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結婚なんて、聞いていません!

読みに来てくださってありがとうございます。

楽しく甘い作品を目指して挑戦します。

よろしくお願いいたします。

 今日、私は結婚した。

 でも、旦那様の姿はない。

 なぜかって?

 それは、旦那様……この氷の国の第1王子であるセリオン様が、未だ戦争から戻っていないためだ。

 なぜ出征中の王子と結婚したかって?

 それは私が聞きたい。

 聖堂での式もなく、いきなり豪華なウェディングドレスを着せられて王家の馬車に放り込まれ、はい、今日からあなたは王太子妃です、って、それはないでしょう?


 私は王太子妃の部屋に放置されている。食事は王宮の侍女さんが運んできてくれたが、王様からも王妃様からも呼び出しがあるわけでもない。お披露目されたわけでもない。お父様にもお母様にも何も言われていない。正直、誘拐なのではないかとさえ思っている。でも、ここが王城であるのは間違いない。何度も夜会に来たから知っている。そして、王族の暮らす奥の宮に入ったことも分かっている。


 「ねえ、グレイシア。何か分かった?」

 「何一つ分かりません。先ほども私が廊下に出たら『御用は何でしょう?』って王宮の侍女に背中0距離で言われて……出歩かせる気はないようです。見張りもいますし。護衛騎士も扉の外にいます。普通護衛騎士だって最初に名乗るはずなのですが……」

 「はぁ~やっぱり監禁?」

 「そうとしか思えませんね、スティーリア様」


 私は家から何とか連れてきた専属侍女のグレイシアとため息をつく。


 「お茶くらいお願いしても怒られないわよね?」

 「お食事が出たくらいですからねぇ……行ってみましょうか?」

 「お願い!」


 グレイシアが内扉から廊下の外扉を開けて出て行った音が聞こえた。


 一体何がどうなっているのかしら。


 立ち上がって窓から外を見る。階段を登った記憶はないが、ここは4階程度の高さがある建物らしい。


 窓から出ようとすれば、墜落死ってことね。


 遠くの城下を見下ろすと、今日出てきたばかりの実家……公爵家の邸が見えた。煌々と灯の点る邸では、お父様やお母様はどんな顔で今、過ごしているのだろう。


 私はこの国唯一の公爵家の令嬢だ。と言っても、生まれも育ちも由緒正しきお嬢様という訳ではない。


 お母様は何やら訳ありの人物であるようで、生まれた時から私はずっとお母様と乳母、そして乳母の子であるグレイシアと4人で暮らしてきた。下町で10歳まで過ごした私は、聖堂が大好きだった。この国はフェンリルを神獣と定めているのだが、実際にフェンリルを見たことがあるという人はいない。あくまで伝説の神獣である。そこで、昔の王様がこう考えたらしい。


「フェンリルの御使いとして、イヌ科の動物をマスコットにしよう!」


 可愛い王様だったのだろう。王様の趣味により、この国では神獣フェンリルの御使いとして、ポメラニアンが指定された。つまり、フェンリル≒ポメラニアンという図式が成立したのである。聖堂に行けばたくさんのポメラニアンに会える。貴族の家でも1人1ポメが当たり前。庶民であっても一家に1ポメいない家を探すことが難しいほどだ。

 それなのに、私の家にはポメラニアンはいなかった。ポメラニアンを飼わない理由をお母様に聞いてみたが、黙って首を横に振るばかりだった。何か理由があるのだろうと幼心に思い、それでもポメラニアンをもふもふしたくて私は聖堂に入り浸った。


 聖堂にはポメラニアンたちがたくさんいたのだ。しつけもきちんとされていて、私は思う存分もふもふを楽しんだ。もちろん、聖堂や聖堂の犬舎のお手伝いをすることを条件に、もふもふタイムを聖堂の神官長様直々に許されていた。


「スティーリアは本当にポメラニアンが好きだね」


 犬舎担当の神官にそう言われた時、私は当然よ、と言った。


「こんなに可愛くて、ちっちゃくて、これがフェンリル様の御使いだなんて信じられないくらい!」


 神官はいつも丁寧に私に犬の世話の仕方を教えてくれた。だから、私は家で犬を飼っていなくても、同じかそれ以上に犬の世話ができるようになっていた。毎日がもふもふで溢れた日々だった。


 ああ、それなのに。転機は10歳の時だった。お母様の元に公爵様があらわれたのだ。


「お迎えが遅くなって申し訳ありません」

「いえ、いいのです。ここの方が安全でしたから」

「ですが、お労しい……」


 公爵様はその日、お母様、私、乳母、そしてグレイシアを連れてこの家を引き払い、私たちは公爵邸に住むことになった。その日からお母様は「公爵夫人」となり、私は「公爵令嬢」となった。公爵様は実父ではないと、公爵様もお母様も口を揃えて言った。


「だが、今日から私はスティーリアのお父様だ。いいね?」


 子どもに問答無用で押し付けておいて、と私は憤慨したが、公爵邸の暮らしは悪くなかった。勉強は大変だったし、マナーや言葉遣いなどは涙が出るほど厳しい教育を受ける羽目になったが、得体の知れない私が公爵令嬢として生きていくためには必要な武装だと思い定めて血のにじむような努力をした。


 おかげで私は誰からも陰口をたたかれることなく、公爵令嬢として18歳までを過ごしてきた……今日までは。


 いつ私は婚約したの?

 いつからお父様とお母様は知っていたの?

 なぜこんなだまし討ちのような形で王城に来なければならなかったの?

 そもそも、私、この結婚に納得していないからぁ~!


 15歳でデビュタントを迎えた時から、いつかは公爵令嬢として家と国の役に立つために結婚するのだと言われてきたけれども、具体的な話が持ち上がったことは一度もなかったはずなのに。


 私はどうやら、第1王子のセリオン様と結婚したらしい。王城に入ってから、私のことを「王太子妃様」ってみんなが呼んでいたから。不在の旦那、そもそも遠目にしか見たこともない旦那。分からないことだらけだ。


「王太子妃様、両陛下がお呼びでございます」


 え~、待って。グレイシアがまだ帰ってこないんですけど!


 という言葉は呑み込んで、顔と姿勢を作る。氷花と呼ばれるほどの、つんとすました貴族令嬢の姿こそ、お父様やお母様によって作られた私の公爵令嬢としての姿。私とグレイシアは、それを「氷花モード」と呼んでいる。


「この服のままでよろしいのかしら? 着替えは必要でして?」


 執事とおぼしき男性がスティーリアを見てうっとりとした表情をした。

 

 え、何? 気持ち悪い!


 だが、スティーリアはおくびにも出さない。


「そのままでよろしいかと思われます。エスコートは護衛騎士が務めます」

「分かりましたわ」


 グレイシア、どこ! 早く帰ってきて!


 だが、私の願いも虚しく、1人で連れ出されることになった。護衛騎士はガチガチに緊張してる。


「私のようなものにエスコートの機会を賜り……」


 ああ、この人自分で何を言っているか分からなくなっちゃったわね。


 私はただ微笑んで「よろしく」と一言だけ告げる。


「は、はい」


 護衛騎士にエスコートされて、私は両陛下の御前に出た。


「王太子妃スティーリア様、お越しにございます」

「入れ」


 両陛下のプライベート用の応接室なのだろうか、そこはそれほど広くない部屋で、両陛下はソファに座っていた。随分略式なご挨拶なのに驚いていると、国王陛下からお声がかかった。


「今日は誘拐まがいの輿入れになってしまったこと、本当に申し訳ない。だが、事情があるのだ。今はまだその事情を明かすことはできないが、スティーリアが王太子妃であることは天地の神の名にかけて真実である。今日はどうしてもそのことを伝えておきたかった」


 何よ、その事情って? 

 私はそれこそが一番大事なことなのに、それをはぐらかそうとする陛下に少しだけ不信感をもってしまった。


「私がその事情を知るのは、いつなのですか?」

「それは……」


 口ごもる国王陛下に、私の不信感はいや増していく。


「私は何一つ聞かされていません。こんなことが王家主導で行われる、そんな国なのですね。それとも、私の出自に問題があるから、正式な婚姻相手ではなく愛妾として召し上げられたということなのでしょうか。いずれにしても、私の気持ちが顧みられないこの結婚がよいものになるとは思われません。信頼すべき人が信頼できないのですから。それとも、いますぐ、こんな不敬を働いた私を死刑にしてくださいますか?」

 

 私がここまで怒っていると思っていなかったのだろう。両陛下がオロオロし始めた。


「そんな、不敬だなんて……」

「そうだとも、本当に事情があるのだ。私たちもその制約の下にあり、話すことができないのだよ」

「私は軟禁されていると感じました」

「そうではない、だがどうしても早くスティーリアを王城に連れてきたかったのだ」


 私は令嬢教育の中で、心を開いた者以外に対して一切表情を出さずに話すことができる。この鉄面皮のせいで「氷花の姫」なんて呼ばれている。もちろん両陛下の御前であるから、「氷花」モードのスティーリアは、美しいが周りが思わず後ずさりするほどの冷気を感じさせる表情で話をしている。


「スティーリア。あなたは『鍵』なの。あなたこそが、大切な存在なの。それがどういうことなのか、それを今は言うことができない。だから、お願い。王太子妃として、この王城にいてほしいの。必ず、説明できる時が来たらきちんと話すから」


 王妃様は突然涙目になって腕を押さえた。


「制約と言ったけど、誓約魔法にかけられているの。だから、言いたくても言えないの。これを言うだけでも、今、私の骨が一カ所折られたわ。お願い、これ以上は許して」


 そこまでの事情があるなら、ええ、いいでしょうとも。というよりも、先に言ってください、王妃様。


「分かりましたわ。お約束くださるのですね」

「ああ、必ずだ。済まない、王妃」


 国王陛下は王妃様を抱きかかえると、


「医師に診せる、済まないが我々はこれで」


 と言って部屋を出て行ってしまった。後に残された私は何とか「氷花」モードのまま、執事に部屋に戻りたいと告げた。護衛騎士がエスコートして、王太子妃の部屋に戻る。


「ありがとう」


 それだけ言うと、私は部屋に入った。中ではグレイシアが泣きそうな顔で立っていて、私の顔を見ると「お嬢様ぁ~」と叫びながら抱きついてわんわん泣き出した。


 「みんなおっかなびっくりの対応だし、戻ってきたらスティーリア様いなくなっているし、もう私どうしようかと思いましたぁ~」

 

 ぐすぐすと泣き続けるグレイシアの背中をポンポンと叩いてやると、グレイシアははっとしたように私から離れた。


「失礼しました、スティーリア様」

「グレイシアも不安だったのよね。王様と王妃様に呼び出されただけ。でも、結局よく分からないまま。事情があって、それも言えないんだって。王妃様なんて誓約魔法に触れたようで、腕を折られてしまっていたわ」

「スティーリア様って、そんな物騒な人なんですか?」

「18年一緒にいて、そんなこと言うのかしら?」

「それもそうですね。どこが『氷花』なのかと私は思いますが」

「ね~っ!」


 とにかく、私は儀式もなくこの国の王太子妃となった。誰からも事情を教えてもらえず、旦那様にも会うことのない、不思議な結婚生活の始まりだった。


読んでくださってありがとうございました。

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