王太子妃はお役御免のようです
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その日以来、私は敵が味方かよく分からない両陛下に神経をすり減らしながら、ラヴィーネに癒やされることで持ち直すという形で日々を過ごすようになった。ラヴィーネのカラーはホワイト。いわゆる「白ポメ」だ。白やクリームのポメラニアンで苦労する点と言えば、涙焼けとお尻の汚れだ。涙焼けは、目の周りが赤茶けてくる現象で、目からの老廃物が溜まると染みついてしまう。一度染みつくと取るのが大変なので、白ポメやクリームポメの飼い主が苦労するポイントの1つである。
キオーンはポメラニアンの特性をよく分かっていて、ラヴィーネの涙焼け防止に毎日ガーゼで目の周りを拭き、お尻周りは少し短めにカットして手入れしやすくしてくれている。
「あまりカットしない方がいいっていう人もいるので、一応飼い主さんに確認してから手入れしていますよ」
「そう。きちんとしているのね、キオーンは」
1週間ほどで私は直答を許す儀式をし、キオーンと話すようになっていた。というよりも、せざるを得なくなっていた。作業着が届いた日、私は喜び勇んでラヴィーネに会いに行った。グレイシアに作業着を持って行ってもらってラヴィーネの部屋で着替え、床に寝転がってラヴィーネと遊んでいた。私がいることを知っていたはずなのにすっかり忘れていたキオーンは、ノックもなしにラヴィーネの部屋に入って来た。そして、床に寝転がって「犬吸い」する私と目があったのだ。
「「あ」」
2人の目が点になり、数秒後……私たちは吹き出した。
「スティーリア様って、やんちゃなんですね」
「やんちゃとは失礼ですよ!」
グレイシアが抗議したが、私はグレイシアを手で制した。
「キオーン、あなた、見なかったことにしてくれないかしら?」
「どうしてですか?」
「一応、体面というものがあるのです」
「体面ねえ。犬を可愛がるのに、体面も何もないと思うんだけどなぁ」
「私、一頭に付き一部屋与えられているのは、そういう意味だと思うの」
「そういう意味?」
「中で、人目を憚らずにかわいがれる場所。犬にとって、広いだけの場所に1頭なんて本来の姿ではないわ。薄暗く狭い巣穴こそが落ち着く場所なんですもの。だとしたらこの部屋は人間の都合、つまり誰にも見られずに遊べる場所ということだと私は思うわ」
「へえ、そんなふうに考えるんですね」
キオーンは目をキラキラさせて私を見た。
「本当に犬のこと、好きなんですね」
「当然ですわ。ですから、見なかったことにして」
「分かりましたよ。でも、ここでは自由にしてください。ラヴィーネもその方がうれしそうだから」
ラヴィーネは尻尾を大きくぶんぶんと振っている。機嫌がよい時のサインだ。これが小刻みだと、ラヴィーネに関しては警戒しているサインになる。見分けは普段一緒にいる人間でなければ分からないだろうと思っていたから、数日でラヴィーネの癖を見破ったキオーンに私は尊敬の念を抱いた。
「あ、そうだ。着替えている時に入ってしまうといけないから、外に分かるようにサイン作りましょうか?」
「あなたがノックすればいいだけです」
「あ、そっか。ほとんど人が来ないから、ノックなんてすっかり忘れていたよ」
次から気をつけます、と言ってキオーンは出て行った。先に他の部屋の掃除をするという。
「ねえ、グレイシア?」
「何でしょう? スティーリア様」
「キオーンって」
「タイプですよね」
言う前に言わないでほしい。だがグレイシアなら気づいているだろうと思っていた。
「セリオン様が、キオーンみたいに気さくな方だとよいのだけれど」
「どうでしょうね。なにせいつも人をにらみつけ、話しかけた令嬢たちを震え上がらせ、王城の文官たちさえ近づきたがらない『氷壁の王子』様ですからね。スティーリア様のように仮面ならいいんですが、あまりいい噂を聞きませんからねぇ」
「どんな噂?」
「気に入らないことがあると物に八つ当たりするとか、担当者を呼びつけて3時間くどくど文句を言うとか、そんな話を侍女が話していましたよ。スティーリア様が次のいびりのターゲットになるのではって、皆さん心配してくれていました」
みんなが私に対して同情的ということは、よほどセリオン様は苦手意識を持たれている方なのだろうか。私はこの結婚にますます自信が持てなくなった。
「ため息ついちゃ駄目ですよ。幸せが逃げるって言うじゃないですか」
「じゃ、吸い戻すわ」
大きく深呼吸した私を見て、グレイシアがふふ、と笑った。
「その意気です、スティーリア様」
「ええ、負けないわ」
だが、そんな私たちの日常は呆気なく終わることになった。隣国との戦争が終わり、セリオン第一王子が帰還したのだ。私は両陛下からの連絡で正装に着替え、帰還兵たちを迎え入れる儀式に参列した。
「ただいま帰還いたしました。我が国の勝利です」
「よくやった。そなたが第一王子としての責務を果たしたこと、うれしく思う」
その時、セリオン様が私に気づいた。立ち位置から私が王太子妃の座にあるものだと気づいたのだろう。次の瞬間、露骨に顔をしかめた。
うわあ、最低。こんなに大勢いる中で、自分のマイナスの感情を見せるなんて。どんな教育を受けたのかしら?「氷花」モードの私は絶対零度を崩さないわよ?
「後で話がある。よいな」
国王陛下に言われて、セリオン様は小さく舌打ちすると壇を下りて騎士団の先頭に戻った。隣には随分派手目な美女がぴったりと寄り添っている。よく見れば、セリオン様が美女をエスコートするような形で美女はセリオン様に腕を絡め、体を密着させているように見える。そして、気のせいでなければ……私を一瞥して鼻で笑った。
あれ、誰? 儀式であんな態度を取る女性なのだ、絶対に何かあるはず。
国王陛下はちらと私の顔を見た。すまん、と言っているように見える。その後両陛下に続いて退出した私は、そのまま自室で待つようにと言われた。グレイシアと2人、何もできずに待つこと1時間。ノックもせずにいきなり扉を開けたのは、セリオン様だった。
「お前に興味はない。王と王妃の息のかかった妃など迎え入れない!」
入って一言目がそれ?
私は流石に眉をひそめた。だが、セリオン様はお構いなしに、腕に絡みつく美女を伴って王太子妃の私室に入ると、こう宣言した。
「この部屋はベンティスカのものだ。お前は偽の王太子妃だ。今すぐ出て行け! 衛兵!」
嘘でしょう、私を追い出すために衛士まで連れてきているだなんて!
私は何の抵抗もしていないのに手荒く腕をつかまれ、廊下を引きずり回され、王城から追い出された。
「一体どうなっているのかしら?」
衛士に突き飛ばされるように追い出された私は、膝と掌をすりむいてしまった。ドレスの下で見えないが、おそらく血が出ているだろう。引きずり回された時に髪を引っ張られたので、髪型もぐちゃぐちゃだ。グレイシアも同じような姿だ。
「スティーリア様、こんなこと……」
「どうしようかしらね」
両陛下は私が王太子妃だと言った。そして、誓約魔法に掛けられるほどの事情があるから少し待ってほしいと言った。おそらく、セリオン様が私をつまみ出したことは知らないに違いない。私が公爵家に帰った所で、その事情があるならきっと王城に連れ戻されるだけだ。私は考えた。
「グレイシア、キオーンの所に行きましょう」
「え、キオーンの所?」
「人不足って言っていたわよね? 手伝うからかくまってほしいと言えば、喜んで隠してくれそうじゃない? それに王城内にいれば、キオーンが何か情報を持ってきてくれるかもしれないし」
「行くだけ行って、だめならまた考えますか?」
「どうかしら?」
「スティーリア様らしいですね」
「そうよ。だって、成功したら今まで以上にもふもふタイムを堪能できるわ。今の私には、もふもふが足りないの。さあ、行くわよ!」
私たちは犬舎に行って、キオーンに事の次第を話した。そして、ここでキオーンの手伝いをするから、私たちをかくまってほしいと頼んだ。
「えー、誰にも言っちゃ駄目なんですか?」
「そうよ。」
「でも、そうしたら、2人分の食事、どうするんですか?」
「前にあなたがこの子たちの食事の用意をしている所を見せてもらったんだけど、食材は完全に人間用よね?だから、少し分けてもらえばいいわ。」
「陛下たちが王太子妃だって言っている人にそんなことは……」
「させられないって?ふふ、私10歳まで下町にいたの。フルコースは無理だけど、家庭料理ならお料理もできるのよ」
「え、本当に? 俺の分も作ってくれる?」
「2人分も3人分も変わらないわ。その代わり、少しだけ食材を多めにしてもらってね」
「やった~! いつも冷めた食事しか食べられなかったけど、これからはあったかい美味しいのが食べられる!」
それから私たちは、ラヴィーネの部屋に仕切りを立ててそこに寝泊まりすること、作業着はきっとあのベンティスカという女の指示で捨てられるだろうから、それをキオーンが拾ってきてくれることなど、いくつかの取り決めをした。
「あれ、もしかして怪我してる?」
すっかり忘れていたが、膝をすりむいたのだった。
「俺が手当てするわけには行かないからな。グレイシア、やり方分かる?」
「大丈夫、救急箱さえあればやれるわ」
「分かった、すぐ持ってくるよ」
私に怪我をさせたセリオン様に、このキオーンの気遣いはないだろう。キオーンの好感度がますます上がっていく。私は決めた、たとえ両陛下からセリオン様の奥さんになってほしいと言われても、絶対に拒否しよう。
救急箱だけでなく、汚れ落とし用に盥に水を汲んできてくれたキオーンは、きっと頭もいいのだろう。気が利く男。いいではないか。
「今日はベッドがないけど、明日には何とか用意するから、とりあえずこれを使ってよ」
キオーンは自分のベッドを貸してくれるという。だが、私はこれからキオーンに迷惑をたくさん掛けるのだ。
「じゃ、ソファを貸して。グレイシアは……」
「2人でベッドを使ってくれ。俺のベッド、大きいんだ。俺がソファを使うから心配いらない」
キオーンは自室を貸してくれるらしい。ソファを持ち出して隣の部屋に入れた。
「今日はもう疲れただろう? 明日の朝早いから、もう寝た方がいい。何かあったら隣の部屋にいるから、言って。それじゃ、お休み」
私たちは怪我の手当をしたあと、精神的な疲れも大きかったのだろう、あっという間に眠りに落ちていった。
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