍しいカラーのポメラニアンを飼って見せびらかすのがステータスになりつつある今、このままではポメラニアンたちのよくない繁殖が横行したり、飼われているだけのある種虐待とも言える状態が普通になってしまうかもしれない。
私には、お母様から愛情を受けたという記憶がない。それは、お母様が他国の王女で、私で言うところの「氷花」モードが通常運転であって、別に私を忌み嫌っていたわけではないと知った今でも、辛い記憶として残っている。ポメラニアンを飼いたいと言った私にお母様が首を横に振った理由が、本当のお父様の死因にポメラニアンが関係しているからだと知らなかった子どもの頃の私は、聖堂のポメラニアンたちに囲まれることで飢えた愛情を補おうとしていたのだろう。私を支えてくれたポメラニアンたちに……いや、人の手によって自由を奪われている生き物全てに幸福を約束したい。人間の手にある以上は自分が生き物の命の責任を持つことを、人間に要求したい。
それから、王城で使われるお金について。ベンティスカは王太子妃の部屋に入ってから放蕩三昧だったというし、セリオンはそれを容認したという。それに、犬舎の食糧を増やそうとした時に嘘で本当に食糧を増やせた。王城で使われるお金は、全て国民からの税でまかなわれている。こんなザル会計では、いずれ国庫は破綻するに違いない。早急に対応すべき案件である。
それ以外には、私とキオーンのことだ。キオーンは自分が何者か全く私に話そうとしない。だが、私同様訳ありなのだろうと薄々は気づいている。キオーンと2人で並んで生きていくためにはどうしたらいいのだろう。こちらは情報が少なすぎて、これ以上動けない。
私の居場所を知りながら動こうとしない両陛下。彼らは何を企んでいるのだろう。
セリオンは相変わらず私を探しているようだが、全く気づかない。
リオートは毎日ルミの所にやって来て、手紙を置いていく。ラブレターのような中身のこともあるし、脅しのような文言の時もある。私はキオーンと相談して無視しているが、いつ王族の権力を使われるかと私は内心ヒヤヒヤしている。
キオーンは、両陛下に私が犬舎にいることを報告したという。その時、特殊部隊がちゃんと見守って犬舎に入るまで確認済みだったこと、セリオンを泳がせるために敢えて知らないふりをしたことが伝えられたという。
「だって、それまで毎日のようにバルフやブリーナに会いに行っていたのに、スティーリアが犬舎に入ってから一度もいっていないでしょう?」
国王・王妃共に、これまではキオーンに声を掛けずに犬舎に入ってきて、自分たちのポメラニアンと遊んで帰ることがしばしばあったのだそうだ。だから、2人に会わなくてもそれほどの違和感を感じていなかった。だが、冷静に考えれば王妃の言うとおりなのだ。キオーンははぁ、とため息をついた。そして、グレイシアの身分証明書がいち早く発行されたのも、シアがグレイシアであると分かった上で、公爵家との連絡役にふさわしいと考えられてのことだったと気づいた。
「つまり、あなた方の手の上で転がされていたと」
「悪い言い方をすればそうなる。だが、これはスティーリアの命にも関わる問題だった」
「分かります」
「そうか、分かってくれるか」
王妃が退室した後、国王はキオーンの耳元でささやく。
「お前はこれからどうするつもりだ?」
「覚悟は決めました。ですが、本当に良いのですか?」
「よい。あれには私から話しておく」
「承知しました。準備があるので、もう少しだけ時間をいただけないでしょうか?」
「待てるのは最大1ヶ月。そこで片を付ける」
「分かりました」
男たちの内密の話が王妃の配下の者によって聞かれていたことを、王だけが知っていた。
・・・・・・・・・・
午後。犬舎にいる全てのポメラニアンたちが一室に集められ、一緒に遊ぶ時間だ。犬は元々群れで暮らす生き物だ。だから、ポメラニアンに限らず、社会化が必要である。そうしないと、他の犬を見て怯えたり吠えたり噛みついたりするようになってしまう。事故に繋がるわけだ。毎日3時間、ポメラニアンたちは鼻と鼻で挨拶をし、お尻の臭いを嗅ぎ合って情報交換し、戯れ、遊び、追いかけっこをする。中には疲れて、一緒に眠るものにいる。この時間は、私のもふもふタイムだ。床に寝転がるとポメラニアンたちが集団で私に向かってくる。顔をなめたり、手を甘噛みしたり、トンと押したり、体の上によじ登ったり……ポメまみれになるこの瞬間は、私の至福の時間だ。
だが、今日は招かれざる客がいた。セリオンである。3日に1度あらわれるようになったセリオンは、今日に限って、あろうことかこのもふもふタイムにやって来たのだ。私はポメまみれになるもふもふタイムを奪われ、機嫌が急降下していた。
「リア、お前なぜそんなにふくれっ面をしているのだ」
「何でもありません」
「何でもないのに、そんな顔をする奴はいない」
「ここにいます」
セリオンは最近妙に私を構おうとする。私は「氷花」モード一歩手前で塩対応する。完全に「氷花」モードになったら、私がスティーリアであると気づかれる可能性があるからだ。
ふと横目でポメラニアンたちを見る。ラヴィーネがミュラッカに追い回されている。ミュラッカは最近他の犬に突っかかる傾向があり、こうやって集団に中にいる時、他の犬が嫌がっても追い回したり甘噛みしたりするのだ。今日のミュラッカは一段としつこい。セリオンがいるので、いいところを見せようとしているのかもしれない。
だが、ラヴィーネは本気で逃げていた。威嚇しても威嚇しても、ミュラッカはヘラヘラとラヴィーネにつきまとう。ラヴィーネがついに部屋の隅に追い詰められてしまった。私は慌ててラヴィーネを助けに行こうと立ち上がった。
「ラヴィーネ!」
その時、アルがラヴィーネを守ろうと間に入った。アルはミュラッカに威嚇している。次の瞬間、アルはミュラッカにに牙をむき、噛みつく素振りを見せた。もちろん、本当に噛んではない。だが、セリオンにはミュラッカが噛みつかれたように見えたのだろう。ミュラッカ!と叫ぶと私を突きのけてミュラッカの元に走った。そして、アルを蹴り上げたのだ。キャイン、という声と共にアルの体が壁にたたきつけられ、アルは動かなくなった。
「「アル!」」
私とキオーンは慌ててアルの元に駆け寄った。息はしているが、苦しそうだ。
「セリオン! お前、俺の犬に何をするんだ!」
「お前の犬が先に噛みついただろう!」
「触ってみろ! どこに唾液が付いている?」
「……!」
セリオンはミュラッカの体に触れる。だが、どこにも唾液は付いていない。そう、アルはミュラッカを噛んでいないのだ。
「そんな……」
「セリオン。お前は御使い様に怪我をさせた。聖堂が何を言い出すか、覚悟しておいた方がいいぞ」
セリオンはミュラッカを抱いたまま俯いた。そう、ポメラニアンはこの国の神獣フェンリルの御使い様だ。ポメラニアンを傷付けるということは、フェンリルを傷付けたのと同じ扱いになる。セリオンに、聖堂から宗教上のペナルティーを課されることは間違いない。アルの状態によっては、かなり重い罰が与えられるはずだ。
「俺はアルを獣医に連れて行く。セリオン、お前はここからすぐに立ち去れ。王城で沙汰を待つんだな。」
「だが、私の角度からは……」
「キオーン、いいからすぐに獣医の先生のところへ行って! 後は私がやっておくから!」
私は涙声で叫んだ。キオーンはアルを抱きかかえて走り出した。獣医は犬舎にはいない。騎士団の騎馬の方が多いから、騎士団にいるのだ。
「セリオン様。あなた、自分の犬が傷付けられたら相手の犬を殺してもいいと思っているんですか? 聖堂はそんなこと、絶対に許しませんよ?」
「ミュラッカが噛まれたと思ったんだ」
「事実を確認しましたか?」
「いや、それは……」
「物事の視点が一方的すぎるんですよ、セリオン様は! そんなことでよく王子だ、王太子だ、将来は王だなんて言えますね? 複数視点を持たないお偉いさんなんて、冤罪や間違った政治の元凶にしかなりません!」
うっとセリオンが呻いた。正論だから、反論できない。私はふんと鼻を鳴らした。
「だが、ミュラッカが困っているのを見ていられなかった」
「困っていたのは、私のラヴィーネです! あなたのミュラッカは、ラヴィーネにつきまとうストーカー状態だったじゃない! 夜会にもいるわよね、ああいう男! 本当に最低!」
「……リア。君、夜会に出たことがあるのか?」
「へ?……いやいや、小説によくあるシーンだから! そういうものだって聞いたのよ!」
「誰に?」
「……侍女さんたちの噂話」
「なんだ、情報収集本当にしてくれていたのか。それにしても、あの女、見つからないんだよな」
「じゃなくて、今の問題は、あなたがポメラニアンを怪我させたっていうこと! すぐに犬舎から出て! 聖堂と両陛下には報告しますからね!」
「や、やめてくれよ、だって……」
だが、セリオンの願いは叶えられなかった。ラヴィーネが聞いたことのないような吠え声を上げた。すると、他のポメラニアンたちも同調した。そして、ミュラッカとセリオンに対してうなり声を上げ始めたのだ。ミュラッカは怯えきって尻尾が股の間にすっかりしまわれている。いくら小型犬でも、数が多ければそれなりに脅威だ。よりによって今日は文官さんたちから預かったポメラニアンが20頭ほどいる。もふもふを堪能するには素晴らしい数だが、一斉にうなり声を上げて囲まれたセリオンは、流石にまずいと思ったらしい。
「ミュラッカを頼む」
そういって、セリオンは護衛を連れて逃げ去った。姿が見えなくなったら気が抜けたのだろうか、私はすとんと座り込んでしまった。涙も止まっていた。
「フィンブル様、行かなくていいんですか?」
側近のフィンブルさんが残っていたので、私は尋ねた。
「リアさん。あなたから報告しなくていい。私が報告します。セリオン様は、してはならないことをしてしまった。緊急時にあんなに狼狽するようでは、王は務まらない」
「本当ですよね。でもフィンブル様も困るんじゃありませんか?」
「大丈夫です。私の主人はセリオン様ではありませんから。あ、これ他言無用でお願いしますね?」
フィンブルはいつでも冷めた目でセリオンを見ていた。何か事情があって、セリオンの傍にいたということか。見張り? 情報? 付けたのは誰? いろんなことが頭の中でぐちゃぐちゃになっている。だめだ、こういう時ほど冷静にならないと。平常心を取り戻そうと深呼吸を繰り返す。私が再び目を開いた時、フィンブルさんは私をじっと見ていた。
「もう、自分を取り戻したんですね?」
「え? あ、はい」
「私は、それができる人を知っています。この国でそれができるのは2人だけ。1人は公爵夫人。そしてもう1人は」
フィンブルはずいっと身を乗り出した。思わず後ずさる。
「王太子妃になると決定している公爵令嬢スティーリア様。あなたですね?」
その言葉に、私の「氷花」モードのスイッチが入ってしまった。
「何を仰っているのかしら? 公爵令嬢がこんな所で汚れ仕事をしているはずがないではありませんか?」
「そうでしょうか? スティーリア様は純白のポメラニアンを飼っていたと聞いています。名前は確か、ラヴィーネ」
「犬の名前なんて、唯一無二のものではありません。『雪崩』なんていう名前は、白い雌犬によくある名前だと思いますが」
「だが、君はスティーリア様との共通点が多すぎる。というよりも……」
フィンブルは突然私の手を取った。
「私は一度だけですが、あなたと夜会で踊ったことがあるんです。髪の色を変えたくらいでは、私の目はごまかせませんよ」
私は慌てて手を引いたが、びくともしない。フィンブルと踊ったことは覚えている。だから、近くに来るのが怖かった。どうしよう。手を離してもらえない。将来の宰相候補と言われているが、騎士団長にもなれるほどの武の能力もあると聞いたことがある。その力で手を捕まれているのだ。私の渾身の力であっても離れるわけがない。
「大丈夫。心配しないでください。知るべき人は、あなたの状況を知っています。何しろ、あのキオーンが囲い込んでいるんだ。誰も手を出せませんよ」
「フィンブル、様?」
「私が言いたいことは、1つだけ。キオーンを1一人にしないでやってください。本当のことを言うと、あなたと踊った時、私はあなたに求婚するつもりでした。そのつもりでいろいろあなたのことを調べた。そして、それが許されないことだと知って、どれだけ私が落胆したか、あなたには分からないでしょう。あなたは私の初恋であり、高嶺の花だったのです。あなたはどこにいようとも、あなたはあなたなんです、スティーリア様」
え、なんでこんな所で私、フィンブルの初恋話を聞かされることになるの?
頭が再び混乱し始める。フィンブルはそんな私を見て、寂しそうに微笑んだ。
「キオーンが、あなたを変えたのですね」
「私を、変えた?」
「はい。まだ『氷花』のおつもりかもしれませんが、表情がくるくる変わっています。あなたがそんな表情を人前でするようになるなんて、キオーンはどんな手を使ったんでしょうね。私ではないのが、本当に残念です」
フィンブルはそっと私の手を離した。
「スティーリア様、あなたが幸せになるためだったら、私はどんなことでもお手伝いします。私はあなたの味方だということを、お伝えしたかった。では」
立ちすくむ私を置いて、フィンブルは犬舎を出て行った。ラヴィーネたちが私の足元に座って、フィンブルを見送っていた。
キオーンはなかなか帰ってこなかった。やっと帰ってきた時には、アルの姿はなかった。
「キオーン、アルは?」
「何カ所か骨折していて、内臓にもダメージがあると。今晩が山だそうだ」
「そんな……」
キオーンはアルをとても可愛がっていた。アルもキオーンの後ろにいつも付いていた。犬舎に1人住みだったキオーンにとって、アルは話し相手だったのだろう。キオーンの体が震えている。
「キオーン、アルは強い子よ。キオーンを一人にしないわ」
「だが、アルはひどい状態だ」
「大丈夫よ、あなたが信じてあげなかったら、アルがかわいそうよ」
私は、椅子に座って両手で顔を覆っているキオーンの頭を抱き込んだ。
「リア?」
「私もついているわ」
「……ありがとう」
キオーンは両手を顔から離すと、私の腰に手を回してしがみついてきた。
「アルはラヴィーネを守ってくれた。私、そのことのお礼をアルに言わなきゃいけないの。だから、アルは戻ってくる」
「ああ」
しばらくしがみついていたキオーンは、そのままの姿勢で今晩も一緒にいたい、手は出さないから、と懇願するように言った。
「いいわよ。今日だけは抱き枕になってあげる」
無言で私を抱く腕に力が入った。
・・・・・・・・・・
この国でポメラニアンは神獣に準ずる生き物だ。神獣の準ずる生き物に怪我を負わせたことで、セリオンは聖堂から糾弾された。それによってセリオンには王太子になる資格はないとの提言が聖堂から提出された。国王は一旦受理し、総合的に判断すると聖堂に伝えた。セリオンが意気消沈したのは言うまでもない。
セリオンに傷付けられたアルは、一命を取り留めた。まだ自分の力で起き上がることはできなかったが、安心できる場所にいた方がよいだろうという獣医の判断だった。3日後に犬舎に帰ってくると、ラヴィーネはアルの隣を片時も離れなくなった。アルが水を飲みたいとかトイレに行きたいとか言う時には、ラヴィーネがキオーンか私を呼びに来た。ラヴィーネもアルの看病をしているのだろう。キオーンと私は、2頭が寄り添う様子を温かく見守った。アルは起き上がれるようになると、どこへでもラヴィーネと一緒に行動するようになった。夜はラヴィーネがキオーンの部屋にいるアルの所に行ったり、アルが私の部屋にいるラヴィーネの所に来たりした。2頭がくっついて眠る姿を見て、キオーンが私の耳元でささやいた。
「俺たちみたいだな」
キオーンの膝の上で、後ろから抱きしめられている私の顔は見えないはずなのに、キオーンは赤くなって可愛い、などと言い始める。
「見えないでしょう!」
「耳が真っ赤だから」
そう言って、そっと私の耳に髪を掛ける。私の頬にぴったりと自分の頬をくっつけて、キオーンは満足げだ。
「もう少しで動きがあるはずだ。あと少しだけ待っていて」
キオーンが何か動いているのは知っている。昼間、王城に出かける時間が増えて、私がキオーンと過ごす時間が減ったのを寂しいと思っていた。だが、アルとラヴィーネのこともあって、私たちは夜、一緒に過ごす時間が増えている。まだ、誰にも後ろ指を指されるような関係ではない。だが、お互いにそれを望んでいることは確かだ。
「リアを一番幸せにできるのは俺だって、証明してみせるから」
こくん、と頷いた私は、キオーンにぎゅっと抱きしめられた。ゆったりとした夜長を過ごす2人を、満月だけが見ていた。
読んでくださってありがとうございます。
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