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◇◇◇


 ミアとサイラスが出会ったのは、国立魔法学院だった。ミアは、戸籍の上では男爵令嬢だったが、貴族の教育は八歳までしか受けていない。

 礼節などの基礎は一通りできるものの、刺繍や音楽、おしゃれと行った令嬢の嗜みはほとんど身につけていなかった。


 お茶会は窮屈だったし、そもそもミアには、他の貴族と違って、学生の間に縁を結んでおく必要はない。


 だから、ミアはよく図書館に行って本を読んで過ごした。平民には高価な本が図書館では埋もれるくらいあるのだ。いくらでも時間が使える。ミアはそこで、冒険や、神話、恋愛など、たくさんの物語の世界を体験した。


 サイラスは、図書館の二階の一番奥、窓もない小さな読書スペースでよく本を読んでいた。

 知っているのは、いつもそこにいることだけで、学年も分からなかった。

 けれど、クラスになかなか馴染めずにいたミアは何だか親近感を持って、話しかけてみることにしたのだ。


「何読んでるの?」

 

 ミアが話しかけると、サイラスは心底驚いたようにこちらを見た。

 ミアも驚いた。あまりにも美しい顔だったからだ。長いまつ毛に、アーモンドの形の目、すっと通った鼻筋、透き通るような陶器の肌。まるで絵画から出てきたような美しさだった。制服を着ていなければ、女性だと勘違いしただろう。

 彼は、窓のない部屋の隅で、不自然に輝いているように見えた。

 

「騎士物語…」


 輝くような美貌に反して、その声は、小さく、こもっていて聞き取りにくかった。静かな図書館の端っこにすとんと落ちた言葉の端っこをミアは拾い上げた。


「私もそれ読んだの。面白いよね」


 ミアが少年の隣に座ると、驚いて緊張したように椅子をずらして距離を取る。

 警戒されているなあ、とは思ったが、ミアはそれを気にしないことにした。


「私はミア。ミア・ローリー。一年生よ。あなたは?」


「……サイラス・ブラッドフォード。二年だ」


 サイラスは、訝しげにミアを見つめた後、少し俯いて、ぽそりと名乗った。やはり、こもっていて聞き取りにくい声だったが、隣にいたので、今度はその韻律まで拾うことができた。


「あ、ごめんなさい。先輩だったんですね」


「いや、敬語は嫌いだから…」


「そう?」


 ミアは、そのまま、とりとめもなく話をした。普段なら敬語をあっさりとやめたり、一方的に話をすることはあまりないのだが、正直にいうと、この数か月、学院に馴染めず寂しかったのだ。サイラスは短く相槌を打つだけだったが、嫌がらずに最後まで聞いてくれた。


 ミアは久々に楽しいと思える時間を過ごした。



 サイラスは、不思議な人だった。内気なのか思っていたが、話しかければ何でも答えるし、ミアの誘いも全然断らない。その上、結構尊大なところもある。

 自分からは話しかけてこないので、話したくないのかとも思ったが、ちらちらとこちらを見て待っているようなそぶりも見せるのだ。

 

 冒険や英雄が出てくる物語が好きで、そういう話をする時は少しだけ声が大きくなる。

 

 ミアにとっては、サイラスの、その押しつけなさが居心地が良かった。

 

 後から知ったことだが、サイラスは学院内ではかなりの有名人だったらしい。



 サイラスは、生まれは平民だが、魔力が強すぎて育てられない、と実の両親が魔術師長に預ける形で養子となったそうだ。お腹を空かせて泣くだけで窓ガラスを割ってしまうほどだったそうだから、魔法も使えない、高価な魔封じも買えない平民にはさぞ辛かっただろう。


 サイラスを苦しめたのは、魔力の強さだけではない。その特異な髪と瞳の色だ。黒は、魔物の色、不吉な色、と言われている。黒に近い焦茶色はいるが、サイラスのように真っ黒の髪を持つものはほとんどいない。

 そのため、両親は、サイラスを預けると、名乗りもせず、逃げるように去っていったらしい。


 学院では、魔法の才能がありすぎることと、その出生のせいで、周囲からは忌避されているようだった。


 本人はそういう周囲の状況をあまり気にしておらず、むしろ周囲を蔑むような言葉すら言うので、対立もあるらしい。常に『話しかけるな』という雰囲気を纏っている。


 サイラスは、少し難しい人だ、と思っていた。


 それが変わったのは、本当に些細なきっかけだ。



 ある時、サイラスが、熱を出したらしい、と聞いたのだ。

 そんなことまで噂する必要がどこにあるのだろうか、と思ったが、ふと、祖母から送られてきたりんごの存在を思い出した。

 サイラスは、寮にいる。一人で。寮母はいるが、食事を部屋に運んだ際に様子を見るくらいだろう。



 ミアが熱を出すと、家族はいつもりんごを切ってくれた。その、みずみずしくて、甘い、美味しい思い出が蘇る。


『おばあちゃんの世界一美味しいりんごを食べれば、元気になるよ』

 祖母は、そう言って得意げに笑う。

『私の小さな可愛いエプレ(りんご)が元気になるように、魔法をかけてあげる』

 父は、私の丸い頬と、赤毛を揶揄して、私のことをそう呼ぶと、呪文をとなえて、キスをしてくれる。

『ミアが、すやすや眠るまで、ずっとそばにいるわ』

 母はそう言って、子守唄を歌ってくれる。

 

 夜中に、何度も静かにドアが開いて、誰かが様子を見にくる。部屋に一人で苦しくて心細くても、一人じゃないと分かっている。

 だから、暗闇も怖くなかった。


(じゃあ、サイラスは?)


 病は、心も弱くする。サイラスは、一人の部屋で、何に縋るのだろう。

 ミアは胸が苦しくなった。

 サイラスは、一人を好む。でも、そうじゃない時だってあるはずだ。ミアがしようとしているのは余計なお世話だと理解していたが、行かずにはいられなかった。




 

「心配だから、様子を見に来ちゃった」


 そう言って部屋に入ると、サイラスは、驚いて『何考えてるの』と呆れた様子だった。男子寮に入るには許可を得なければならないが、夜に入れてくれる訳もないので、窓から忍び込んだのだ。『危ない』だの『他の男子生徒に見られたらどうするつもり』だの、延々と小言を言われたが、他の生徒もやっているし、寮母さんだって黙認している。

 サイラスは、そうして小言を言いながらも、ミアが氷嚢(ひょうのう)やタオルをかえるのをぼんやりとした表情で受け入れた。


「世界一美味しいりんごを持ってきたの」


 そう言うと『自惚れ屋』と憎まれ口を叩いていたくせに、ミアが薄く切って出したりんごは、残さず全部食べた。

 食事と水分をとって、少し顔色も良くなったのを確認して、退室しようとした時、小さく袖を引かれた。


 振り返ると、ベッドから、目だけを出したサイラスがこちらを見ていた。その瞳の奥が不安そうに揺れている。

 ミアが驚いて見つめ返すと、手を離して、ベッドに潜り込んで背を向け、その中から小さく呟いた。


「……もう少しここにいれば」

 

 ミアはまた、胸が締め付けられるのを感じた。

 一人が好きな人間はいるが、孤独が辛くない人間なんていない。当然のことを、何故忘れていたのだろう。

 ミアは、サイラスのために自分が出来ることをしたい、と強く思った。


「うん。わかった」

 

 再びベッドのそばに腰掛けると、サイラスがびくり、と動く。


「やっぱりいい」


 サイラスが慌てたように言ったが、ミアは聞こえないふりをした。


「私の大事なサイラスが早く元気になるように、魔法をかけてあげる」


 ミアは、サイラスの背中をトントン、と優しく叩いた。サイラスは壁を向いたまま何も言わなかった。

 父が教えてくれた不思議な呪文を唱える。どんな意味があるのかは知らない。意味はないのかもしれない。

 ただ、ミアにとっては、忘れることのない呪文だ。


「そんな魔法はない。魔力が靡いてもなかったぞ。それは魔法じゃない」


 こもった声が、壁に跳ね返って小さく聞こえた。

 『でも、効果あったでしょ?』と、そう言うと、何も言わずにベッドでもぞもぞと動く。


 いじけた子供のようだ、と思い、ミアは笑った。


 この人は、(さら)け出すのが怖いだけなのだ。たくさん傷ついてきたから。

 孤独でいい。そう思えることが彼の理想なのだろう。実際に、傷つけられすぎて、もはや人との触れ合いを億劫に感じているのは事実だと思う。

 ただ、孤高の天才魔術師にはなりきれない。寂しがりの子供だ。誰だって、魔術師である前に一人の人間なのだから。


「サイラスが、眠るまでそばにいるわ」

 

 本を持ってこなかったミアは、手持ち無沙汰だったので、母が歌ってくれた子守唄を口ずさんだ。

 



 そう、きっかけなんて、些細なことだ。

 何かが変わるときは、きっと、大抵そうなのだろう。理由を聞かれても上手く説明出来ないような小さなことで、人は大きく変わる。

 

 好きなことを、どうして好きなの、何が好きなの?と聞かれても、理由なんて分からないのだ。恋は落ちるもの、とはよく言ったものだ。


 それからも、ミアとサイラスは、図書館で本を読んだり、時々食堂や中庭で食事をしたり、変わらない生活を送った。

 ミアが、以前より少しだけ、身なりを気にするようになって、サイラスを見ると何故だか胸が高鳴ること以外は、何も変わらなかった。

 

 魔法について、サイラスが教えてくれることもあったが、分からない人の気持ちが分からないようで、正直に言うと、上手ではなかった。

 でも、一生懸命教えてくれるのが嬉しくて、ミアは色んなことを聞いた。魔力のないミアが、それなりに優秀な成績だったのはサイラスのおかげだろう。



「ミアは、卒業したらどうするの」

 

 一足先に卒業したサイラスにそう聞かれて、ミアは戸惑った。

 サイラスは、王宮魔術師団に入った。国内の最高峰の魔術師しか行けない、狭き門を難なく突破して。今は二年間の見習い期間を過ごしているが、魔術師団の中で実力は五本の指に入ると言われている。

 

 対して、ミアは…


「祖母のところに帰るつもりだよ」


 もう少し、魔力が高ければ、王宮魔術師団の試験に挑戦したかもしれないけれど。

 両親が生きていれば、王都で仕事を探したかもしれないけれど。


「手紙、書くね。時々は王都に来ることもあるから、その時はご飯でも食べようよ」


『出世したサイラスに、美味しいものをご馳走してもらいたいな』そう言って茶化すと、サイラスは、呆れたように笑った。

 ミアは、その美しい顔を眩しい気持ちで見つめていた。





 りんごを全部食べたとか言ってますけど、半分くらいはミアが食べました。

 サイラスも心の中で「お前も食べるのかよ」と思ったけど可愛いから許してます。

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