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「……また二位だわ」
張り出されたテストの順位表を見て私は呟いた。
私が通う王立学園では、テスト後に成績優秀者の名前が張り出される。
私は一度も一位を取ったことがない。
悔しい。と、思わないことはない。
一位との差はかなりある。それでも、入学当時よりそれは詰まってきている。気がする。
「万年二位よねあの子」
「無駄なのにね。ふふふ、田舎者がどれだけ努力したって程度が知れてるわよ」
嘲笑う声を聞きながら、私はため息を吐きたくなる。
田舎からやってきて、努力しているだけでここまで馬鹿にされるのが理解できないからだ。
人の努力をバカにすることのほうが程度が知れているというのに。
一位の女子生徒は、入園前から才女として有名で、学園内でも人気のある生徒だ。
私は何かと嫌われている。
ここにいても居心地が悪くなるだけなので早く立ち去ろう。
「エーデル!」
名前を呼ばれて、ポンと背中を叩かれて私は振り返る。
そこにいたのは、幼馴染のアシュト子爵家の次男のリーヌスだ。
リーヌスは銀の髪の毛と緑色の瞳をしている。顔立ちも整っているので、学園内で地味に人気があるようだ。
「リーヌス」
リーヌスは順位表で私の名前を確認すると、悲しそうな顔をして微笑んだ。
学園に通っている間に一度でいいから一位が取りたい。という、私の目標を知っているからだ。
「残念だったね」
「仕方ないわ。次、頑張ればいいもの」
言いながら少し凹んでいたけれど、すぐに気持ちが復活してきた。
くよくよ落ち込んでいてもダメだ。次を見据えてまた勉強を頑張ろう。と、自分に言い聞かせる。
「応援してるよ」
「うん、ありがとう。行こうか」
リーヌスの心からの応援の言葉に、私の気分は少しずつ上昇していく。
そこに、一人の令嬢が声をかけてきた。
「あら、エーデルさん」
普段は私に話しかけもしないくせに、テスト結果が張り出された時は必ず私に声をかけてくる人物は一人しかいない。
「ミランダさん」
ミランダは、カシュ公爵家の令嬢だ。
彼女は入園前から才女だと言われている。
ウェーブがかったハチミツ色の髪の毛と、夏の水海のような淡い青い瞳は、絵本に出てくるお姫様のように美しい。
魔女のような黒い髪と血のような赤い瞳をした私とは大違いだ。
「今回も頑張ったのね。二位だなんて、凄いじゃない」
ふふふ、と口元を手で押さえてミランダは笑った。
ちなみに一位を取ったのはミランダだ。
思えば王立学園に入園してから、テストの順位表が張り出されるたびにミランダは私にこうして声をかけてくるのだ。
何のつもりで声をかけてくるのか私にはわからない。
ただ、ミランダは私に好意的ではない。ということだけはわかるのだ。
「ええ」
何と返したらいいのか思いつかず、引き攣った笑みを浮かべて返事をする。
「いつも、エーデルさんに負けそうで肝を冷やしているのよ」
そんなことないだろう。と、私は思う。
ミランダは、いつだって余裕の笑みを浮かべているのだから。
「次はもっと頑張ったら私を超えられるはずよ。貴女、努力が足りないのよ」
「……あははは」
努力不足を指摘されて、私は笑うしかできなかった。
「ごきげんよう」
ミランダはうっとりと微笑んでその場から去っていった。
「エーデル、次はきっと一位を取れるはずさ」
リーヌスは励ますように肩をポンポンと叩く。
そうだ、私は一位になれなかったとしても、同じ田舎から来た大切な親友がいるのだ。
リーヌスのと付き合いは生まれた時からだった。
私の家は、チェンバース伯爵家で田舎に領地がある。
肥沃な土地のため農業が盛んで裕福だ。
チェンバース家には、子供は私しかいないため婿養子を貰う予定なのだが、その相手としてリーヌスの名前が上がっていた。
候補といっても名前だけの物で、婚約関係でもなければそんな話すら出ていない。
親同士でどのような話し合いがしてあるのか、私は知らないのでなんとも言えないのだけれど。
お互いの家の考えとしては、幼馴染として関係を見て良好ならば婚姻させたいつもりなのだと思う。
貴族の間での婚姻の重要性は理解しているが、田舎ということもありおおらかに物を考えているのだ。
お互いも同じように考えていて、好きな人ができなかったら夫婦になるか。と、のんびりと考えている程度だ。
つまり、リーヌスとは幼馴染でもあり、仲の良い友人でもある。
そう、表面上は。
リーヌスは事ある事に私のことを「親友」だと言ってくれる。
私は、随分と前から彼のことを親友だと思えなくなっていた。
この想いに気がついたのはいつなのか、明確な説明はできない。けれど、物心がついた時には、すでにリーヌスのことが好きだった。
リーヌスが私に「親友だ」と言うたびに、自分の心の汚さに吐き気がした。
けれど、友情の延長線上は同じものがあると私は思っている。
このままなら、私たちは同じ道を歩むだろう。
そこに愛はなくても、リーヌスと私は「友情」で結ばれると信じていた。
「エーデル、教室に行こう」
リーヌスに声をかけられて、私はぼんやりとしていたことに気がついた。
テストが終わるといつも気が抜けてぼんやりとしてしまうことが多かった。
それだけ集中しているという事なのだけれど、自力で努力することにそろそろ限界を感じ始めていた。
どうしたら、いいのかしら……。
「ええ、そうね」
悩んでもどうしようもない事だと言い聞かせて私は頷く。
「きっと、大丈夫さ。努力はいつか報われるから」
リーヌスはそう言うが、私の心は不安でいっぱいだった。
意味のない努力は報われないことをよく知っているから。
「そうだといいわね」
曖昧な返事を返して教室に入るとすでに何人かの生徒がいた。
そこには見たくない顔もあった。
「やあ、残念だったね。万年二位さん」
はあ、と、私はため息を吐きたくなった。
彼はフランツといい、ミランダの幼馴染でケネス公爵家の次男だ。身分が高いため学園では何かと目立つ存在だ。
何かと私に突っかかってくる彼のことが苦手だった。
彼はテストの結果が出るたびに私のところにやってきて、バカにするように声をかけてくるのだ。
フランツは薄茶色の髪の毛と淡い青色の瞳をしており、やや垂れ目がちなせいなのか、雰囲気がどことなく軽薄さがある。
そのせいか私は彼のことが苦手だった。
軽薄そうな外見をしているけれど、学園内で女子生徒を口説いている様子はなく、遊んでいるようには見えない。
ただ、リーヌスが言うには男子生徒の中では遊んでいるらしい。
そんな事はどうでもいいのだけれど。
ミランダとは、親しいようで牽制のために私に「万年二位さん」と言って突っかかってくるのだ。
「フランツさん」
無視するわけにもいかず、私はフランツの名前を呼んだ。
フランツは名前を呼ばれると、鈍く瞳を輝かせて笑う。
いつもそうだが、私はフランツに話しかけられると不安感に苛まれる。
「ちなみに、僕は三位だったよ。万年三位」
冗談のつもりなのだろうが、「万年二位」の私としては、それを聞かされると心がザワザワする。
フランツが何を考えているのかわからない。
なぜ、私に話しかけてくるのか、嫌っているはずなのに、表面上は友好的な態度で接してくるのか。その理由が。
「今度、一緒に勉強しない?」
色気を撒き散らすような笑みを浮かべて誘われて戸惑う。
勉強を誘われているようには見えなかった。
彼が勤勉な人なのはわかるのだが、外見のせいでそう見えない。
それは、とても気の毒ではあるのだけれど。
確かに、彼とは得意分野も違うので勉強をしたら捗りそうではあるのだけれど。
二人きりでいるだけで変な噂を立てられそうだ。
リーヌスから聞かされる彼の話は酷いもので、あまり関わりたくない。
しかし、私が表面上から見るフランツの印象はいい。
断るにしても嫌な断り方はしたくない。
「えっと、その」
上手な断り文句を考えていると、すぐに反応したのはリーヌスだった。
「お断りします」
理由もなくかなり一方的な断り方に私の方が慌てた。
「リーヌス!」
王立学園内では身分は関係ないというけれど、高位貴族相手にあまりにも無礼だ。
「なんで君が勝手に断るの?」
フランツは、笑顔を崩すことなく不思議そうな顔をしてリーヌスに問いかける。
「婚約者でもないのに、二人きりで会うのは問題だと僕は思いますが」
もっともらしい理由をリーヌスが口にするが、フランツはこてりと首を傾けて私たちを交互に見た。
「君たちは?」
確かにフランツの言う通りで、私たちは婚約者でもなんでもないのだが、普段から二人でいることが多い。
「……僕たちは友達なので」
「じゃあ、友達になろうよ」
フランツは、それなら問題ないね。と言わんばかりに私に手を差し出してきた。
握れということなのだろうか。
「相手は僕が選びます」
リーヌスは言うなりその手を払いのけた。
「手酷いな」
フランツはそれでも怒る様子はなく、私は感心してしまった。
育ちのいい人はやはり、大らかで心が広いのかもしれない。
だから、フランツは女性にモテるのだと思った。
「クラス違いますよね」
まだ冷たいリーヌスの態度に、フランツは「やれやれ」と、言わんばかりに頭を掻いた。
「帰るよ。だけどさ、お互い得意分野があるんだから補い合って、勉強した方が捗ると思うんだけどな」
フランツも私と同じことを考えていたようだ。
二人きりで勉強会をするのなら問題はあるが、何人かで集まってやるのなら問題はないはずだ。
その方法を提案してみようかな。
「エーデル、聞かなくていい」
私が口を開こうとすると、リーヌスはすぐにそれを遮った。
フランツは一瞬だけ不愉快そうな顔をして、すぐに取り繕って微笑んだ。
「またね。面白いお知らせができると思うから楽しみにしていてね」
フランツはそれだけ言うとさっさと教室から出て行った。