二部 都市の祝福
みなさん久しぶりです。
前回、一週間後くらいに更新するかも〜、と言いましたが、実際には数カ月後でしたね。
稲荷ずーはそういう男です。よろしくお願いします。
感想、誤字報告くれると嬉しい。
ユノと小夜がサフォーリルに着いた時には、日は完全に落ちきっていて、時刻はすっかり真夜中になっていた。
サフォーリルを北門から入り、中央区へと続く長い道を歩く間、ユノは辺りを見回してみた。
道路の右側、今歩いている歩道の側には、レンガや木でできた建物が立ち並び、人々の営みの温かさが伝わってくる。が、大きな通りを挟んで向かい側は、暗い夜の闇に重く沈み、こちらとは真逆の雰囲気を醸していた。
「ユノ、離れないでついてきて」
周りの景色に集中して、歩くのが遅くなっていたらしい。気づいた小夜がこちらを振り返って、淡々とした口調で言った。
ユノは歩調を速め、小夜のあとを追った。夜のサフォーリルはとても静かで、羽虫の音さえ聞こえない。
「どこに向かってるんですか」
「特別警察局。そこの、研究科ってとこで、君を診てもらう」
警察、研究という言葉を聞いて、ユノの体が強張ったのを、小夜は敏感に察知した。
「そんなに心配しなくてもいいよ。尋問を受けたり、怪しいことをされることはないからさ」
小夜はユノの歩くペースに合わせて前を行ってくれた。そのおかげで、再び周りを見る余裕ができた。
右手は恐らく、人々が暮らす住宅街なのだろう。ちらほらと、まだ灯りの点いている家が見える。
対して左手は、黒い煙を上げる工場が立ち並び、人々の生活の趣が感じられない。
そして、今歩いている大通りの向こう側には、巨大な建物が見える。恐らく、小夜が向かっているのは、あそこなのだろう。
予想通り、小夜の口からそれは語られた。
「目の前にある、あの建物。特別警察局はあそこにある」
「他の施設もあそこにあるんですか?」
「そうだよ。特別警察局の他には、例えば、統括、とかね」
「何をするところなんです? それは」
「んー……、私はそこら辺のことはあまり詳しくないけど、予算を決めたり、法律の制定だったり、色々かな。文字通りって感じ」
ぽつ、ぽつと話すうちに、建物の前まで来た。首が痛くなるほど高い建物を見上げ、はあ、と感嘆のため息をはいた。ここに来るまで、こんなに大きな建物を見たことがなかった。
「ほら、入るよ」
入口にいた小夜が振り返って言う。促されるまま、自動ドアを潜り、中に入った。
清潔感のあるロビーはとても広かった。中央には受付カウンターがあり受付嬢が2人見える。左側はエレベーターのドアがあり、奥に廊下が続いているのが見えた。
小夜は受付には寄らずに右に曲がり、幅の広い階段を登っていった。
「エレベーターは使わないんですか」
「ん? んー。なんとなく」
小夜はなんとなくで階段を登り、3階のとある部屋の前で止まった。
「ちょっと待っててね。君がここに泊まれるように手続きしないといけないんだ」
「分かりました」
小夜が部屋に入ってしばらくすると、数枚の書類を手に戻ってきた。お待たせ、と言った小夜は再び階段を降り、ロビーに戻ってきた。
「とりあえず、今日はもう遅いから、手配した部屋で休んで。色々きになることはあるけど、それは明日になってからだね」
「……はい」
「まあ、心配なこととかあるだろうけど、何とかなるよ。きっとね」
ユノの表情が一瞬曇ったのを敏感に察知した小夜は、ユノを励ますように言った。
小夜が再び歩きだした。
「宿泊部屋は地下にあるから、案内するよ」
「ありがとうございます」
小夜が向かったのはロビーの左側、エレベーターのある方だが、エレベーターには乗らずに奥の廊下を進んでいった。廊下の突き当たりにある厚い鉄の扉のパスコードを入力し、扉を押し開けた小夜たちは、冷たい空気の漂う階段を降りていった。
○o。.ーーーーー.。o○
コンコンと扉を叩く音がして、目を覚ました。
軽やかな小夜の声がぼんやり聞こえてくる。
「おはよう、起きてる? 準備できたら、出てきてね」
眠い目をこすりながら、のそのそと体を起こす。朝の爽やかな光がカーテンの隙間から差し込んでいる。
洗面台に向かい、冷たい水で顔を洗うと、靄が晴れるようにすっきりとした気分になった。
「おはようございます。待たせてしまってすみません」
部屋を出ると、小夜が立っていた。やあ、とひらひらと手を振る。
「おはよう。よく眠れた?」
「あんまり寝れませんでした」
「ここのベッド、寝心地良くないからね。分かるよ」
原因はそこではないのだが、そう思うことにした。どうにもならない不安や心配を和らげるには、全く関係ないものを原因と決めつけてしまうことが良かったりするものだ。
「お腹空いてるでしょ? 朝ごはん食べに行こう」
そう言われて、自分が今、とても空腹なことに気づいた。思えば、車の中で目覚めた時から今まで、何も口にしていないのだ。一晩寝たとはいえ、心身共に疲れ切っているのだろう。
無意識に嬉しそうな顔になっていたのか、小夜が苦笑いしながら言った。
「ただ、この時間だと、食堂にたくさん人がいてユノも気まずいだろうから、少し時間をずらそう」
「えぇ……。……分かりました」
「先に、麗十のところにいって、君を検査してもらおうと思ってるんだけど、それでも大丈夫かな?」
我慢できないほどお腹が空いている訳ではなかったので、大丈夫、と答えた。それに、ほとんど1日中何も食べていなかったのだ。今更、1時間くらいの我慢ならどうってことない。が、念のため、どれくらい時間がかかるのか聞いてみた。
「検査はどれくらい時間がかかるんですか」
「そんなに時間かからないよ。10分もあれば終わっちゃうと思う」
時間はかからない、と聞いて、ユノはほっとした表情を浮かべた。
「それが終わって結果が出るまで時間があるから、その間に、ご飯食べよう」
検査室へと続く廊下を歩きながら、ユノは小夜に尋ねた。
「検査って、どんなことをするんですか」
「普通は、血を抜いたり、脳波を測ったり、レントゲンを取ったりするんだけど、君の場合、記憶喪失、っていう特徴があるから、そんなに色々する必要はないはず」
検査の内容を聞いて、ふと、とある疑問が浮かんだ。
「俺、記憶喪失について診てもらうと思ってたんですけど、さっきの説明を聞いた感じ、そうではないんですか?」
「君、鋭いね。
そうだよ。君を診てもらうのは、記憶喪失を解決するためじゃない。今の私たちには、それは解決できない」
「そうですか……。じゃあ、何のために検査するんです? あの……今から行くのって、昨日言ってた研究科ってとこですよね……?」
震える声で言うユノを見た小夜の瞳に、一瞬、いたずらっぽい色が浮かんだが、それはすぐに消え、代わりに苦笑いのような表情になった。
「何も変なことはされないから大丈夫だって」
「……あなたに襲われたこと、忘れてませんからね」
「だとしたら、警戒心がなさすぎるね。そんなんじゃ、悪い人にいいように使われてポイッ、だよ」
今更のように姿勢を正したユノを横目に、蛍光灯のついた廊下を歩く。
ユノは小夜から、さっきより少し距離を置いて小夜の後ろをついていった。