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「……は?」
私は思わず「何を言っているのか」と、聞き返しそうになった。
「リーヌスに捨てられたら、今度はフランツに乗り換えるの?ふしだらよ。フランツ、貴方騙されているわ……」
言っている事が無茶苦茶だ。
そもそも、付き合ってもいなければ、婚約者ですらないのになぜ捨てられたという考えになるのか。
そして、仲裁に入ったフランツに言い寄っているかのような物言い。
違う。と、言い返そうとしたらなぜかフランツが口を開いた。
「婚約者候補がその相手と交流することが節操なしなのか?」
フランツが何を言っているのかわからなかった。
つい最近までまともに話すらした事がないのに、婚約者候補とはどういう意味なのか。
「え?」
「前々からチェンバース家に婚約の打診をしていた」
「えっ、えぇ!?」
さらに落とされたとんでもない事実に、私だけではなくてクラスメイトもどよめいている。
「リーヌスさんがいるから、と、濁されていたけど。もう、関係ないね」
フランツはにっこりと笑って見せた。
私は、両親からそのような重要な話を全く聞かされていなかったので、かなり驚いていた。
「というわけなので、エーデルさん。今後もよろしく」
フランツが手を出してきたので、握手なのだろうと思い手を軽く握った。
「は、はい、よろしくお願いします」
「仲良くしようね」
と、フランツは言い。その笑顔の圧が強くて少し怖かった。
「とりあえずお友達として仲良くしよう。……そんなに怯えたり身構えたりしなくていいよ」
そうは言ってくれるが少し怖い。肉食獣にロックオンされた草食動物の気分だ。
フランツはずっと私のことを見ている。ミランダとリーヌスの存在など忘れているかのように。
「リーヌスさん、ありがとう」
フランツは、今しがたリーヌスに気がついたように、突然お礼を言った。
わざと無視していたのはわかるが、なぜお礼なのか。
「は?」
「今まで、エーデルさんに悪い虫がつかないように見張っていてくれてありがとう。これからは、その役目は僕がするから。君はそこの才女と幸せになってくれ」
いかにも感謝している雰囲気を出しながら、明らかに二人を馬鹿にしているのが伝わってくる。
高位貴族の嫌味というのは、こんなにも恐ろしいのか。
「エーデル!」
リーヌスも馬鹿にされているのだと分かったようだが、フランツに怒れるはずもなく私に声をかけてきた。
また、呼び捨てにされた。
やめろ。と、先ほど言ったのになぜ繰り返すのか。
苛立ち混じりに「やめろ」と言おうとすると、それよりも先にフランツが口を開いた。
「エーデルさんは君に名前を呼び捨てにする事を許可していないようだが?君は子爵じゃないのか?王立学園に身分は関係ないというが、その態度はあまりにも目に余るな」
「……」
フランツのごもっともな意見に、リーヌスは何も言えなくて黙り込んだ。
「それと、ミランダ嬢、僕は君に呼び捨てにしていいなんて許可していないが?」
ミランダは、自分がそんなことを言われるなどと思っていなかった様子で驚いていた。
「フランツ、私達の関係でしょう?」
「君と何かあったかい?」
ミランダのいかにも何かありました。という話をフランツはバッサリと切り捨てた。
「あ、そうだ。エーデルさんと交流がしたいから早くいなくなってくれるかい?」
「……!」
二人は顔を見合わせて教室から去っていった。
「大変だったね」
「おかげで助かりました。ありがとうございます」
フランツのねぎらいの言葉に、私はお礼を返した。
もしも、来ていなかったら、間違いなく私は怒っていた。
来てくれたのはありがたい事なのだが、なぜ来てくれたのかとても気になる。
「ところで、なぜ、こちらに来てくれたんですか?」
「ああ、それは、騎士の家に生まれるとね。第六感が強くなるんだ。エーデルさんがピンチだと思って駆けつけたんだよ」
「……なるほど」
それっぽい説明だが、はぐらかされたような気分になった。
何か知られたくないことでもあるのだろうか。
「今日の帰り、時間があるか?」
「はい」
「ちゃんと話をしようか。突然で驚いたよね」
フランツから聞かされる色々な事実に、私の頭は追いつかなかった。
ちゃんとした説明が欲しい。
「説明、お願いしますね」
「もちろん。僕は不誠実な人間にはなりたくないからね」
彼が女好きだという噂はもう信じていない。あれは絶対に嘘だ。
フランツが、じゃあまた。と言い教室から去っていくと、何人かの女子生徒が「かっこよかった」と呟いていたのか聞こえた。
「大丈夫だった?」
フランツが去っていったのを待っていたかのようなタイミングで声をかけてきたのはステラだ。
話している途中だったのに、あんな変な人と遭遇させたのは申し訳なかった。
「ええ、何とか。お騒がせしてごめんね」
「いいのよ。遠くから見ると面白かったから」
ステラはとてもいい笑みを浮かべた。
どうやら、見えないところであのやり取りを楽しんで見ていたようだ。
なんというか、面白い人だと思った。
「えぇ」
「ミランダさんってあんな感じなんだね。ちょっと無理だわ」
気持ちいいほどにミランダをバサッと切るステラに、私は相手は侯爵令嬢なのにいいのかな。と、思ってしまう。
「うん、まあ」
「取り巻き?腰巾着?金魚の糞?信者な人たちはそう見えないんだろうけどさ……」
そういえば、テスト結果が出て私を馬鹿にすることを言うのは、みんなミランダの事を崇拝している様だった。
あれは信者だったのか。
「結構いるのよ。才色兼備だからかしら」
「そうね」
確かに、ミランダは美人で頭もいいのでそういった対象になるのもわかる気がした。
「顔と頭が良くても中身が伴ってなかったら宝の持ち腐れよ。あの二人はある意味でお似合いだけどね」
「そうかも」
容赦のないステラに、私はなぜか心が軽くなった気がした。
自分はそうならないようにしたい。
「何考えてるんだろうね。二人とも、ミランダさんは家を継ぐわけではないし、リーヌスさんもそうでしょう?自爆でもしたいのかな?」
「そういえばそうね。何がしたかったんだろう」
ミランダは才女だが、兄がいて彼が爵位を継ぐ事が決まっていたはずだ。
このままだと二人とも平民になって生活する事になるが、先の見通しは立っているのだろうか。
「案外、目先のことしかお互いに見えてないのかもね」
なぜかわからないが、あの二人を見ているとそんな気がした。
勉強ができてもミランダは幼稚だし、リーヌスもそうだ。
何も考えていないのかもしれない。
ただ、二人に能力がないわけではないので、平民になっても問題なく生活はできそうではあるが。
私の知ったことではないので関係はないけれど。
リーヌスはともかくミランダは、彼を簡単に切り捨てられる立場にいる。
「婚約者候補を奪うのはなくもないけど、それが、家を継ぐ相手からなら話は別よね。権力でゴリ押しして婚約したのなら、権力で婚約破棄もしそうだわ」
とても、嫌な予感がした。