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もう一人、王子様がいらっしゃるようです

読みに来てくださってありがとうございます。

よろしくお願いいたします。

 あの日以来、セリオンは三日に一度は犬舎に顔を出すようになった。


 「リアが、ミュラッカにもっと会いに来いと言ったからな。それに、ベンティスカには尋問中でまだ会えない。今、私を癒やせるのはミュラッカだけだ。それに」


 セリオンはリアにこういう。


 「リアには王太子妃捜索という重要任務を言いつけてあるから。」


 私はため息を付いた。


 「あの、犬舎の仕事で忙しい私に、どうやって妃殿下を探せと?」

 「噂というものはよい情報源なのだろう?男より女の方が詳しいと聞いた。」

 「はあ、そうですか。私、王城内にも町にも行かないのに、どうやって噂話を仕入れたらいいんでしょうね?」


 セリオンは言葉に詰まっている。


 「何か分かればお伝えしますが、そもそも無理だということをご理解くださいね。」

 「私も時間がない。王都の周辺まで捜索範囲を広げているが、見つからないのだ。公爵令嬢が遠くまで歩いて行けるとも思えないし、あのドレスで下町を歩けば目撃情報があるはずなのに、全く行方がつかめない。王城内に隠れているのではとも思ったが・・・。」


 セリオンは何かに気づいたように私を見た。


 「お前も最近ここに来たのだったな?」

 「はい、そうですが?」

 「・・・お前は、ないな。公爵令嬢が料理したり、犬の世話をしたりなどするはずがない。」


 目の前にいるのに、変装しているとは言え気づかないあんたが悪いのよ、バーカ!


 心の中の声が聞こえたのだろうか、キオーンがぷっと小さく吹き出した。セリオンが帰った後で、キオーンはお腹を抱えて笑い出した。


 「『氷花』ってどこに行ったんだろうな?表情から何も読めないって、嘘だろう?今のリアは分かりやすすぎる!それなのに気づかないあの馬鹿!笑わずにはいられないよ!」

 「私だって『氷花』になるのは大変だったのよ?公爵令嬢モードまで抜けて、今じゃただの下町娘だわ。」

 「それが本当のリアなんだろう?俺は本当のリアが好きだ。」

 「あら、じゃ『氷花』モードになったら嫌われるのかしら?」

 「それも含めて、俺のリア。」


 うう、とグレイシアが呻いている。


 「私も一度くらいそんなふうに言われてみたい!」


 グレイシアの言葉も、下町の商家の娘、といった所だ。身分も何もない、みんな横並びの関係。私にとって心地よい環境の中で過ごす毎日は楽しい。セリオンの襲来は頭が痛いが、私は辛いとか、嫌だとか、そう思うことがほとんどなくなっていた。それと同時に、公爵家のお父様とお母様は、行方知れずになっている私のことをどう思っているのだろうと、少しだけ悲しかった。お母様は元々感情の変化が乏しい人だった。いつもまっすぐに姿勢を正して、ただ前を見ていた・・・見ていた先が現実のものか夢想のものかは分からないけれども。私と接する時も、乳母とグレイシアの関係よりは二歩も三歩も退いたものだったと思う。私はもっとお母様に甘えたかったが、お母様はそれを許さなかった。


 そんなお母様に認めてもらいたくて、私は「氷花」の仮面を作り上げた。母は、「氷花」モードの私を、貴族女性としてあるべき姿になったと言ってくれた。だがそこには笑顔はなかった。当然のことだから、とお母様は言った。当然のことだからできて当たり前。やっとここまで来たか、とお母様は思ったに違いない。私の努力が報われたのかどうか、よく分からない。


 「氷花」でない私を見て、それを好きだと言ってくれた人がいる。私にとって、努力を否定されたという気持ちよりも、ありのままの私を肯定されたことがうれしかった。キオーンに心をここまで開いてしまったのは、そんな思いがあったからかもしれない。


 「グレイシア。本当の自分を見せても大丈夫って思える人に出会いたいわね。」

 「リア様はもう出会っています!」


 ぷくっと膨れたグレイシアだってきれいな女性なのだ。きっとどこかでグレイシアのことを見てくれる人が現れるはず、私はそう信じている。


・・・・・・・・・・


 ある日、新しい客が来た。いや、客ではなかった、飼い主だった。第二王子様が、御使い様であるルミに会いに来ると事前に連絡があった。キオーンと相談して、やはり私は隠れていた方がいいだろうということで、ラヴィーネの部屋にいることになった。


 ここに来て3ヶ月経つが、ルミもミュラッカ同様、飼い主である王子から放っておかれている。一度も会いに来てもらっていないのだ。キオーンの話では、ルミは第二王子になついており、置いて行かれるとひどく鳴き、夜泣きすることもあるのだという。どうしてこんなにかわいいポメラニアンを放置できるのか、私にはさっぱりわからない。ルミはオレンジセーブル。ポメラニアンといえばオレンジ、と思う人も多いはずだ。セーブルは、そこに黒い差し毛がある。単色のオレンジもきれいだが、セーブルの黒い差し毛にも魅力がある。ああ、どうしてポメラニアンってこんなに可愛いのか。


 「ルミ、今日あなたのご主人様が来るんだって。楽しみねえ。」

 

 ルミは首をかしげて私の話を聞いている。ポメラニアンが首をかしげて話を聞くの、本当に可愛いんだから!これを複数で見せつけられた日には・・・きっと私はキュン死するに違いない。


 「あれ、誰かいるの?」


 はっと扉の方を見ると、王子様らしい服装の人物が驚いたように私とルミを見ていた。


 「あ、あの、3時と伺っておりましたのでブラッシングをしておりました。」

 「あれ?13時って伝えたんだけど?どこでおかしくなったのかな?」


 セリオンが「北風」ならこちらは「太陽」と言えばよいだろうか。明るく穏やか、ニコニコとした王子に、私は驚いてしまった。


 「ずっと留学していてね、一時帰国しているんだ。向こうにルミを連れて行けないのが本当に残念だったから、今日急いで会いに来たんだ。」

 「そういう御事情があったのですか。あ、失礼しました、すぐに出ます。」


 まずい、隠れているはずだったのに。焦って出て行こうとした私の腕を、第二王子が掴んだ。


 「・・・!」

 「君、初めて見る顔だよね?名前は?」

 

 どうしよう。でも、やり過ごすしかない。キオーン、助けて!


 私は心の中で悲鳴を上げた。


 「リアと申します。」

 「へえ、リアちゃん。いくつ?」

 「18歳です。」

 「一つ年上か。でも、誤差の範囲内だな。」

 「?」

 「で、いつから働いているの?僕は5年前から留学しているが、その時はいなかったよね?」

 「ええ、3ヶ月くらいになるでしょうか?」

 「ふうん。」


 5年も留学?それなら、私がこの王子のことを知らないのも無理はない。この王子は、社交の場に出ていなかったのだから。第二王子は何か考えているようだ。


 「僕はリオート。第二王子だということは知っているんだよね。」

 「はい、先触れがありましたので。」

 「君、王族を見ても緊張しないんだね。」

 「無礼だから皆様の目に入らないようにとキオーンから言われています。」

 「へえ。無礼なんだ。」


 突然、私は下げていた頭を持ち上げられ、顔をまじまじと見つめられた。


 や、やめて!


 「きれいな顔だよね。髪の毛は余り手入れしていないか。地味な色だけど、まあいい。メガネはちょっといただけないな。あれ、髪はバサバサだけど、肌はきれいだねえ。」

 「あの、おやめ」

 「何をしているんですか!」


 ああ、キオーンの声がする。私は涙目になっていた。


 「ん?この子、初めて見る子だからどんな子かなと思って検分していただけだよ。」


 検分って、私はモノ扱いか?


 キオーンはリオートをにらみつけている。


 「3時と言ったのになぜ1時に来たんです?」

 「僕は13時って伝えたよ?」

 「わざとですか?」

 「僕は知らないよ。」


 キオーンの剣幕に恐れをなしたのか、リオートはそそくさとルミの方に行ってしまった。


 「お願いだから、トラブルに巻き込まれないでくれ。」


 キオーンが頭を抱えている。だが、キオーンも私が悪いわけではないと知っている。


 「もしかしたら、リアのことを嗅ぎつけたのかもしれない。」


 キオーンは思案顔になった。


 「リア。リオートがリアと結婚したいと言ったら、どうする?」

 「え?あり得ないわ!」

 「でも、リオートは王子だ。王太子になるのに何の問題もない。」

 「そういうことじゃない。私は、キオーンが好きなの。キオーンと一緒にいたいの。」


 不安になった私は、思わずキオーンの胸に飛び込んでしまった。


 「キオーンじゃなかったら、誰とも結婚しない。」

 「分かった。ごめん、ちょっと焦ったんだ。」


 キオーンがぎゅうぎゅうと私を抱きしめる。一頻り抱きしめ合うと、キオーンは首筋に触れるだけのキスをしてきた。


 ひゃっと声が漏れる。キオーンはいたずらっ子のような目をしている。


 「他の男に、こんなことさせたら駄目だよ?」

 「キオーンも、でしょう!」

 「俺はいいの。リアの恋人だから。」


 私は初めて「恋人」というものがどのようなものなのかを知った。小説や、同じ年頃の令嬢たちの話に聞くことはあったが、自分の人生の中で存在することになるとは思っていなかった。


 恋人・・・コイビト・・・こいびと。


 真っ赤に茹で上がった私を見て、キオーンはあははと笑った。


 「さ、そんな顔を他の男に見られたら大変だ。ラヴィーネの部屋で隠れているんだよ。」


 真っ赤なままラヴィーネの部屋に戻ると、グレイシアが深刻そうな顔をして待っていた。


 「スティーリア様。大事なお話があります。」


 一気に私の顔から熱が引いた。


 「どうしたの?」

 「まずは、公爵家のことです。どうやら公爵家にスティーリア様の偽物がいて、公爵様も夫人も、スティーリア様がいなくなったことに気づいていないそうです。」

 「誰からの情報?」

 「エイスです。」


 エイスは、グレイシアと一番仲が良かった執事だ。私は、エイスはグレイシアに好意を持っていることを知っている。だから、そんなエイスがグレイシアに嘘をつくはずがないと分かる。


 「どうやって連絡を取ったの?」

 「犬舎の下女なんて、誰も気にしませんが、一応キオーンにお願いして、シアの名前で身分証明書を作ってもらったんです。その身分証明書があれば、王城の出入りが自由にできますから。キオーンも、情報収集のために必要だろうって、協力してくれました。鬘も被っているし、服も庶民用のワンピースなので、王城で何度か出会った侍女や女官にも会いましたが、誰も気づきませんでした。」


 わあ、特殊部隊みたい!


 そう言って興奮する私に冷静に聞いてください、とグレイシアが言った。


 「私の偽物もいました。みんな、私だと思っているそうです。でも、エイスだけは、私ではないと分かったんだそうです。何が理由かは教えてくれませんでしたが・・・。ただ、スティーリア様の偽物も私の偽物も、顔だけでなく所作や発言内容までそっくりそのままで、同一人物だと思わない方が不自然なくらいなのだそうです。」

 「そこまで似ていると言うことは、長期間掛けて私たちの影を作ったのか、魔法でなりすましているのか・・・どちらにしても、上級貴族以上の身分持ちか王城の魔術師でもなければ、そんな時間もお金も力も必要なことはできないわね。」

 「はい。それに、誰がそれを指示したのか、それが分からないのが気になります。王家というのが、私の推測です。」

 「私もそう思うわ。だって、私たちを誘拐・監禁したのは両陛下だもの。あら、ではどうしてラヴィーネを連れてくることができたのかしら?」

 「ラヴィーネの同胎の子ならばどうでしょう?父犬も同じならば、よく似た子が生まれる可能性はあります。その子まで確保しておいて、偽物たちと長く生活させて慣れさせておけば・・・。」

 「相当手が込んでいる。私のことを王妃陛下は『鍵』だと言い、誓約魔法まで掛けられていた。私、もしかしてとんでもないことに巻き込まれているのではないかしら?」

 「ええ、そう思います。用心しましょう。王家絡みということは、本当に命の危険があるのかもしれません。」


 最初グレイシアから話を聞いた時、私は私の影をしている人を見たいと思った。私がどんな人なのか、外側から見るいい機会だと思ったのだ。だが、そんな生やさしい話ではないと分かるにつれ、気持ちが沈んでいった。


 「キオーンに話してもいいのかしら?」

 「彼が本当に味方がどうかは分かりませんが、少なくても私が自由に動けるようにしてくれたということは、監禁したい人たちの側ではないと思います。」

 「そうよね。私の居所が知られた場合、キオーンを何も知らないまま巻き添えにはできないわ。知った上で、それでも私たちをここに置いてくれるか、聞いてみましょう。」


 その晩、私はキオーンに、グレイシアから聞いた話を伝えた。そして、私たちがいることでキオーンに迷惑を掛けたくない、もしキオーンまで狙われたら辛いから出て行くと話した。キオーンはしばらく黙っていた。王家は私を探している(はず)。少なくともセリオンは私を探している。だが、公爵家にその話が行っていない。そして、公爵家には私たちの影が平然と生活している。ラヴィーネにまで影が付いている。キオーンも変だと思ったようだ。


 「ちょっと情報を集めてくる。朝には戻るよ。鍵は持って出るから、誰が来ても絶対に開けないこと。鍵がないということは、俺ではないということだって、覚えておいて。もしかしたら俺の名前を騙るかもしれないから。」

 「分かった。」

 

 グレイシアもコクコクと頷く。


 その晩キオーンが出て行った後に、大雨が降った。私はグレイシアと抱き合って眠った。激しく打ち付ける雨音に、私の心は揺れ続けて、なかなか寝付くことができなかった。ラヴィーネは私に身を寄せてすっかり寝入っている。私は、グレイシアとラヴィーネだけでも守らなければならないと、強く自分に言い聞かせた。

読んでくださってありがとうございました。

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