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始業前の、誰もいない図書室へと連れられた。
歩いている間も、二人は私のことなど目に入らないかのように見つめ合い、微笑んでいるのが見えた。
「ここなら、誰もいないわ」
私が図書室に入るなりリーヌスはとドアを閉めて、待ちきれんと言わんばかりに口を開いた。
「時間がないし、簡単に説明するね。僕はミランダと婚約したんだ」
リーヌスは言いながら、親密さをアピールするかのようにミランダの腰を抱いた。
言っている意味がわからなかった。
いや、リーヌスの言っている事はわかる。しかし、それを頭で理解する事を拒絶していた。
私はすぐに受け入れる事ができなかった。
聞かされたのがあまりにも突然過ぎて心の準備すらできていない。
わかっていたら覚悟だってできていたはずなのに。
そもそも、リーヌスとミランダが親密そうにしている様子はなかった。
もし、それがあったなら仕方ないと諦めもついた。
「……どういうことなの?」
「頭がいいのに理解できないの?」
私が聞き返すと、リーヌスは呆れた様子で笑った。
いつものリーヌスからは信じられないような意地の悪そうな笑みに私は戸惑った。
本当に彼はリーヌスなのだろうか。そんな事を考えてしまうほどに。
「だから、万年二位なのよ」
ミランダは、バカにするように私の事を笑った。
それを見たリーヌスは、「少し言い過ぎだ。事実だとしても」と言ってそれを窘める。
「エーデルには申し訳ない事をしたと思ってるよ。僕に気があるように見えなくもなかったし、早く君に興味も気持ちもない。と言うべきだった」
申し訳なさそうにリーヌスが謝るけれど、それが余計に私の心を傷つける。
リーヌスからは嫌われてはいないと思っていた。
長年の付き合いもあるので、少なくとも友達としての情はあると思っていた。
「興味も気持ちもない」その言葉が全ての説明だった。
リーヌスは、私の事など「どうでもいい」と思っていたのだ。
それは、嫌われる事とどちらが残酷なのか。
もしも、少しでも情があるのならこんな方法で私に婚約を告げるはずがない。
「期待だけさせて可哀想だと思ったの。だけど、婚約が決まるまでは情報が漏れたら困るもの。仕方なかったのよね」
「だから、決まった今報告しているんだ」
二人ともあくまでも悪意はない。と、言いながら私の事を嘲笑う。
ミランダがリーヌスの頬に口づけをしたのが見えた。
「ふふふ、可哀想。テストの結果も悪くて、いきなり失恋を突きつけられるなんて、私なら学園にいけないわ。恥ずかしいもの」
「エーデル、ごめんね。君に気のある素振りなんて見せたつもりは全くないけど、もしも、僕のことが好きだったら申し訳ない」
リーヌスが私の気持ちを知っているかはわからないけれど、なぜここまで言われないとならないのだろうか。
この二人に、私がリーヌスが好きだと知られたら、私が二人の目の前から消えるまで嘲笑い続けるだろう。
「……リーヌスの事は友達だと思っているわ」
ようやく出た言葉に、二人は顔を見合わせて声を出して笑った。
「そうだよね。僕が、未来のことを濁して話したのも、君に気がないと伝えるためだったんだ」
「そう」
リーヌスの本音をようやく聞けたような気がした。
きっと、私に何も言わなかったのは「どうでもよかった」からなのだろう。
なんとも思っていないからこそ、こんなに酷いことができるのだ。
きっと、ミランダに言われるままにこれをしたのだろう。
……いや決めつけは良くない。
リーヌスの事を見抜けなかったのは自分の落ち度だ。
あるはずない未来を信じて、バカみたいに期待した自分はとても愚かで情けない。
こんな事になるくらいなら早く聞けばよかったのだ。
長い間見て見ぬふりなんてせずに……、諦め時を逃したせいで、手酷い裏切りでこんなにも苦しむことなんてなかった。
「リーヌス。可哀想だからあまり酷い事を言わないであげて」
ミランダは勝ち誇ったような顔をしてリーヌスに抱きつく。
そこは、私がどうしても欲しい場所だったのに、ミランダは当然のようにそこに立っていた。
羨ましい。悔しい。悲しい。様々な感情が私の中で渦巻いていた。
「……婚約おめでとうございます」
ようやく出た声は掠れていて、情けない今の自分の心情のようだ。
早く離れよう。このままだと泣いてしまいそうだ。
それなのに、ミランダはさらに私が傷つく言葉を吐き出した。
「ありがとう。貴女のお陰で仲良くデートもできたの」
なぜ、お礼を言われるのかわからなかった。
「え?」
何を言っているのかわからなかった。
私が二人のデートの役に立ったとはどういう意味なのか。
意味がわからずにリーヌスを見ると、「ああ」と何かを思い出したように笑った。
「エーデルと行った店は全部下見で、ミランダと後からデートしたんだ。色々と手伝ってくれてありがとう」
その説明でようやく、リーヌスに励まされていたのではなくて、ミランダとのデートのために自分が利用されていた事に気がつく。
「もしかして、リーヌスとデートしていたと思っていたの?バカね」
「あんたなんかリーヌスに相手にされるわけがないじゃない」と、言わんばかりにミランダは、首をわざとらしく傾けた。
「エーデルのお陰で有意義なデートができたよ。もう、協力しなくていいから」
「バカみたいに勘違いしてた?婚約してもらえると思ってた?そんな事、絶対に有り得ないわ。だから、万年二位なのよ」
リーヌスの一方的な通告。そして、ミランダは私を侮辱する言葉を残して去っていった。
残された私はその場に膝から崩れ落ちた。
私の大切なものはいつのまにか、手のひらから滑り落ちていた。
いや、そもそも、そんなものなんてなかったのだ。