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故郷が嫌で仕方なった。
何もない田舎。何にもなれない両親。そして、つまらない幼馴染達。
近所付き合いもあるので、嫌な態度も取れない。
王立学園に行く事が決まった時、こんなしけたところから離れられると、僕は嬉しくて仕方なかった。
エーデルも一緒に行くと知った時は、「面倒だな」と思ったけれど、関わらなければ別にいいと思っていた。
家は子爵で、上に兄がいるので僕が家を継ぐ事はない。つまり、平民として生活していくのが決まっていた。
どうせ平民になるのなら、田舎ではなくて都会で生活したい。
だからこそ、王立学園に行く事が楽しみだった。
しかし、それはすぐに打ち砕かれた。
「チェンバース家のエーデルワイス様との縁談話がある」
王立学園の入園式を間近に控えていたある日、両親に突然そんなことを言われた。
「エーデルと?」
前々から、そういった雰囲気はあった。婚約者にと冗談めかして周囲から言われることもあった。
しかし、正直にいうとエーデルのことを友達以上の目では見られない。
勤勉で真面目でとてもいい子だとは思うが、彼女の出来の良さを見ていると、自分の出来の悪さを見せつけられるから、一緒にいるのが辛い。
あの暗い黒い髪の毛を見るだけで、気分が落ち込むのだ。
チェンバース家の婿養子になって、肩身の狭い思いをするのが嫌だ。
チェンバース家はとても魅力的ではあるけれど。
「あちらは、お互いの相性を考えて決めると話していた」
「ふーん」
つまり、話は進んでいないがそのつもりだということのようだ。
「そのつもりでいるんだぞ、チェンバース家なら安泰だ。エーデル様は優秀だし、余計な事さえしなければ、お前も気楽でいられるだろう」
「……」
僕に何も期待していない父親に腹が立ったが、情け無いが事実だ。
どれだけ努力してもエーデルには勝てない。
それなら、と、僕は思う。
都会に出て平民として一からやるか、それとも、チェンバース家の婿養子になるか、今は決められない。
向こうは「お互いの関係を見て決める」と、話しているのだ。それに法的な拘束力はない。
ギリギリになって決めてやろう。
もしも、僕がエーデルを選ばなかったとしても、僕との婚約を勝手に夢見て信じた彼女の過失だ。
僕は悪くない。
この縁談をどうするか決める権利は僕にあるのだ。
心の中でほくそ笑む。エーデルには僕しかいないと思わせる必要がある。
「あの人、すごい」
張り出されたテストの結果を見てエーデルは呟いた。
そこには悔しさなんて全くなく、一位を取ったミランダのことを尊敬している様子さえ見えた。
田舎の秀才も都会にいけば霞む。
エーデルはまさにその通りだった。
……こんな奴と結婚しないといけないのか、「選べる立場」の僕は、自分の成績を棚に上げてそんなことを思った。
自分には価値があるのだと信じて疑わなかった。
それを証明するようにミランダからの婚約の打診があって、僕は有頂天になった。
両親は受けたくなさそうだったが、侯爵と子爵では立場が違う。
断ることができずに婚約する事になった。
婚約が決まり僕はミランダと交流のために顔合わせをした。
「リーヌス。お願いがあるんだけど」
「何?」
「エーデルには、内緒にして、テスト結果が張り出された後に婚約した事を言うの」
ふふふ、と、楽しそうに笑うミランダ。
彼女は僕と同類の性格の悪さだと思った。
一番されたくないタイミングでそれをしたらエーデルはとても傷つくだろう。
けれど、僕には関係のない事だ。勝手に傷付けばいいだけだ。
「わかったよ」
だから、僕はそれを受け入れた。
今までエーデルの優秀さのせいで僕は苦しめられた仕返しのようなものだから。
「私達の婚約が正しかったと証明させましょう?」
ミランダは、婚約後、エーデルに付き纏いたくさん傷付けて、取り乱し続ければ、成績はもっと下がるし、情けない姿を晒せば、周囲も冷めた目で彼女を見る事になる。
もしかしたら、学園を辞めるかもしれない。
跡取りの娘が学園を辞めるなんて恥晒しもいいところだ。
ざまぁみろ。
「もちろんだ」
長年、エーデルの添え物であり続けた僕はとても嬉しかった。
決別できることもそうだが、エーデルを傷つけることで、長年オマケのような扱いをされた僕の自尊心が少しでも癒されるような気がしたから。