十三部 イバンの試練
ドーランジュは、騎士の国である。
ドーランジュは、騎士たちによる騎士トーナメントが有名であった。騎士と騎士がぶつかりあい、火花を散らす。騎士トーナメントで注目を浴びた選手は、テレビや雑誌で取り上げられ、一夜にして巨万の富を築くこともある。
エリナは、そんな国に生まれた。だが、エリナの凡才では、ドーランジュで上手くやっていくのは難しかった。
「エリナちゃん強いねぇ〜。私はあんまり戦えないから、助かるよ」
「嘘が下手ね。あんたなら、ここの霧を殲滅するのだって、きっと造作もないことなのでしょう?」
「可愛い子には旅をさせよ、って言うでしょ? エリナちゃんみたいなかわいい後輩には、いっぱい危険な目に会ってもらわないといけないからさ?」
「こんな雑魚相手に、危険なことなんてないわよ」
「そう? じゃあ、エリナちゃんには、もっと強い霧と戦ってもらおうかな」
空気が変わった。
ひんやりとしていた空気が、生温かく、どろどろとした気持ちの悪いものへと変化した。
感じたことのある恐怖。死が目の前に迫ってくる時の、胸が締め付けられるような。
エリナは気づかなかったが、エリナの手にある融結率測定機の数値が、急速に50パーセントまで上昇していた。
暗闇が揺れる。周囲の陰がどんどん濃くなり、やがて、目の前にいるルエが見えなくなった。
自分の体も見えないような暗闇の中で、ルエの声が響いた。
「小夜からのお願いなんだ。頑張ってね」
「……!」
エリナは殺気を感じ、素早く横に飛んだ。次の瞬間、エリナがさっきまで立っていた床から、見えない何かが飛び出した。
何も見えない暗闇から、凄まじい速さで霧が襲いかかってくる。
エリナはすんでのところで攻撃をかわし続けていたが、少しでも集中を乱せば死に至る、ぎりぎりの戦いだった。
「ちっ。面倒くさい」
エリナは、自分を囲うように棘を発生させ、霧の攻撃を防ごうとした。が、霧は、まるで棘をすり抜けたかのように、真っ直ぐこちらに突っ込んできた。
「この闇をどうにかしない事には、攻撃も防御もできないってことね……。本当に面倒くさい」
エリナは部屋中に棘の柱を生成し、それに触れられることを確認すると、柱と柱の間を飛ぶようにして、攻撃をかわした。
ルエのことは考えていられなかった。棘を生やした際、ルエを貫いたかもしれないという事が頭をよぎったが、あの人ならきっとなんとかなるだろう、と思い、霧の方に集中することにした。
同時刻、エリナが死闘を繰り広げている部屋の外。ルエはさっき出てきた扉にもたれかかり、イバンたちの到着を待っていた。
廊下の暗闇は消えている。
○o。.ーーーーー.。o○
「向こうは順調みたいだね」
イバンがぽつりと呟いた。ユノたちを包んでいた闇がすぅーと引いていき、本来の暗闇が戻ってきた。そしてそれと同時に、霧の攻撃も穏やかになった。
「霧を倒せたんですかね?」
ユノが、やっと終わった、というように嬉々として聞いた。だが、イバンは悪い笑みを浮かべている。
「そうだね。じゃあ、向こうに合流しようか」
「……はい」
「あ、でもちょっと待って。まだ、霧が残ってるみたいだ」
そう言うと、イバンは1歩下がり、両手で何かを包むような仕草をした。すると、どこからともなく、黒い靄が集まり、形を成していく。
やがてそれは、人の丈をゆうに超える、巨大な霧と化した。丸い胴から細い足が無数に生えており、百足と蜘蛛を合わせたような姿をしている。
「これは、実際に存在する霧を基に、ここの霧の死骸から作ったものだ。特徴とか弱点は、自分で見つけよう。
ユノ君がこいつを倒せたら、エリナちゃんのとこに行こうか」
「どういうことですか」
「じゃあ、始め!」
イバンが、ユノの言葉を遮って、パンッと手を叩いた。長い廊下の中央に鎮座していた霧が、ゆっくりと動き出す。
霧の体が、まっすぐユノを向いた。
ユノが剣を構えた途端、霧が、無数にある脚を高速で動かし、高速でこちらに突進してきた。
ユノは、霧の巨体を受け止められないと感じ、咄嗟に近くの病室へ駆け込んだ。
「あんなのどうすればいいんだよ……。こんな剣じゃ、どうしようも……」
ユノが息を切らして呟いた。
いきなりのことで頭の整理ができていないが、イバンに対する怒りだけははっきりと感じていた。
いつの間にか部屋に入ってきたイバンが、落ち着いた声で言った。
「ユノ君に1つ、良いことを教えてあげるよ」
「なんですか」
「君がルエから貰ったその剣。その剣は、霧を祓うためのものじゃない」
「じゃあ俺に勝ち目なんて無いじゃないですか!」
「落ち着きなって。俺が言いたいのは、君はそんな鈍を使って霧を倒してきた、ってことだよ」
ユノが、わけが分からない、というような顔をした。その顔にはまだ、怒りの色が見える。
「君は無意識に、術を使ってるって事だよ。霧には、それと同じ力、術でしか対抗できない。
その剣で霧を祓えていたのは、君が術を使えていたからだ」
「俺、術なんて使えませんよ」
足音が近づいてくる。あの霧が、こちらの居場所に気付いたようだ。
イバンは、怒りと、恐怖と、そして、ほんの少しの希望が浮かんだユノの顔を見て、微笑んだ。
「それじゃあ、俺が手伝ってあげよう」
イバンが立ち上がる。ユノも、それに続いて立ち上がった。剣を握り、構える。全て、ユノの意思で行った動きではなかった。
「術の強さは、〈霧祓い〉の想いの強さだ。目を閉じて、念じろ。霧を切り裂くイメージを」
壁を破壊して、霧が部屋に侵入した。ユノを見つけた霧が、鋭い前足を振り上げる。
ユノは目を開け、霧をまっすぐ見つめ、剣を薙いだ。
剣の切っ先、視界を横切った剣の軌跡に沿って、霧の体が真っ二つに分断された。
「上出来だ」




