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「迎えに来たよ」
放課後、フランツがわざわざ迎えに来てくれた。
そして、ゆっくりと話がしたい、誰にも聞かれずに話がしたかったので彼の屋敷にお邪魔する事になった。
屋敷はど田舎にある私の屋敷よりも小さいものの、家具や建物は洗練していておしゃれだった。
お茶を軽く飲み、少し落ち着いたところでフランツが本題に入った。
「実はね。入園した時から、君のことをいいなって思っていたんだ」
「へっ!」
意外な事にフランツは、私に好印象を持ってくれていたようだ。
「婚約の打診をしたんだが、相手もいるし君が憎からず思っている様だと断られてね」
「引き下がったんですか?」
縁談話を持ち込むフットワークの軽さもそうだが、断られてすんなりと引き下がった事にも驚いた。
「思っている相手がいて、ほぼ決まっている状態なのに、無理やり引き裂いてまで婚約者にはなりたくないからね」
当たり前でまともな価値観。
そして、そのことを私に何も言わない両親。
「知らなかったです」
「まあ、向こうのご両親は、エーデルさんが幸せならどんな相手でもいいそうだ。良好な関係を築けるならリーヌスをやめて僕でもいいと話していたよ」
「何も話してくれないから」
そう、両親は何も言わない。
リーヌスとの婚約も頭の中にはあるが、圧をかけてくることはなかった。
「リーヌスくんの件はかなり怒っているだろうし、今後は二度と婚約者候補にはならないだろうね」
ふふふ、と笑うフランツ。
もしかしたら、中々婚約の話を出そうとしないリーヌスに、両親は前々から腹を立てていたのかもしれない。
再び婚約者になるなんて絶対にありえないことなのだけれど。
「あんなことをしたんだから、もう今更ですよ」
「どうだかな、逃した魚が惜しいとまた来るんじゃないか?」
まるで予言するかの様な口調に苦笑いが出る。
「……わかりません。そんな恥知らずなことをすると思いたくないですね」
そもそも向こうは私のことをどうでもいいと思っているのだ。
そんなことをしてくるはずがない。
「どうだろうな、案外すぐに泣きついてくるかもしれないかもな」
やはり、また予言するかのように言い。意地悪そうに「くっく」とフランツは笑う。
本当にそうなりそうな気がした。
「……僕の噂知ってる?」
急に話が変わり戸惑いながらも嘘をつくことはできず、私は正直に返事をした。
「ええ、まあ」
「あれ、全部ガセだから」
「そうだと思いました」
それはそうだと私は思った。
フランツは誠実でリーヌスとは大違いだ。
見た目のせいでかなり苦労しているのだろう。
「厄介な奴に好かれるみたいで、苦労しているんだ」
そこから色々聞かされたのは女性トラブルだ。
お茶会でフランツの隣の席の取り合いになり殴り合いにまで発展したり。
寝込みを襲われそうになったり。災難続きだったようだ。
女好きという噂を流されても、面倒だから訂正もしなかったようだ。
「大変でしたね」
色々と話してくれたフランツの表情は明らかに硬く。よほどのトラウマになっているように見える。
返す言葉も見つからず。せめで、自分はフランツに誠実であろうと思った。
「とりあえず友達から始めませんか?」
「は、はい。よろしくお願いします」
フランツが差し出した手に私の手を重ねる。今後の関係を誓い合うようにそのまま握手した。
フランツとの関係は良好そのものだ。
一緒に学園に行き。放課後になったら図書室に行って勉強する。
フランツに教えてもらうと、わからないところがよくわかる。
そして、フランツも同じように感じてくれているようだった。
二人で勉強しながら思った事がある。
「みんなで、勉強会しない?」
それは、二人だけで勉強するのでなく、何人かで勉強する事だった。
フランツの教え方はとても上手で、私がそれを独占するのは勿体無い気がしたのと。
結局、私は狭い世界にいるのだと思うようになったからだ。
そう、フランツとステラ以外に友達がいない。
「え?」
私の提案にフランツは明らかに戸惑っている。
彼の性格だったら「いいね」と、言ってくれそうな気がするのに。
「わからないところとか教えて欲しい人もいると思うんだよね」
「なるほど、でも、僕たちが教えてもらうことはないと思うんだけど」
なんだか、やりたくなさそうな雰囲気を出すフランツに違和感を覚えながらも私は説得する言葉を連ねる。
「損得勘定でやるわけじゃないし、私はいいかなって思うんだ。教える事も勉強になるし。やりたい」
「でもさ、誰かに構ってたら成績下がるかもよ。一位取るのが目標なんでしょ?」
「そうだけど、気がついたんだよね。卒業したら一位も二位もあまり関係ないんだって、いい成績だったことには変わらないし、それにこだわらないで他の人と交流したいなって思ってて」
「……そうだね。確かに。うん、いいんじゃないかな」
「何か不満でもある?」
明らかに不満そうなフランツに、私はその理由を聞く。
「二人きりの時間が無くなるのが嫌だ」
確かに放課後に勉強会をしたら、フランツと二人きりで過ごす時間は無くなってしまう。
「別にいいじゃない。学園がない日に出かければ」
「……!」
私の提案にフランツは喜色満面で頷く。
話し合い。今週末に一緒に出かけることになった。
次の日、私はまず最初にステラに声をかけることにした。
あれからかなり仲良くなれた気がする。お互いに相性で呼ぶくらいには。
「ステラ、あのね。これから放課後に勉強会をするつもりなんだけど、もしよかったら参加してくれるかな?」
「えっ、いいの?フランツさんとエーデルが教えてくれるなら助かる!絶対に行くから!」
ステラは二つ返事で喜んでくれた。
「もし、お友達とかいて一緒にしてもいいって思う子いたから声かけてくれるかな?」
「うん!一緒にやりたい子多いと思う」
ステラは、そう言ってくれるが実際はどうなるのかわからないので少しだけ不安だ。
「でもいいのかな?」
「何が?」
「だって、勉強会っていうカップルの時間を邪魔しちゃってフランツさん怒らない?」
ステラはこういったことへの気遣いができるタイプのようだ。
もしも、困ったことがあったら相談しよう。
「大丈夫だと思う。今度デートに行くし」
「嘘!その話聞かせてよ!」
ステラは、私の話に食いついた。
どこに行くかも聞かれて、来ないでね。と、念押しして、少し困りながらも答えた。
学園生活というものは、たぶん、こういった物なのだと思う。
勉強ばかりではなくて周囲に気を向ける事。頑張ることは頑張って、今を楽しむ。
それが大切なのだと思う。順位なんて関係ない。