十四部 剣槍、闇を破る
剣を横に振り抜くと、その軌跡に沿って、霧が真っ二つに分断された。
「……すげぇ」
「上出来だ」
イバンが数歩下がり、ぼろぼろになったベッドに腰掛けた。上下に分断された霧の体が、ゆっくりとくっついていく。
「次は、1人でやってみようか」
霧が体を震わせ、ユノを見た。さっきの一撃により、ユノが危険な存在であると学んだらしい。一定の距離を取り、身を低くしている。
ユノは、さっきの感覚を思い出そうとしていた。心を落ち着けて、イメージする。霧を、再び、真っ二つに切断する、自分の姿を。
ゆっくりと剣を構える。剣の重さが消え、まるで、剣が自分の体の一部になったかのような感覚を覚えた。
(今だ……!)
ユノが剣を振った。が、その動き出しに合わせて、霧は壁を伝って、ユノの視界の外に消えていた。軌跡は空を切り、病室と廊下の壁が、スパッと切れた。
(どこに行った?)
ユノは、壁や天井を探したが、霧の姿は見えなかった。だが、霧が動き回る音は聞こえている。音は、天井裏から聞こえていた。
(どこから来る)
音が止まった。
寸刻の静寂が訪れる。
ユノがわずかに身動ぎするのと同時に、土埃を上げて天井が落下した。崩れた天井の瓦礫に隠れて、霧が姿を表す。
ユノが、霧の着地のタイミングに合わせ、剣を振った。2度目の術を、ユノは再び成功させた。だが、その斬撃は瓦礫に阻まれ、霧に届くことはなかった。
ユノが3回目の斬撃を飛ばすより早く霧が動いた。天井裏に忍ばせた靄の網が、瓦礫と共にユノに覆いかぶさる。瓦礫が重石となり、ユノが避ける暇もなく、ユノは網に捕らえられた。
瓦礫と網に塞がれ、身動きが取れないユノに、霧がさらに追い打ちをかける。鋭い前足を振り上げ、瓦礫もろともユノを貫こうとする。
ユノが剣を振り上げる。剣閃が走り、霧の前足が弾け飛んだ。
2回目の斬撃と違い、3回目の斬撃は瓦礫や霧の網、霧までも切り裂いた。
視界が開ける。斬撃の衝撃によって、体を大きく泳がせた、隙だらけの霧の姿が見えた。
ユノは振り上げた剣に力を込め、勢いよく振り下ろす。目に見えぬ斬撃は、進路上の全てを切り裂いて、霧のもとへ届いた。
縦に両断された霧が数歩よろめき、その場に倒れ、そして動かなくなった。
「……ふう」
「お疲れ様。やっぱりセンスあるよ、ユノ君。俺が1か月間の訓練を経て倒した霧を、〈霧祓い〉になって1日で倒しちゃったんだから」
「そんな敵と戦わせないでくださいよ」
ユノが肩で息を吐きながら、その場に座り込んだ。自分よりも遥かに大きい霧と対峙した恐怖が、今になってユノを襲った。
「立てる? ユノ君」
「支えてください」
イバンはユノを立たせると、脇の下に体をいれてユノを支えた。
「それじゃ、ルエたちのとこに戻ろうか」
○o。.ーーーー.。o○
エリナが闇に呑まれてから、10分ほどが経った。闇はどんどん濃くなっていき、霧はより力を増していった。
「このままじゃ埒が明かない。この闇をどうにかしないと……」
エリナは顔を上げ、天井を見た。すでに、自分が目を開けているのか、立っているのかも分からないような闇の中だったが、霧の動きと術を使った感覚から、この空間の状態を推測できる。
時間が経つにつれ、闇は凝縮されて縮んでくるような気がするのに、中にいるエリナは闇がどこまでも広がっていくような感覚がしていた。闇が深まるにつれ、霧と闇の境界がぼやけ、一体化していく。闇そのものが霧となっていた。
(……キツイ。呑霧に対して打つ手がない以上、ひたすらに耐えることしかできない……)
何も見えず、何も聞こえず、自分が何をしているのかも分からない空間に長い事閉じ込められ、エリナは既に、全身の感覚を失いかけていた。唯一感じるのは、霧が放つ殺気と、自ら術でつけた全身の傷口から伝わる鈍い痛みだけだった。
闇の中をうねる何かが向きを変え、再びこちらに向かってくる。乱れた呼吸を正そうと、エリナは長く息を吸って、吐いた。
(……やるしかないか)
エリナは目を瞑り、術の操作に集中した。時が液体になったように、ゆっくりに感じる。腹の中に熱い玉が生まれ、体がすっと軽くなる。エリナは目を開き、呟いた。
「朱に染まりて」
異変に気づいた霧の動きが止まる。
その時、霧とは別の気配を感じ、エリナは咄嗟に飛び退いた。
次の瞬間、目の前が歪み、見えない巨大な刃が、壁を、天井を、闇もろとも切断した。
(霧の攻撃?! それとも誰かの術? でも、どちらにせよこれで……)
エリナは顔を上げた。闇は切り裂かれ、裂け目から一筋の光が射し込んでいる。陽の光がエリナに注ぎ、闇がその境界で揺れている。
(これなら……)
己が作り上げた領域を突如破壊され、激昂した霧がエリナに突っ込んできた。凄まじい殺気を放っているが、さきほどよりもスピードは落ち、輪郭もはっきりとしている。
闇に慣れたエリナには、霧の動きを捉えることは容易だった。
後ろ足を引き、闇の塊と対峙する。練り上げた術を一つに纏め、硬く鋭い槍を創り出した。腕の太さほどもある槍を構え、タイミングを計る。一息の間に、霧が目の前まで迫った。
(やれる)
霧が闇から顔を出す瞬間、エリナは槍をものすごい勢いで投げた。光のカーテンに晒され、霧が姿を現す。光と闇が交わる刹那、エリナが投げた槍が空を切り、霧の体を貫いた。
おぞましい断末魔が闇の中に響き、弾けるようにして、闇が消えた。
暗闇が晴れる。あまりの明るさに、エリナは思わず、手を目の前に翳した。ふらりとよろめいたエリナの体を、誰かががっしりと支えた。
「いやぁ〜、これはすごいねぇ」
いつの間にか側にいたルエが、天井の亀裂を見上げて言った。
「あなたの術じゃなかったのね」
「私にはこんなすごいことできないよ」
「そう。……出会ってからまだ時間は経っていないけど、私はあなたを好きにはなれない」
エリナが怒りと疲れを滲ませた声で言うと、ルエが何か言いたげな顔をした。だがそれは一瞬のことで、エリナは気づかなかった。
「ごめんってエリナちゃんー。そんなに怒らないでよ〜?」
険しい顔でそっぽを向くエリナを見つめるルエの顔は、いつものようにヘラヘラとしていた。
ルエがふと、思い出したように口を開いた。
「そーだ。さっきイバンから連絡があったんだ。向こうの用事もちょうど終わったから、こっちに合流するってよ。
ほら。着替え用意したから、イバンたちが戻ってくるまでに、そのボロボロの服着替えときなね」
エリナの頬が、少し赤く染まった。
○o。.ーーーーー.。o○
「で、新人たちは?」
「将来有望。ユノは術のコントロールはまだまだだけど、感覚的に術を扱うのに長けてる。
エリナは、さすがは騎士の国の出身だけあって、身体能力も、術の扱いも優れている。 ただ1つ問題があるとすれば、法器を介しても術の制御が安定しないことだろうな」
「なるほどねぇ。……君たちに、できるの?」
「2度と、同じ徹は踏まない」
「そう。じゃあ、任せたよ。
……ああ、そうだ。伝えたいことがもう1つ」
「なんだ」
「例の霧が見つかった」




