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泡沫のアクリュース【1500PV達成!】  作者: 稲荷ずー
一章 闇に潜む眼
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三部 勘違い

机を切ってて更新が遅れました。

私は何も悪くありません。机が全て悪いです。全ての責任は机にあります。よろしくお願いします。


感想・誤字報告くれると、机が喜びます。

 検査室 責任者:スウェイン 担当:月矢麗十


 と書かれたプレートがかかった部屋の扉をコンコンと叩く。

 検査室は、特別警察局の地下3階、研究棟というところにある。廊下は、壁も床も白く清潔に保たれ、ところどころに設置されたガラス窓から、部屋の中を覗くことができた。


「小夜です、失礼します。()()()No.0112を連れてきました」


 今、()()()って言わなかった……? ユノは、嘘でしょ、と言わんばかりの失望の表情で小夜を見つめるが、小夜はその視線に気づかず、改まった硬い声で入室許可を求める。

 間髪入れずに、白い清潔な扉の向こうから、はーい、と呼びかけに応じる声が聞こえてきた。

 小夜がユノに、入ろう、と目配せすると、何故かユノが変な顔をしていたので首を(かし)げてしまった。

 小夜が取っ手を掴み、横にスライドさせる。中を覗き込んだユノの目に初めに飛び込んできたのは、壁一面にぎっしり詰まった分厚い本たちだった。

 ほとんどの本の背表紙に、ユノが知らない文字で題名が書いてある。一部、ユノがなんとなく読めるものもあった。


「あれ? どこにいんだろ」


 部屋には、自分と小夜以外誰もいない。が、中から声が聞こえたのだから、見えないだけで誰かはいるのだろう。

 程なくして、奥の扉から無精髭の男が出てきた。ボサボサの乾燥した髪と整えられていない髭を見るに、何日も風呂に入っていないのだろう。

 蝿がたかっているように見えてしまうくらいには不潔である。


「やあ、すまない。少し準備をしていてね。

 きみがユノ君か。僕のことは、小夜から聞いてるだろう」

「はあ……。な、名前くらいは……」


 驚きから間延びした返事になってしまった。意外と落ち着いた、通る声をしている。思っていたより若いのかもしれない。


「あれ? 小夜、僕のこと伝えてくれなかったの?」

「聞かれなかったからね。そんなことよりも、早く診てあげて? ユノ君も私も、朝食がまだなんだ」

「そんなこと、って……。まあ、話す機会はいくらでもあるだろうからね。名前だけでも覚えてくれると嬉しいな。

 僕の名前は、月矢(つきや)麗十(れいと)。この研究棟の副責任者だ。よろしく」


 ユノは、麗十から差し出された手を取り、軽く会釈した。意外にごつごつした温かい手をしている。


「よろしくお願いします。ユノ=レイナナです」

「よろしく。

 じゃ、早速検査にとりかかろう。こっち来て」


 そう言うと、麗十は奥の部屋へと戻った。ユノは、ちらっと小夜の方を見た。視線に気づいた小夜が、ほほえみながら手を振る。

 できれば、小夜にもついてきてほしかったのだが、忙しいのだろう。無理強いはできない。

 扉の奥には、思っていたよりも広い空間があった。何に使うのかも分からないような機会や実験器具のようなものも見える。


「小夜から大体の話は聞いてるよ。記憶喪失なんだって?」

「はい、そうみたいです。ここに来る途中、車の中で目が覚めるまでの記憶が、すっぽり抜け落ちているような、そんな感じです」

「ふむふむ……なるほどね……」


 麗十が、タブレットをいじりながら相槌を打つ。何をしているのか、首を伸ばして覗き込んでみると、見慣れない文字が画面いっぱいに埋まっていた。

 そんなユノの様子に気づいたのか、麗十が画面を示して言った。


「きみ、この字読める?」

「読めないです。なんとなく分かる単語ならいくつかありますけど」

「なるほど」


 麗十がタブレットを机の上に置き、検査室の奥へと消えた。

 検査室の中を見回してみると、色々なものが目に入った。人がすっぽりと入れるような大きな機械や、様々な薬品が並べられた棚。

 そして、検査室の隣にも、もう1つ部屋があることに気づいた。部屋同士は、大きなガラス板で仕切られ、向こう側がよく見える。


(誰だろう。あの人も……実験体?)


 ……嫌なことを思い出してしまった。

 隣の部屋にある寝台に、誰かが横たわっているのも見えた。肩の辺りまである金髪の、恐らく同い年くらいの少女だった。今は眠っているのか、目を瞑り、ふっくらと膨らんだ胸がわずかに上下している。

 やがて、奥から人の歩く音が聞こえてきて、我に返った。お待たせ、と戻ってきた麗十の手には、大きめの注射器が握られている。


「ここに座って。今から採血をする」

「採……血……」


 顔を強張らせて言うユノに、麗十は苦笑いのような表情を浮かべて言った。


「大丈夫だよ。向こう向いてな、痛くはしないから」

「は、はい……」


 麗十の言葉通り、針が刺さるチクッとした痛みを感じたあとは、特に痛みも感じることなく、あっけなく終わってしまった。


「はい、採れた。とりあえずは、これで終わりだよ。お疲れ様」

「えっ、もうですか?」

「うん。他にもやることあるし」


 どんな酷いことをされるのか不安でいっぱいだったので、拍子抜けしてしまった。


「うん、終わり。普通ならもっと色々するんだけど、今の君からは、精確なデータは得られないだろうからね」

「は、はあ……。

 ……あの、前から気になってたんですけど、いいですか」


 ユノからの質問を、麗十は快く受け入れた。


「何でも。僕が答えられる範囲で答えてあげる」

「小夜さんも、さっきの麗十さんの言葉もそうなんですけど、俺が特別みたいな言い方をしてる気がして……。

 そりゃ、記憶喪失なんてのは、めったにあることじゃないと思います。ただ、何かそれ以外にも理由があるような言い方をずっとしてるんですよ。

 小夜さんと麗十さんが、このことをどう考えてるか、聞いてもいいですか……?」


 麗十は、ユノの質問が終わるのを、黙って、ときおり頷きながら聞いていた。

 サフォーリル研究科のモットーとしては、質問に対しては、なるべく相手が納得できるように答えるようにしている。だがそれでも、やはり、伝えられる情報、伝えられない情報、というのは、理由は様々だが、あるにはある。

 自分の推測が、ユノに語るに値するのか、伝えるべきなのか、その判断を誤れば、事故に繋がりかねない。

 熟考の末、出した答えは、現状維持、だった。


「悪いけど、それはできないかな。あくまで、仮説に過ぎないんだ。我々としては、間違った情報を君に伝えるわけにはいかない」

「でも……」


 ユノが口を開きかけたとき、扉を叩く軽い音が聞こえた。


「小夜です。失礼します」

「どうぞ」

「扉開けてもらっても良いかな。両手塞がっててさ」


 麗十が目でユノに開けるよう促した。ユノが小走りに扉に近寄り、扉を押し開ける。そこには、丼皿を2つ載せた盆を持った小夜がいた。


「あ、ユノ。ありがとう。朝ごはん持ってきたよ」

「ありがとうございます。……ええと、ここで食べるんですか」


 ユノが、後ろを気にしながら声を抑えて言った。

 どうしてそんなことを聞くのか、小夜は疑問に思った。が、すぐに理解した。

 麗十は親しみやすい人間だ。そのような人間と、打ち解けられず、一緒の空間にいるのを避けようとするのは、恐らく疎外感を感じているからだ。また、疎外感を感じるということは、たぶん、彼の質問に麗十は答えなかった、ということなのだろう。

 そして、長い間共に戦ってきた小夜には、麗十の考えていることも容易に理解できた。


「ここじゃなくても大丈夫だよ。ここ、狭い上に散らかってて居心地悪いしね」

「これが1番仕事しやすいんだ。素人は黙ってろ」


 急に語気が強くなった麗十に、少し驚いたが、小夜の方はへらへらしていた。かなり仲が良いのだろう。


「はいはい。私からしたら散らかってるようにしか見えないんだけどね……。

 で、ユノはどうする? 検査の結果が出るまではまだ時間がかかると思うけど」

「部屋に戻って食べます」

「分かった。じゃ、時間になったら迎えに行くね。部屋までは自分で戻れる?」

「たぶん大丈夫だと思います」


 そう言うとユノは、小夜が持っている盆の上にある丼を受け取って部屋を出た。2つの丼は、両方とも麺――ラーメンとうどん――だった。ユノが選んだのはうどんの方で、刻んだねぎと、卵が落としてありとても美味しそうだった。

 汁が溢れないようラップで覆われたそれを見ながら、それにしても、とユノは思うのだ。


(それにしても、小夜さんといい麗十さんといい、なんか俺に冷たくないか……?)


 ここで暮らしていけるのか、不安である。……いやそもそも、ここに住まわせてくれるのだろうか。明日の、というより、1時間後の自分がどうなってるのかも分からないような状況である。


(住まわせてもらえるよう頑張るしかないな……)


 あまり乗り気ではないが、麗十の手伝いでもしてみるのも良いかもしれない。あの様子だと、猫の手も借りたいくらいには忙しいはずだ。


(今度、2人きりになれる機会があったら、働かせてもらうよう言ってみよ)


 自室に着いたユノは、丼のラップを剥がし、麺を啜った。

 

(……おいしい)


 温かい汁を一口飲むと、なんとも言えない満足感とともに空腹が、少し満たされる気がした。

サフォーリル 研究科


主に、アクルースと霧祓いについて研究をする機関。

アクルースから都市を守るための技術を開発したり、霧祓いの安全を確保するための技術を開発している。

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