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王太子妃は恋に目覚めたようです

読みに来てくださってありがとうございます。

ブックマークもありがとうございます!

ちょいと甘めです。

よろしくお願いいたします。

 翌朝から犬舎でポメラニアンたちのお世話の仕事が始まった。朝一番にキオーンは食材を王城内の厨房に取りに行く。それから食事の支度をする。キオーンがポメたちの食事を作る傍らで、スティーリアは人間3人分の食事を作る。昼食分の食材をもらうために、キオーンは、


 「秋になって犬たちの食欲が増したから。」


 という一見本当に聞こえる理由を告げたらしい。厨房は納得してすんなり食材を大幅に増やしてくれたのだという。これはこれで横流しなどの問題もありそうだ。


 キオーンは犬の食事が用意できると、全頭を食堂に連れてくる。犬用の食堂があるのは、世界広しといえどもきっとここだけに違いない。私も人間用の食事を作り終えると、グレイシアも加わって三人で犬の食事を観察する。食欲の有無、食べ方、そういった一つ一つを確認することで、病気や怪我に気づけることもあるのだとキオーンは教えてくれた。


 「例えば歯が痛いなら、固い物を残したり、食べたいのに食べられなくて苦労していたりする。素直に歯磨きさせてくれる子ばかりじゃないから、そういう観察って大事なんだ。」

 「そう。そこまで私、見ていなかったわ。」

 「なかなか貴族でそこまで見る人はいないんじゃないかな?みんなは俺のことを神経質だって言うが、犬たちは痛みを話せない。俺たちが見つけてやるしかないんだ。」

 「そうね。勉強になるわ。」

 「そっか、勉強か。スティーリア様は真面目だな。って、あのさ、スティーリア様、このままだと誰か来たらすぐばれるんじゃない?」


 そうだ。その通りだ。


 「変装できないかな?」

 「変装ねえ。鬘、探してくるよ。作業着は何枚作ってもらった?」

 「3枚よ。」

 「それも追加しておくか。グレイシアの分は?」 

 「お願いできる?」

 「いいよ。それから、なんだけど。」


 キオーンは少しだけ躊躇してから言った。


 「スティーリア様って呼んだら、一発でばれるだろ?他の名前にしておいた方がいいと思う。」

 「そうね。グレイシア、どうしよう?」

 「小さい時はリアちゃんって呼ばれていましたね。」

 「そうね。で、グレイシアがシアちゃんだったわ。」

 「よし、じゃあ、リアとシアね。『様』なしでいいよね?一応下女ってことにするって話だったから。」

 「ええ、いいわ。なんだか下町にいた頃に戻ったようね。」

 「そうですね。せっかくですから、楽しんじゃいましょう!」

 

 見ると、キオーンが微笑んでいた。


 「え、何?」

 「いや、前向きでいいなって。これから頑張ろうな。」


 キオーンは突然私の頭をポンポンすると、いろいろ確保してくる、と言って犬舎を出て行ってしまった。


 「シア、私、キオーンに頭ポンポンされたよね?」

 「はい。とっても優しい目でしたね。でも、これだけでは、まだ妹枠かもしれませんねえ。」

 「シア、私、キオーンのことが好きみたい。」

 「そのようですねぇ。追い出されたとは言え、夫がいる人物が口にして良いことではなさそうですが。」


 ガーン。そうだった。私はセリオン様のお妃でした!道ならぬ恋ということ?ああ、私、どうしたらいいの?


 「リア様、いずれにしても、両陛下が動かれるはず。それまで第一王子様から身を隠しましょう。殺されてしまったらどうしようもないのですから。」


 ひえ~、不要な妃は暗殺?でも、あのセリオン様ならあり得る。確かにそういう目をしていた!そうでなければ、私を王城からつまみ出したりはしないはず。せめて馬車に乗せて公爵家へ送り返したはずだ。セリオン様のあの氷点下の目を思い出すと、背筋が寒くなる。

 

 犬舎に住み始めて、一日の流れがある程度スムーズにこなせるようになる頃には、犬舎の犬の名前も覚えることができた。どこにでもいそうな茶色の鬘とを被ってだてメガネをし、作業着を着た私は、どこから見ても王太子妃様には見えない。そんな格好で、朝の食事、散歩、部屋の清掃、グルーミング、おやつ、遊び、散歩、夕食、といった具合に一日が流れていく。私が作る食事も好評で、キオーンは美味しいと言っておかわりを毎回要求する。うれしいのだけれど、どこか恥ずかしい。特に二人並んでキッチンに立って一緒に話しながら作業していると、下町で見た新婚夫婦の姿に重なって、私は何度も現実に戻らなければならなかった。


 犬舎に常駐しているのは、王族の御使い様(ポメラニアン)たちだ。国王陛下の黒ポメ「バルフ」に、王妃陛下のブルーポメ「ブリーナ」。ブルーはレアカラーとして高値で取引されているが、実は遺伝的に問題があるため、スタンダードカラーとして認められていない。まあ、王妃様は珍しい色だからとお金にものを言わせて手に入れたのだろうが。ポメラニアンにはブルー以外にもイザベラも認められていない。ブルーマールなど、目が青い子は失明しやすいとも言う。そんな子をレアだから高値が付くという理由でブリーディングしている人たちに、私は腹が立ってならない。生まれた命は大切に可愛がる。だが、わざわざ体に欠陥がある子を作り出すのは人間のエゴではないか、と思ってしまう。


 おっと、ブルーについての妄想が走ってしまった。でも、この話はキオーンも同じ価値観だったので、私はほっとした。我が子には丈夫な子、元気な子で生まれてほしいと誰もが思うはずなのに、犬だと遺伝病の要素を持って生まれてほしいと願うのは何だか変だよね、という話になった。世間の皆さんはどうなんだろう。こんなこと考えているから、公爵令嬢らしくないと言われていたのかもしれない。


 さて、両陛下の犬以外には、第一王子セリオン様の白ポメ「ミュラッカ」、第二王子リオート様のオレンジセーブル「ルミ」、そしてどなたか知らない王族のブラック&タン「アル」、そういえば初めてキオーンに出会った時、キオーンが抱っこしていたのはアルだったわ。それから、これまた所有者を教えてもらえないクリームの「ジーブル」がいる。わが愛しの白ポメ「ラヴィーネ」は言うまでもない。それ以外に、一人暮らしの文官さんが長期出張の時に預かることもあり、いろんな色のポメラニアンたちと触れあうことができる。特に昼休憩後にその日にいる全てのポメラニアンたちを一つの部屋に入れて一緒に遊ばせる時が、私の至福の時間だ。思う存分もふもふに囲まれて私がきゃっきゃっと笑っていると、キオーンはいつも優しい目で私とポメたちのもふもふタイムを見守ってくれる。


 今日も私がもふもふを堪能していると、キオーンが蕩けたような笑みを浮かべて私たちを見ていた。


 「ねえ、キオーンはどうして一緒に遊ばないの?」

 「ん?俺?リアとポメラニアンたちがじゃれ合ってるのを見ている方が楽しいから。」

 「?」

 「リアが本当に幸せそうで、可愛い。」


 ひゃーっという声を出さなかった私を褒めてほしい。


 「な、何言っているのよ!」

 「本当だよ?絵師に書かせたいくらい、可愛い。」


 私の顔が真っ赤になっているのが、自分でも分かる。


 「ほんと、可愛い。」


 気がつくとキオーンがすぐ横にいた。思わず見上げた私の顔を覗き込むようにして、キオーンが私の頬に触れた。


 「『氷花』のリアも格好よかったが、普段のリアは、年齢相応の女の子で、御使い様たちが大好きな、お世話好きの、料理上手な女の子なんだって実感できる。一日の内で、この時間が一番好き。」


 思わず二人見つめあってしまった。キオーンの優しい目に、何か違う光があるようで、見とれてしまう。


 「そんなに見つめないで。これでも色々我慢しているんだから。」

 「あ、ごめんなさい。」


 すっとキオーンの手が頬から離れていく。それが寂しいと思った次の瞬間、その手が私の肩を抱き寄せた。


 「キオーン?」

 「俺はリアが好きだよ。」


 真っ赤になったまま、呆然とキオーンを見つめた。キオーンは私の心がまるで読めているかのように・・・私が拒絶することなどないと確信を持った様子で、私の肩に回していた手を私の頭に置き、そして私の方に自分の頭を傾けてきた。お互いに、側頭部がくっついたような状態だ。


 「リアが王太子妃だっていうことは知っている。でも、ここにいる間だけでも、俺のこと、好きになってくれない?」

 「わ、私・・・。」


 キオーンは私の髪を指で梳いている。いつの間にか、作業のために縛っていた髪を解かれていたようだ。


 「私も、キオーンが・・・」

 「俺が?」

 「す、好きよ。」


 ああ、言ってしまった。思わず両手で顔を覆う。今までこんなふうに人を好きになったことはなかった。自分の、公爵令嬢らしからぬ姿を見せたことなどなかった。そんな姿を、言動をみても、キオーンはそれが本当の私だと肯定してくれた。それが何よりもうれしかった。


 「俺、『氷花』を溶かしちゃった?」

 「ばか!変な言い方しないでよ!」


 キオーンはくつくつと笑うと私の額にキスをした。そして、驚いて両手を顔から離した私の顎を持ち上げると、そっと唇にキスをした。


 「可愛い、リア。ね、ここにいる間だけでもいいから・・・。」


 そういって、キオーンは私をぎゅっと抱きしめた。なぜだろう、涙が出てきた。うれしかったんだ、と気づいた時、私もそっと腕をキオーンに回した。キオーンの腕の力が一層強くなった。そして、ありがとう、と小さな声が聞こえた。


 「うん。」


 私たちはそうして、しばらく抱き合っていた・・・ポメラニアンたちに「おやつはまだですか?」とジト目で見られていたことに気づくのは、30分後のことだった。

読んでくださってありがとうございました。

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