キオーンとの出会い
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王城にほぼ誘拐の形で輿入れさせられてから早1ヶ月。実家の公爵家との連絡も許されず、ほぼ軟禁状態に変化なし。これでは流石の私も気が滅入る。私は担当執事さん(なぜか名前を教えてもらえない)を通して両陛下にお願いをした。
一つ目。実家に置いてきた私のポメラニアン「ラヴィーネ」を連れてきてほしい。
二つ目。ラヴィーネに会うために、王城の犬舎への出入りを許してほしい。
三つ目。作業着を作ってください。
「どうして、作業着ですか?」
執事さんは首をかしげている。
「ポメラニアンたちにドレスを汚されたくはありませんの。ラヴィーネが犬舎にしか住めないというのであれば、汚れても良い服が必要でしょう?」
私はラヴィーネと毎日同じベッドで寝ていた。ポメラニアンの骨は細いため、階段さえ上り下りさせない方がよいとされる犬種だ。だから、私はラヴィーネと一緒に眠るために一般的なベッド(もちろんお貴族様用)ではなく、フロアベッドを使っていた。そこまでしても一緒にいたラヴィーネと一ヶ月も会っていないのだ。私のことを忘れていないか心配でならない。
だが、ラヴィーネのことを思い出していた時に、私ははたと気づいたのだ・・・王城内でポメラニアンを一度も見ていないと言うことを。
軟禁生活とはいえ、ポメラニアンの姿を一瞬でも見ていないというのは、明らかにおかしい。まさかと思って執事さんに聞いたところ、王城のポメラニアンは全て犬舎におり、専属の飼育員が面倒を見ているのだという。そして、会いたい時に会いに行くのだという。
それって、飼っているって言えるの?という私の声は、もちろん口から出ていません。なんでも、他国からの賓客対応という要素があるのだと執事さんは教えてくれた。
「まず、我が国では神獣に次ぐ地位を持つポメラニアンですが、他国ではただの犬扱いされております。さらに、犬嫌いの賓客もいらっしゃいますので・・・。」
動物を好まない人がいるのは仕方がない。私だって、正直猛禽類は怖い。南にはフェニックスを神獣とする国があるが、そこでは鷹をフェニックスの御使いとしているようで、我が国のポメラニアンたちと同様の扱いを受けている。確かに、所用でその国を訪問した際王城の中を鷹が自由に飛び回っていたら、私は卒倒するに違いない。
「次に、踏まないためです。」
「それなら分かるわ。」
そう、ポメラニアンに限らないだろうが、小型犬は人間の視線よりも遙かに下で生活している。知らぬ間に踏みそうになったり、蹴ったりしてしまうことがあるのだ。何せポメラニアンは骨が細い。一踏みで複雑骨折することもある。
「カートの前に飛び出されたら、死亡事故に繋がる可能性もあります。」
「王城内で神獣の御使いの死亡事故というのは、あまりにもよろしくないわね。」
「という訳で、御使い様たちには犬舎で安全にお過ごしいただいているのです。」
つまり、私のラヴィーネも、もし王城に来ても一緒には暮らせない。会いたければ犬舎に行くしかない。犬舎で思い切りもふもふするためには、ワンピースなんかじゃ駄目!作業着必須なのだ。
私の説明に遠い目をした執事さんは、一応両陛下に確認してくれるようだ。私の監禁生活2ヶ月目をいかに快適なものにするか。目下それが私の挑戦だ。
・・・・・・・・・
私のお願いは、あっさり許可された。翌日公爵家から連れて来られたラヴィーネが犬舎に入ったと聞いて、私はすぐにラヴィーネに会いに行こうとした。しかし、である。
「作業着がまだできあがっておりませんので・・・。」
そう、作業着をほしがった理由を思い出せば、ドレスのままで会いにいけないではないか!
しょんぼりする私を気の毒に思ってくれたのだろう、執事さんは会うだけならばと言って私を犬舎に連れ出してくれた。犬舎、犬舎、どんな感じかな~とウキウキしていた私だが、目の前にあらわれた「犬舎」を見て乾いた笑いしか出てこなかった。グレイシアは思わずつぶやいた。
「これが、犬舎・・・。」
「さようでございます。王城の犬舎ですので、まあ、その辺りは・・・。」
「そうですよね・・・。」
私とグレイシアが仰天したのも無理はない。犬舎ではなく、貴族の邸と言ってもよい建物がそこにあったのだ。
「ここに何頭いるんでしょうか?」
グレイシアが私の目を見てから執事さんに聞いてくれた。さすがグレイシア、以心伝心である。
「同伴出勤の方の預かりもありますから見た目たくさんいるように見えるでしょうが、ここで生活してるのは・・・ああ、犬舎の担当者が来ましたので、彼から聞いてください。」
執事さんは、ブラックアンドタン(通称ブラタン)カラーのポメラニアンを抱っこしてきた青年を見つけると、手招きした。
「犬舎担当のキオーンです。キオーン、こちらは王太子妃殿下のスティーリア様です。今日、王太子妃殿下のポメラニアンが公爵家から到着したとのことで、妃殿下自らおいでになりました。」
青年は・・・どこかで会ったことのあるような気がするが、きっと気のせいだろう。爽やかな笑顔、涼やかな目、私より頭一つ高い背。これで犬あしらいが丁寧なら言うことなしと言いたいほどの好青年だ。
「王太子妃殿下?いつ結婚を?」
「正式な発表はまだですが、近々にあるはずですよ。」
「そうですか。妃殿下、犬舎担当のキオーンと申します。ラヴィーネという子が今日入りましたが、妃殿下の子だったんですね?」
私は「氷花」モード全開で、一言も話さない。口元を扇で隠して、グレイシアに小声で伝える。グレイシアは軽く頭を下げると、キオーンに向かって代弁した。
「『ええ、そうよ』と仰っています。」
キオーンは驚いたように私を見た。
「スティーリア様って、もしかして『氷花』のスティーリア様でしたか?」
私は頷く。そう、「氷花」モードの時は、表情を出さないだけではない。公爵令嬢らしく、下々の者とは直接言葉を交わさないこともお約束なのだ。執事さんとも最初はグレイシア経由での会話だったが、あまりにもまだるっこしいので直答を許す、みたいな儀式をして直接話すようになっている。初見のキオーンと言葉を交わすわけにはいかない。
そもそも私が「氷花」となったのは、公爵令嬢としての教育の賜物だ。表情を読み取られるのは致命傷になる。だから徹底的に表情を消す訓練をした。さらに、10歳から公爵令嬢となった私は、話す内容も話し方も令嬢らしからぬものだった。母からはきちんとした言葉遣いを学んでいたから、大人と話す時にはきちんと話すことができる。だが、同年代との話になると、ついつい下町のノリが出てしまう。これでは良くないと家庭教師、公爵、そして母が話し合い、「人前ではしゃべらない」というルールができたのだ。そういう意味では、執事さんは既に私にとって内側の人間と思えるほど、信用できる人と認定されたことになるだろう・・・ただし、王城の人間の中では、という条件付きであるが。
「そうでしたか。お初にお目にかかります。犬舎担当のキオーンと申します。妃殿下、聞いてください!俺一人で御使い様たちの面倒を見ているんですよ?人員不足です!増員してください!」
え、そんなこと急に言われても困る!
私の表情は変わらない。だがグレイシアには分かる。
「王城に入られたばかりの妃殿下には、まだ何の権限もございません。今日はラヴィーネに会いにいらしただけです。ご案内を。」
グレイシアはできる侍女だ。ちら、と私を見る。
(でしょ?)
(オッケー!)
「そうでしたね。こちらです、どうぞ。」
キオーンがブラタンのポメを抱っこしたまま、前を歩く。
「こちらです。」
案内された所は、これまた貴族の子弟の一室と変わらなかった。
「一頭につき一室与えられています。これを全頭分、掃除したり、食事の用意をしたり、シャンプーしたり、時々みんなを集めて遊ばせたり・・・一人じゃ無理なんです。」
余程大変なのだろうとお察しいたしますが、私には何もできません!
「ラヴィーネ、スティーリア様だよ。」
キオーンが呼びかけると、犬用ベッドにうずくまっていたラヴィーネが顔を上げた。そしてスティーリアを見つけると、走ってきた。
「ラヴィーネ!」
思わず声を出してしまったが、このくらいは許してほしい。飛びついてきたラヴィーネは、一ヶ月以上会えなかったスティーリアに会えてうれしいのだろう、頭をぐりぐりとこすりつけている。
「スティーリア様、ラヴィーネと本当に仲良しなんですね。見れば分かりますよ。」
ラヴィーネを抱きしめるスティーリアを見て、キオーンが微笑ましいものを見るような表情をしている。スティーリアはグレイシアを扇で招き、小声で伝える。
「スティーリア様は、これからも時々こちらに来て良いかと仰せです。」
「もちろんです!自分の犬に会いに来ない奴なんて、王族の風上にもおけません!」
それは言い過ぎ、不敬罪になりかねませんよ、キオーン。
「王族の前で不敬では?次から注意なさった方が身のためですよ?」
執事さんがさらっと言ってくれた。ありがたい。
「ま、いつでもお持ちしていますよ。本当に、誰か手伝ってくれないかな~。」
そんなに困っているのだろうか?作業着が来たら手伝ってやってもいいのだが・・・いずれにせよ、キオーンがどんな人間なのかを知ってからだ、と私は決めた。
読んでくださってありがとうございました。
ポメ好きの方々に楽しんでいただけたらと思っています。
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