2
「エーデル大丈夫だったか?」
フランツが去ってからリーヌスは、心配そうに声をかけてきた。
しかし、フランツが私を傷つけるような事は何もしていないので心配は不要だ。
万年二位と彼は言ったが、悪気があって言っているようには見えなかった。
「何が?何もされてないし、ただ勉強をしようって誘われただけでしょう?」
私がそう返すと、リーヌスは明らかに機嫌を損ねたような顔をした。
「そうだけど、フランツさんと関わると醜聞になるからやめた方がいい」
フランツと関わることが醜聞とはっきりと言われて、私は違和感を覚える。
確かにフランツは、軟派な外見をしている。
話し方もどこかチャラチャラしているので、女好きに見える。
しかし、実際に彼が女性を口説いているところを私は見たことがない。
見てもいないのに、一方的にそれを決めつけるのはどうなのだろうか。
気がついたらリーヌスに疑問をぶつけていた。
「……本当に彼ってそういう人なの?とてもそうには見えないんだけど」
「そういう話はエーデルにはまだ早いよ。知らなくていい事は、今はそのままでいいさ」
リーヌスは、具体的な内容はあえて言わずに濁した。
まるで聞かせたくないと言わんばかりに。
私はそれ以上聞いてはいけないような気がした。
「う、うん」
どのみち、フランツとは王立学園を卒業したら滅多に会う事はない。
リーヌスとの未来を考えると、ここで仲違いをするくらいなら、それに目をやらない方がいいかもしれない。
私はもやもやしながらもそう自分に言い聞かせる。
「今日は寄り道したいところがあるんだ」
「いいわよ。行きましょう」
リーヌスの申し出に、気分を変えようと思い頷いた。
連れて行かれたのは、最近できたばかりのカフェだ。
「ここは、いちごのムースが有名なんだ」
どこからそんな情報を仕入れたのか、リーヌスはカフェの話をしてくれた。
王立学園に行くようになってから、リーヌスはかなり垢抜けたように感じる。
こういった場所に詳しいところとか。デートスポットを意外と良く知っているのだ。
田舎から出てあまり変わらない私と、たまに距離を感じることがある。
少しだけ寂しさを感じながら、私は無理やりその考えを振り払った。
「……美味しいわね。甘すぎないように酸味がある苺をあえて使っているのかしら」
「エーデルは、色気よりも食い気だね」
いちごのムースの感想を口にすると、リーヌスは苦笑いした。
やはり、彼は変わらない。
「悪かったわね。だって、あっちにはいる友達が一人もいないのよ?食べる事くらい楽しませてよ」
「ごめん。ごめん」
口を尖らせて文句を言うと、リーヌスは宥めるように謝ってきた。
いつものやりとりをしながら、王立学園に入ったばかりの頃を思い出す。
ホームシックで苦しんでいた時、リーヌスはこうやって励ましてくれた。
「王立学園に行くのが一人じゃなくてよかったわ」
「僕もだよ」
ずっと一緒にいられたらいいのに。
それなのに、私たちの将来はまだはっきりと決まっていない。
どうなるんだろう。結婚するにしても早く決めないと先には進めない。
「ねえ、卒業してからの事だけど……」
一緒になろう。と、言ってくれないだろうか。
淡い期待を持ちながらそんな事を聞くけれど、リーヌスは言葉を濁すだけだ。
「そうだねぇ、まだまだ先の話だね。何も考えられないや」
先を考える事を拒絶されているような感じがして、私の心はざわめく。
「領地に帰るの?」
「とりあえず、帰って兄さんたちを手伝うつもりだよ」
「……そうなんだね」
私を選んでほしいと言えたらいいのに、そんな事はできなかった。
このままでいたら、ずっと一緒にいられる。
そう言い聞かせて、不安を飲み込んだ。
「次のテストが終わったら、エーデルに大切な話があるんだ。きっと喜んでくれると思う」
不意打ちのリーヌスの言葉に私の胸が高鳴った。
「え?」
「期待してていいから。楽しみに待っていてね」
期待してもいい。と、言われて私の頬は自然と緩んでいた。
ずっと、思い描いていたリーヌスとの未来が、少しずつ形になるのだとわたしは信じて疑わなかった。
数ヶ月後、再びテストがあった。
リーヌスから言われたことが気になって、あまり勉強に集中できなかったけれど、現状維持の結果だった。
つまり二位だった。
「また、二位か……、集中できなかった自分が悪いわ。順位が下がらなくてよかった」
ほっと、ため息を吐く。
一位なれなかった悔しさよりも、二位でよかったと思うなんて初めてだ。
最近では、なんのために一位にこだわっているのか自分でもよくわかなくなっていた。
疲れているのかもしれない。
「なんのために頑張ってるんだろう。ダメよ。勉強に集中しないと」
テスト勉強に集中できなかった理由は明白で、リーヌスのことが気になっていたからだ。
リーヌスは、私に何が話したいのだろう。
最初は婚約の話をしてくれるのだと思ったが、両親からは何も聞いていない。
そのせいで余計に考えてしまった。
「きっと喜んでくれる」と、話していたので、きっとそうなのだと思うのだけれど。
ここまで、何もないと不安になってくる。期待をしてもいいだろうか。
リーヌスには、女性の影もなく私に対して恋愛感情を持っているかはわからないが、少なくとも嫌っている様子は見られない。
両親からは、アシュト家から婚約の打診があったとは聞いていないが、もしかしたら、先にリーヌスから私に話してくれるのかもしれない。
そうよ。きっと、そうだわ。
私は強引に不安を振り払った。
お互いに好きな人がいなかったら、結婚しようという話が出ているのだし……。
やはり、婚約の打診かもしれない。
「あら、エーデルさん」
「ミランダさん」
いつものように、ミランダに声をかけられて私は曖昧に微笑む。
大丈夫だ。どれだけ馬鹿にされても、私にはリーヌスという心強い味方がいるのだから。
何を言われても平気だ。
「また、二位なのね」
今日のミランダはいつも以上に自信ありげに笑っている。
私はそれになぜかわからないけれど、嫌な予感がした。
「そうですね」
ミランダは明らかに私の事を嘲笑っている。
「万年二位だから、好きな相手にも振り向いてもらえないのよ」
「え?」
好きな人に振り向いてもらえないとはどういう意味なのだろうか。
リーヌスと何か関係があるのか。血の気が引いていく感覚がした。
リーヌスは、私の事を嫌ってはいないが恋愛感情を持っている様子もない。
ミランダがなぜそれを言い当てるのか。
そこに。
「ミランダ!」
リーヌスが小走り気味に私達の所へとやってきた。
しかも、なぜかミランダの名前を親しげに呼び捨てにしている。
ミランダはそれを咎める様子もなく、リーヌスに笑みを浮かべた。
二人はまるで私など目に入らないかのように見つめ合っていた。
その雰囲気は親しげで、友人というよりも恋人同士のように見えた。
「リーヌス?」
リーヌスは、いつものように優しく微笑んで口を開く。
「ああ、エーデル。やっといい知らせができるよ。ここじゃなんだから、3人で話そう」
リーヌスは言うなり、私の存在など目に入らないと言わんばかりにミランダと手を繋いで先に進んでいってしまった。
私は強い不安感に包まれながら二人のあとをついて行った。