十二部 活路
2553年 9月11日 : 天気:曇り 気温:21.3℃ 湿度:64% 場所:サフォーリル郊外の廃病院
ユノたちがここの探索を始めてから、2時間ほど経った。未だに、廃病院の主となる霧は見つけられていない。
また、廊下や階段、病室、至る所に目玉の霧が潜んでおり、新しい場所に来るたびに戦闘を強いられた。
慣れない移動と戦闘を繰り返されたユノは、すっかり疲れ果てていた。
「はあ……はあ……。このままじゃ埒が明かないですよ。しらみ潰しにすべての部屋を見ていくのは、時間がかかるし危険です」
「何か良い方法はないの? 親玉の霧に近づけば融結率が高くなったりとか」
「融結の初期段階であればそうやって判断はできる。でも融結率が30パーセントまで来てるなら、もう、霧は完全に空間を支配してしまってるから、中心ほど融結率が高くなることはないかな」
ユノとエリナが肩を落とした。
「ちなみに言うとね、私とイバンはもう、どうしたらいいか分かってるよ。エリナちゃんとユノくんは分かるかな?」
そんな2人を見かねたのか、ルエが明るい声で言った。この人の声は大きいので、しんと静かな暗闇にとてもよく響く。
ユノは霧については何も知らないので、エリナに任せてみることにした。
「私たちの目標は、この廃病院から脱出すること。そしてそのためには、ここの親玉を殺す必要がある」
「その親玉っていうのは、さっきまで戦ってたのと同じような霧なのかな」
ユノは、疑問に思っていた事を口にした。この霧の群れのリーダーは、どのような姿をしているのか。同種の霧の中でも強い個体がいるのか、それとも、より強力な別種の霧がいるのか。
「さっきまで戦ってた霧の特性からして、それはないんじゃないかしら」
「どうして?」
「あいつらは、誰かの視界に入ってる時には動きを止める習性がある。もし、同じ霧がこの空間を支配しているなら、視界に入っている状態でも動けるようになると思わない?」
「確かに。……でも、実際には、あの霧たちは、視界外からしか攻撃してこなかった」
「そう。つまり、あの目玉たちは、ここの主である霧とは無関係、ってことになる。」
ユノたちは1階の奥まった場所にある部屋から、廊下へと出た。霧による空間の侵食のせいか、病院内の構造が変化しているようだった。病室はどれも、4人で動き回って戦えるほど広くなっており、廊下はどこまでも続いているように思えた。暗い廊下に、一定の間隔で、窓から明かりが射し込んでいる。
廊下を歩いていると、エリナが何かに気付き、立ち止まった。
「なるほど、分かったわ。融結率は、この廊下の窓に近づくと低くなる」
「窓……? 窓が融結率を下げてるってこと?」
「そうね。正確には、窓から射し込む光が、融結率を下げてるんだと思う」
「てことは、明かりがあるところを探せば、ここから出られるかもしれない……!」
ユノが嬉々とした声でそう言うと、隣から、それも良いけど、と声が聞こえてきた。
「ここに来たのは、霧と戦うためってことを忘れないでね?」
イバンがにこやかに言うのを聞いて、ユノは再び元気を失った。もうさんざん戦ったではないか。
「エリナちゃんとユノ君の考えは、お見事、大正解だよ。たぶん、ここを支配している霧は、影を好む性質があるんだろうね」
「あの目の霧がここに集まるのは何でなんですか?」
「あの霧たちは、説明が難しいんだけど、見ている人に見られていると動きを止めるんだ。
この暗闇であれば、相手からはこちらを視認できず、こっちからは向こうが見えるようになる。あいつらにとって、暗闇はとても都合が良いんだよ」
「それなら、今までの戦いで霧たちが正面から攻撃をしてこなかったのはなぜなの? 見られていると動けないとは言っても、さすがにその範囲には限界があるでしょう?」
「そうだね。ある程度の距離まで近づかれたら、あいつらは見られてようが襲いかかってくる」
「エリナちゃん、聞いてなかったの? 言ったでしょ? 私が君たちを守る、って」
ルエがウィンクして言った。何をしてくれていたのかは分からないが、この人をこんなに頼りに感じるとは思わなかった。正直、少し癪にさわる。
「安心して。私たちも、暗闇に強いんだよ」
「で、これからどうするの。壁を破壊して、光を沢山取り込めるようにする?」
「良い案だね。でも、それをするとここの持ち主と小夜に怒られちゃうから、却下」
イバンが、次は君、と言うかのように、ユノの方を向いた。そういった事を考えるのに慣れていないユノは、あたふたしながら答えた。
「えっと……霧が影のあるところにいるなら、影の中に入っていけばいい……とか?」
エリナが、そんなわけないでしょ、という顔で腕を組んだ。さすがに違うか、とユノも思ったが、イバンとルエは何やらニヤニヤしている。
「良いね、それ」
「うん。バカの考えですごく良い」
「は?」
「それで行こう」
イバンが、ぽんと手を打った。エリナが、怒気を孕んだ目でイバンを見る。
「つまり、また、しらみ潰しに全ての部屋を見ていく、ってこと? それじゃあ、何も状況は変わらないじゃない」
「そうだね……。じゃあ、向こうから出てきてもらうようにしよう。戦力を分散して、向こうから襲いかかってきてもらう」
「俺、嫌ですよ、そんなの」
「はいはい。じゃあ、2チームに別れよう。俺はユノ君と行くから、エリナちゃんはルエと一緒にお願いね」
「待ちなさい。戦力を分散したからといって、向こうが出てきてくれるとも限らないでしょ。相手は暗闇の霧よ。やろうと思えば、いつだって私たちを孤立させることができたはず」
「影や暗闇を操るようなのは何種類かいるけど、暗い場所じゃないと融結率を高く保てないのなら、きっと、力のない霧なんだろうね。
それに、やらないよりはやった方がマシってやつだよ。二手に別れれば、効率も2倍だし」
「じゃあ、その霧を見つけた時、どうやってもう片方のチームにそれを伝えるの。通信機も何も持ってきてないのよ」
「そればかりは、どうしようもないね。見つけ次第、即戦闘、即殺すこと。オーケー?」
「そんないい加減な作戦で、上手くいくわけがないでしょ」
「安心して。こんないい加減な作戦で、今日まで生き残ってきた2人がいる。それに、サフォーリルで生き抜いていくためには、ある程度バカでないといけなかったりする。エリナちゃんも、そのうち慣れるよ」
反論する気も失せたのか、エリナはため息を吐いて、眉間を押さえた。そんなエリナに、ルエがすりよっていく。
「じゃ、ユノ君。行こっか」
「……ちゃんと俺のこと守ってくださいね……?」
イバンのニヤニヤが、より強くなった。
「安心して。俺は強いから」




