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或る男

作者: 山川聡則

男は疲れていた。何に疲れているというわけでもないがただ眠ってもどっと疲れが押し寄せてくるような、ただ人生に対するぼんやりとした不安のような、何かおもったらしくぼんやりとしたそれでいてどことなく重い、そんな疲れが床に伏せて起き上がってからも抜けないそんな状態が続いていた。

心持ちは重く男は立ち上がる。顔も洗わず、意味のないインターネットに転がる動画を見漁りながら、

ただ重さの増してゆく体に鞭打ち、外に出かけようと思い立った。男は夜が好きだった。外は5時だというのにもう真っ暗で冬のおとづれを感じさせた。

夕刊を運ぶ新聞配達はライトをつけて少しずつ街を照らしながら人気のない道をただ走ってゆく。

通り過ぎる子供はメリークリスマスの鼻歌を歌っていた。何気ない街の風景に歩く光や人が男にとってただ鬱陶しく、ただただ邪魔に感じられた。

男は何不自由なく育っていた。

金持ちの子供のインスタのストーリーを見て上流階級を妬み、歌舞伎町の街並みでホームレスが酒を飲んでいるのを見るとどことなく安心する心持ちだった。男は夜の街に灯りが灯ることを嫌っていた。

自分が一人であること、孤独を実感できる瞬間が男にとって夜の散歩で暗がりこそが魅力的だったのだ。何もない街が何よりも好きで人気のない道を愛していた。金切り音を立てて火を灯しタバコに火をつける。その瞬間だけ男はほっと安心した心持ちになるのだった。はいた白い煙が上がっては消えてゆく。白湯雲を吐き出しながら、男は道を歩いた。

街灯の灯りが眩しく、男は道を避けながら普段は通らない道を無作為に無意識に歩いていた。

家の方角だけを考えながら、ただひたすらに鬱陶しい、自分を見透かすかのように灯る街灯を避けながらふと歩いていると、煌々と輝く看板を見つけた。

少ない街の光を独占するかのように羽虫がたかり、男にとって最も忌むべきものだった。

街の一角を照らすその聖教新聞の看板は男にとって最低だった。男はふと自分の心持ちに憎しみを覚えた。家からほど遠くない距離に自分の孤独を感じさせない。自分の忌み嫌うものがあるということに男は静かに使命感を感じた。男は父がいなかった。

父は自分を見捨てた。少年だった男の心を変えるのに父が面と向かって言ったお前はいらない。お前には金を払わない。お前は金食い虫だ。といった言葉はあまりに十分であまりに残酷だった。

それ以来男は父を嫌った。ある日男がインターネットの海を漁っている時。ふと直感的に見なければならないという映画があった。

父親は子供にとって神だ。その父に嫌われたお前は望まない子だ。お前は神の望まない子。

この一節に男は狂気的なまでに共感した。

そして今目の前にある看板は神を謳っていた。

男にとって静かで、狂気的なまでな憎しみを生むのには十分すぎた。男は家に帰りインターネットに潜りぼんやりとした不安を忘れ、勉学に励んだ。

石鹸を生成する時に出るアクは多様な用途に使える。男はスーパーで食べるわけでもない豚肉を買い漁った。男は三日三晩寝ずに作業を終えた。

男は陶酔していた。自分がなしえる最高の出来事に興奮と喜びを隠せなかった。

男はふらふらおぼつかない足取りであの聖教新聞の看板の前に舞い戻った。そして男は看板に小さな声でさようなら、とだけ言い残しにやりと不敵な笑みを浮かべながらその場所を去った。

あたりに轟音が立ち込め煙が上がり、近隣住民は悲鳴をあげた。男が愛していた夜の街の姿はなく、灯りや大きな火が当たりを照らしていた。

回転灯とサイレンが鳴り響く街並みを男は歩いていた。まだ男は笑っていた。男にとって忌み嫌うべき要素がそこにはあったが、男はぼんやりとした不安を忘れもう一度金切り音を立てタバコに火をつけた。男は心から安心した。そしてこう考えた。

家に帰って馬鹿みたいに寝よう。


未来の僕です。

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